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かぼちゃ提灯は笑う(1)

 
...............................................- R大魔術研究会-
 

星空 いき

Hosizora Iki













..QとTが、例の「日本一安い赤提灯」で飲んでいる。
T :オレ、やっぱ「晒し首」にしようかな。Q,お前は何や(演)んだ?またオカマか?
Q :オカマじゃないっすよ。女形ッス。女の幽霊にしようかな…白い浴衣にざんばら髪だから楽だし。
T :いーんじゃね。ただな、「お岩さん」は止めとけよ。
Q :「お岩さん」って、四谷怪談の?なぜッス?
T :「お岩さん」をや(演)ると、実際に祟られるそうだ。
Q :えー、ウッソー!
T :嘘じゃねぇ。役者でな、舞台から落ちたり、事故にあったりしたヒトがけっこういるそうだ。
Q :ほんとにー…けど、毎年のように舞台やテレビでやってるじゃん。
T :だからな、や(演)る前には必ず墓参りして許しをもらうんだよ。みんなそこまでしてんだ。
Q :へー、墓があるんスカ?てことは「お岩さん」て実在の人物?
T :そうさ。知らなかったのか?
..Qの目が白黒する。そこへ遅れてWがやって来た。
W :遅くなってすまん。なかなか区切りがつかなくてな。
Q :先輩、いいところへ。
W :なにがいいところなんだ?
T :まあ待て。Wに一息つかせてやれよ。
..QはWのために熱燗と厚揚げを運ぶ。意味もなく乾杯して、
W :で、何がいいところなんだ?
..Wが話題を戻す。Tが先ほどまでのやり取りを話すとQが乗り出した。
Q :だから、「お岩さん」て実在の幽霊ッスよね?
..Wは思わず吹いた。しぶきが飛んだ。
W :実在の幽霊か、キミはまったく、ヒトの思考回路をかき乱す天才だなー。
..Qが叫ぶ。
Q :やったー!オレ、天才だー。名探偵Wのお墨付きだー!
T :けどよ、実在の幽霊っていうのはどこかオカシクないか?「生きた死体」と同じじゃねぇ?
..Wは笑いながら、
W :論理的に破綻してるな。
..と、メモ帳らしき物を出し走り書きをする。破り取りTとQの前に出す。
W :「半分ある」ということは、「半分無い」ということだな。
..T、Qは頷く。
............
W :2を掛けると…
............
T :あるイコールない…
Q :?…?…
W :きみが言っていることもこれと同じだ。記号化のスタートで既に誤っている。「言葉の錯誤にはまった」とも言えるな。それで、「お岩さん」をやるのか?今日の話しは、ハロウインの件か?
..TはR大4年、Qは2年だ。Wはこの春院生になった。T,Qは「魔術研究会」というよく分からないサークルに所属している。Wはその頼まれ顧問だ。今日はTが2人を招集した。
T :そうなんだよ。
W :ぼくは参加は無理だぜ。研究室では一番下っ端だから、これでなにかと忙しいんだよ。
T :忙しいのはお互いさまだ。オレだって「就活」の追い込みだ。
W :おいおい、まだ決まってないのか…もう9月も終わるぞ。「社保(社会保険労務士)」は受かったんだよな?
T :発表待ちだ。11月だ。合格すれば、即内定がもらえることになってる。
W :そうか…じゃ、落ち着かんな。試験のできはどうだった?
T :うーーん、五分五分だな。だから、ダメのときを考えておかなきゃならん。
W :お前、英語がいけるから、それで押せばなんとでもなるだろう?
T :オレの場合頼りはそれだけだ。とにかくなんとかしなくちゃ落ち着かん。オヤジたちもうるせーし…けどな、Nに泣きつかれて断りもならんのさ。
..Nという3年の女子学生は、サークルの部長だ。2年のときからサークルを仕切っている。大学の事務局長が7月に退職した。永いことその職は「天下り」の椅子だった。文科省から代々腑抜けた人物がやってきた。ところが、今回は生え抜きの女性の総務課長が就いたのだ。よく言えば活気づいた。が、気合の入れ方がハンパない。すぐにNと演劇・新聞・写真部長、マスコミ研究会、電気・音響・警備などの関係者が集められ、「オープンキャンパス実行委員会」が立ち上げられた。さっそく秋のオープンキャンパスをハロウィンにあわせて行うという。昨今のハロウィンの、世間での異常な盛り上がりに便乗しようというのだ。キャンパスをハロウインに開放して大大的に若者を集める企画を新事務局長はぶち上げた。事務局長の腹は、「うまくいけば来年度の受験者が倍増する」と読んだ。問題の根はやはり経済だ。学問の自主独立は当然のことだが、経済も自主独立を国から迫られている。これは容易いことではない。そして誰しも一番に目をつけるのが、受験者の増加だ。そしてそのとばっちりがNを襲った。実行委員に任命されたうえ、演劇部と魔術研究会がメインで運営に当たることになったのだ。さらに、とばっちりは会員を襲うことになった。企画の詳細も決定し、時期が迫ってきている。局長はSNSで話題の拡散を狙い、今月初めには写真撮影も済んで流し始めた--いわく、「魔女・狼男はR大キャンパスに集合!更衣メイク室・トイレあり!」噂を聞きつけ出店を希望する者たちが増加中だ。もはや「自分は参加できません」などと言える状況ではない。Wもそれら経緯の概要は聞きかじっている。
W :そもそもなんで日本人が「西洋お化け」につきあわなきゃいけないんだ?
T :西洋につきあうというより、おおっぴらに仮装してバカ騒ぎできればいいのさ。クリスマスだってそうだろ?イブに一流ホテルを予約する奴の何パーセントが翌日教会へ行ってミサにつきあう?おそらく皆無だぜ。
W :まあな。それでお前が「晒し首」、Qくんは「お岩」か。
Q :「お岩さん」は止めるッス。怖いッスよ。
T :じゃ何にする?
Q :うーん。皿を数えるヤツがあったスよね。「いち枚〜、にー枚〜」て。
W :「播州皿屋敷」だな。「お菊さん」だ。
Q :それそれ、それにしとこ。「お岩さん」は顔に変な腫物ができて髪が抜けるからメイクが面倒だけど、「お菊さん」はきっとキレイなヒトだから化粧が楽だし。やっぱキレイじゃなきゃ、やる気起きないッス。
T :W、「播州」か?「番町皿屋敷」じゃねぇ?
..Tが口を挟んだ。Wの表情が呆けたように緩む。
W :番町…言われれば、そうとも言うな…
T :播州て姫路の方だろ?オレはずっと江戸の番町だと思ってた…どっちなんだ?
W :どっちでもいいさ。要するに「お菊さん」にするか?
Q :うん。いいと思うッス。
T :けどよ、「お菊さん」もたしかどっかに墓があった気がする…どこだったかなー、もし墓があるなら、「お菊さん」もお前の言う「実在の幽霊」だぞ。
Q :えー、じゃ「お菊さん」も祟るッスか?
T :知らん。今までは無くても、お前がや(演)ることで、さまよっていた霊が目覚めるかもしれんぞ。お菊、覚醒!、うらめしや〜、とり殺してやる〜…
..Tは幽霊の手つきでQに迫る。
Q :やめて!
..T、Wは爆笑だ。
W :それで、ぼくに何をやれって言うんだ?
T :Nが言うには、メインはスモークだ。
W :スモーク?
T :ああ、あれ知ってるだろ?学内の「お化け屋敷」
W :あの、テニスコート奥の廃屋のことか?
T :そう。
..テニスコート近くの雑木の中に古い木造の建物があり、詳しいことは分からないが、永いこと使われていない。学生たちに「お化け屋敷」と呼ばれている。その建物を開放し、文字どうり「お化け屋敷」にしようというのだ。今回そこがサークルの分担になった。
T :でな、そこで「砂かけ婆」や「ネズミ男」、「血みどろの落ち武者」で驚かそうって寸法だ。Nが言うには、外でときどきスモークを張って、それに大入道の映像を流そうってことさ。大入道は、映研(映像研究会)が制作を始めたらしい。
W :ふーん、アイデアとしては面白いな。けどよ、スモークなら演劇部にまかせたら?機材は演劇部のものだし…
T :演劇部も今回のことでは参っているんだよ。11月に「文化祭」が控えてる上、末には全国大会に出場が決まってる。とてもこんな余興につきあってる暇がないって怒ってる。 とにかく手が足りない。なんとか力を貸してやってくれよ。
W :うーーん…
..Wは腕を組む。
W :じゃ、ぼくは仮装はしなくていいんだな。
T :やってくれるか。仮装はいいよ。黒っぽい上下ならそれでいいと思う。だけどスモークはたまだから、仮装してときどき脅し役になるのも面白いぜ。
W :約束はできないけど、協力を心がけるよ。
T :Thanks.これでNも喜ぶ。
W :さっきから聞いていると、ハロウインなのにずいぶん和風だな。それもNの考えか?
T :そうだ。Nが言うには、それなら参加者とかぶらないし、アクセントが効いていいということだ。それに会員同士の目印にもなる。何といっても暗いからな。
W :なーるほど。
..コップ酒の2杯目が空いた。
W :今日は、ぼくが持つよ。今までずーっと二人に飲ませて貰ったし、少し余裕ができたから。
..TとQは顔を見合わす。
T :どうした?宝クジでも当たったか?
W :まーな。
..Qに閃くものがあった。<さては、埋蔵金…?>
W :どうだ、もう1杯いくか?
..突然Tがテーブルに屈みこんだ。そして声をひそめる。釣られてQ,Wも屈みこむ。
T :ここはもう限度だ。ここで深酒すると悪酔いする。前にヒドイ目にあった。他所へ行こうや。
Q :オレ聞いた。裏の路地には犬か猫の骨が散らばってるし、水槽に蛇を飼ってるって噂ッス。
..3人が背を丸め頭を突き合わせている姿は異様だ。早々に店を出た。
W :ホラー・イザカヤだな。
..Wが両腕を挙げ背筋を伸ばす。
T :そうさ。わざわざ仮装しなくても、ここなら充分に恐怖を堪能できるのにな。
..声を揃えて笑った。
..10分後、3人は大学近くの中華そば屋にいた。
T :Qよ、お前、まだ例のバイト、「たんぽぽ(「むげん莊」参照)」やってんのか?
Q :やめたッス。あれ、楽そうに見えて結構たいへんなんスよ。
T :けどよ、時給はいいんだろ?
Q :そりゃ、コンビニに比べたら「つきすぽ」ッスよ。
T :?、なんだ、それ?
Q :「月とスッポン」のこと。
T :おかしなトコ略すな。スポーツ新聞かと思ったぜ。「東スポ」とか。
Q :オレが考えたッス。これで今年の「流行語大賞」いただき!
..Qは自分で笑い、Wが吹いた。
T :「月スポ」って、実際のとこ時給でいくらになるんだ?
..これにはWも関心を持った。いままで敢えて聞こうとしなかった。
Q :うーん、ヒトによるし、やりかたにも拠るんで一概には言えないッス。オレの場合だったら本気で取り組めば、月150万はいけるっす。
..TとWの瞳が開いた。
T :ほんとかよ!年2000万、高額所得者じゃん。すげー!
Q :それ以外に高級マンションの家賃を払ってもらったり、ブランドの洋服やアクセサリー、宝石のプレゼント…売れっ子の実質はもっと高収入す。
T :まさか税務署に贈与申告するヤツはいないだろうしな…
Q :でもね、それだけのことをして貰う「見返り」がいるから、そう楽じゃないっす。
..Wは以前にQに連れられ「女苑」に行った。それを思い出している。
T :そりゃそうだろうけど…オレなんか初任給18万くらいだぜ。なあQ,そのバイト続けたら?
..QとWがTを見つめる。
Q :先輩、もしかしていま「よくくら」になってるっす?
T :また分からんことを言う。
Q :「欲に目がくらむ」、つまり「欲くら」。
..Wは大声をあげて笑った。
T :だってよー!、なんかもったい無いじゃん。
Q :だめっす。その金当てにしたって。
T :そんなんじゃねぇよ。
..Tの狼狽が顔にでる。Wは気づいていた。「たんぽぽ」が話題になってからQの口調が少しづつ変化している。優しくなっているのだ。<条件反射かな>
W :そういえば、キミの部屋はそのままだよな?家主から連絡は?
Q :ないっす。先輩の方にないすか?
W :ない。僕に連絡があるなら、先に「小百合さん(「むげん莊」参照)」にあるだろうし、もし彼女が手紙なりもらえば、おそらく僕に教えてくれるだろうから…やっぱり行方知れずだな。
Q :いま何処にいるのかなー。
W :じゃあの広い空間で寂しいだろ?
Q :慣れたし、ときどきは小百合さんが来たり、連絡があるから寂しくはないす。それどころか…
..Qの視線が遠くなった。
Q :…先輩たちのような東京人にはきっと分からないと思うけど…オレたちイナカ育ちの学生は、ここではまるで…野良犬っす。いつも腹を減らして、それでもなんかイイことないかとうろついている…理想なんて上等なものもなく、あるのは欲望だけ…切れれば見境なく噛みつく…野良犬そのモノっす。
..突然の方向転換にWもTも戸惑った。
Q :そう思っていたっす…だから、1年前まで結構つらかったっす。野良犬に成っちまったって…その事を思うと今は想像できないほど恵まれてるなーって…先輩たちにも会えたし、家主さん、小百合お姉さんと知りあえて、あんないい環境で生活している…ウソみたいすよ。きっと「寂し神」が諦めてくれたっす。
..しばらく沈黙があった。
Q :やだなー、考えないでほしいっす。ほら、言うじゃないっすか、「ヘタの考え休むに似たり」って。
T :お前なー、フォローになってないぞ。
W :そうか。それならいいんだ。
T :小百合さんって、あの家主の妹さんか?
W :ああそうだ。
T :オレ会ったことないけど、すごい美人らしいな。Q,一回会わせろ。
W :よく会ってんのか?
Q :んー、そうでも…
..何故かQは言い淀む。そのとき軽快なメロディが響いた。
T :あ、オレだ。家からだ。
..Tはスマホを出し後ろ向きに話し始める。
Q :先輩、ギョーザ追加していいすか?
W :ああ、いいぞ。5人前ほど追加しろよ。ここなら肉も安心だ。ついでにビールもな。なんだか喉が渇いた。
..Qは「おばちゃーん」と席を立っていった。話しこんでいたTが電話を切った。漏れ聞こえた会話は緊張が漂っていた。
W :どうかしたか?
T :うん。なに、大したことじゃ…すまん、帰るよ。
..Qが戻る。
Q :えー、T先輩帰るんすか?
W :どうしたんだよ。
..立ったままのTは少し迷ったが、すぐに答える。
T :弟がな、まだ帰ってないらしいんだ。
W :弟?中学だったっけ?
T :2年だ。
..Wは時間を確かめる。9時になろうとしている。
Q :塾じゃないっすか?
T :今日は塾はない。
W :ケータイは?
T :持っていない。3年になったら買う約束だ。
W :今までにもあるのか?
T :いや初めてだ。何もないさ。ただ、割と真面目なヤツだから連絡がないというのが…
W :そうか…心配だな。
T :とにかく帰るよ。
..Tはあたふたと去った。2人は置き去りにされた気分で軽い息を吐く。
Q :だいじょうぶすっかねー。あー、ギョーザ、どうしょう?取り消します?
W :もう焼き始めただろ?いいよ、余れば持って帰れば。
..ビールが先に出た。QはWに注ぐ。
Q :ちょうどよかった。
W :ん?、何が。
Q :そう言っちゃT先輩に悪いけど、よかった。これで安心して話せるっす。さっき小百合お姉さんの話しが出たんで思い出したっす。
W :ほ…
Q :お姉さん、先輩に話しがあるというか、何か頼みたいことがあるようっす。
W :僕に?何だろう。
Q :ちょっと聞いただけっすけど、蔵の美術品のことで困っているようっす。
W :美術品、どうかしたのか?
Q :なんでも、春に親戚を通じて貸し出しを頼まれ、断りもならず貸したそうっす。相手はナントカ財団法人とか…名前忘れたっす。
..Wは興味を惹かれたようだ。姿勢が前に出る。
W :で?
Q :それは2か月後に返されて、最近また依頼が来たそうっす。それでどうしたものかと悩んでいるっす。
W :なぜ?困る訳があるのか?
Q :春に骨董品を3点、軸とか碗とか貸したんすけど、返却のとき「鑑定の結果本物は1点で、後はニセモノと分かった」と言われたっす。
W :本物は1点で、2点が贋作…か。
Q :それがお姉さんとしては、しっくりこないと言うか…もちろんお姉さんに鑑定眼は無いから、専門家の鑑定を信じるしかないんだけど、今度貸すのが「全部ニセモノです」ってことにならないか不安になってるっす。いくらなんでもそれは無いだろうけど。
W :なーるほど、少し話しが見えてきた。
Q :だから相談したいって。
..Wは天井を睨む。
W :わかった。看過できない話しだな。できるだけ時間を割くよ。そう伝えておいてくれ。
Q :「かんかできない」って何す?
W :おいおい。
..いいながらWは割りばしの頭にビールをつけ、テーブルに文字を書く。
W :「見過ごす」だ。
Q :へー、また一つ賢くなった。
..Qは嬉しそうに笑う。
Q :だから、T先輩が帰ってよかったす。蔵のことは秘密だから。
W :そうだな。
Q :もう一つあるっすよ。
W :何だよ。
Q :先輩、金回りいいのは、もしかしてあの「埋蔵金(「お宝は心に秘めて」参照)」と関係があるんじゃ…?
W :まーな。
Q :やっぱり。あの叔父さんがお礼をしないはずがないと思っていたっす。だって、あの金(きん)の量、ハンパじゃないから。
W :その話しも内緒だぞ。叔父さんと約束しただろ?
Q :分かってるっす。だからお礼の額も聞かないっす。けど、なんだか隠し事が増えたっす。オレたち、まるで「秘密情報の金庫」っすねー。
W :成り行き上そうなるのは避けられない。
Q :こうなったらいっそ探偵事務所を開かないッスか、「W探偵事務所」。で、オレは第一助手。女が必要なことも多いはずだから、オレにぴったり。礼金がっぽがぽ。T先輩は…やっぱ体力仕事だな、英語しか取り柄がないから。
..Wはまたも爆笑だ。
W :キミの性格がうらやましいよ。
Q :そーすか、オレは先輩がうらやましいッス。せめて先輩の十分の一の頭が欲しいッス。
W :探偵事務所なんて、浮気・結婚相手の調査、または迷い猫さがしだよ。そのエネルギーと時間を他に使った方が良くないか?


..翌日Tは病院にいた。母を送り届け、祖父の様子を見に来た。場合によっては、そのまま居続けることになるかもしれない。
..昨夜家へ帰ると事件が待っていた。家の前に救急車が止まり、人だかりがしている。玄関からストレッチャーを隊員たちが運び出すころだ。脇には弟tが立っている。
T :t、何があったんだ!?
t :あ、にいちゃん、おじいちゃん(G.p=グランパ)が倒れた。
..祖父は車で15分ほどの病院に運ばれた。父(D.T=ダッド・ティ)と母(M.T=マム・ティ)がタクシーで後を追った。TもD.Tも飲んでいて運転する者がないからだ。留守を任されたTは、弟から詳しく聞いた。祖父は風呂上りに眩暈を起こし倒れたという。救急隊員の呼びかけにかろうじて返事はできたらしい。
T :頭が痛いと言ったか?
t :ううん、ただ、崩れるように倒れていった。
..夜遅くM.Tだけ帰ってきた。昨夜のうちに分かったことは、「脳梗塞だろう」ということだ。そして今朝、tを学校へ送り出し入院の支度をした母を送ってきたのだ。ER(緊急処置室)の待合室に父がいた。見るからに焦燥している。
D.T:3週間は入院だそうだ。
..そしてTは祖父に面談できた。
T :どう、気分は?
G.p:あ〜…T、§・Λ・Ψ・ζ・∈…
..呂律が回らない。何を言いたいのか推測できない。が、Tだとは分かっているようだ。
T :いいよ、無理にしゃべらなくて。大丈夫だって、しばらく入院していれば元通り散歩も囲碁の会もいけるさ。静養するつもりでのんびりしてればいいよ。
..長居はできなかった。3人は再び待合に戻る。
T :そうだ、忘れてた。夕べtはどうしたんだって?
M.T:それね、あの子、友達に勉強みてくれって頼まれたんだって。家に電話入れて、お爺ちゃんが取ったの。お爺ちゃん、すっかり忘れてしまったのよ。
T :そういうことか…
D.T:なあ、お爺ちゃん、そんな事よくあるのか?まさかボケてきたんじゃ…
M.T:よくって訳じゃないけど、最近では、囲碁の会は水曜日なのに火曜日に出かけたことがあった。「誰も来てない。予定が変わったなら、なぜ連絡せん!」て怒って帰ってきた。昨日はトイレのスリッパが無いので探したらお爺ちゃんが履いていたのよ。
D.T:うー、日にちを勘違いするくらいはオレにもあるし、スリッパもオレだってやりかねんしなー…
T :ちょうどいい機会だから、その方も検査してもらったら?
D.T:そうだな。
M.T:ね、お父さん、替わるから、帰ってちょっと休んだら。寝てないんでしょ。
..Tが送ると言ったが父はタクシーで帰り、Tは大学に行くことになった。駐車場に向かっているとすれ違いざまに、「あれ?!」と言った男がある。Tは思わず声の方を見た。
G:確か、T君だよね。
..年齢が近い感じで、なんとなく見覚えがある気がする。
G :覚えてなくて当然だよね。ぼく、W君と大学で同じクラスだったGだよ。
..という事は、Tと同い年だ。が、これまでに特に親しく口をきいた覚えはない。
G :キミ、アメリカ留学してたんだろ?
T :そうだけど。
G :じゃ、まだ大学にいるんだ。もしかしてキミも「魔術研究会」か?
T :うん。一応。
..そしてGは、「これからR大に行くところだった、よかったら乗せてくれないか」と言いだした。Tは気が進まないがいたしかたない。同乗させることになった。
G :たしかWもその会に関わっていたよな。そー言えばさー、R大でハロウィンやるんだって?SNSで見たよ。R大も変わったなー。キミもなんかやんのか?
T :まあな。
G :裏方か?
T :何がウラかオモテか知らんけど、脅し役だ。
G :へー、おもしろそうじゃん。で、何をやる?
T :「落ち武者の晒し首」だ。
G :晒し首!
..Gは爆笑だ。
G :おもしろそうだなー、ぼくもやりたかったぜ。Wも「晒し首」か?
T :いや、彼は本当の裏方だ。スモーク役。
G :ヘー、煙モクモクするやつか。いーなー、学生は自由で。まだ半年ほどなのに昔のことのような気がするぜ。
T :自由か…♪青春時代が夢なんて〜あとからほのぼの…
..突然Tが歌ったのは、Gの態度がなんとなく上から目線のようで気にくわなかったからだ。
T :で、キミは?いま何してんだ?一流商社だろうな。ああ、工学部だったよな。国立の研究所か?
..軽くイヤミジャブを繰り出す。平日の午前に、学生同様にカジュアルな格好でふらついているなんて、まともな仕事についていないと判断した。
G :うー、いまんとこはフリターだ。
T :フリーター!
..Tはわざと大声で言う。
T :うらやましい。自由でいいなー。
G :まあな。あるヒトの事業の手伝いをしてんだけど、金(かね)がいいんだ。
T :自由で金がいい!夢のようじゃないか。オレにも紹介してくれよ。
..車を降りるとき、
G :ハロウィン、ぼくも来てみるかな。おもしろそうだ。
..と言い残し、Gは去っていった。昨夜からのドタバタで予定が狂った。午前の講義はもう終りかけている。所在なく部室に行った。Nが一人で作業をしている。
T :なにやってんだー?
N :なにじゃないですよ。先輩の鬘です。
T :オレの?
N :ちょうどよかった。かぶってみてください。まだ完成じゃないけど。
..Nは立ち上がり鬘の髪をはらう。
T :どうしたんだ、これ。
..受け取ってTはまじまじと眺める。100均で買った坊主頭の鬘にナイロン糸を貼り付けたらしい。苦戦しながらTはかぶってみた。
N :あー、いい!いけそー。それで傷テープを貼ればばっちりです。
..結局Tは手伝うハメになった。
N :わたしはやらなきゃならない事が山のようにあるんです!このあとまた会議だし!
..そう言われては逃げもならない。Nの指示でナイロン糸を接着剤で貼り付けていく。Nは別の作業にとりかかった。しばらくは2人は黙々と自分の作業に没頭した。
T :これ、もう1個作ろうかなー。
..Tが独り言を言う。
N :もう1個?どうして?
T :Wの分。一応用意しておけばヤツもやる気になるかも…
N :そうですね。黒いモノさえ着てれば「宙を飛ぶ首」で、おもしろいかも。100均で坊主鬘と黒のナイロン糸買ってきてください。600円ほどですから自前で。
T :自前かー…そうだ、Wのやつ夕べ景気がよさそうなこと言ってたな。いくらかで売りつけよう。1000円なら文句ないだろ?
N :1000円ねー、じゃわたしも先輩から1000円いただこうかな。
T :そりゃないだろ。こっちはサークルの備品だ。オレのは単に素人の工作。
..そこへ、
Q :ちぃわーす。
..のびりした声が響いた。
T :お、アホが来たな。
Q :先輩、なにやってんす?
..Tは鬘を被る。
Q :あーいいじゃないっすか。
T :そうか。似合うか?
Q :うん。「晒し首」用の顔はじめて見たっす。
T :どんな顔だよ!
..QはTのパンチを身軽に避けて、
Q :さ、オレもやらなくちゃ。
..と棚から自分の鬘を運ぶ。前からあった島田髷の鬘を補修して使うつもりだ。3人の作業が続いた。
Q :先輩、そういえば弟さんどうだったす?
T :ああ、なにも無かった。友達のトコにいた。それよりな…
..そこでTはちょっと迷った。
Q :どうかしたっす?
T :いや、なんでもない。
..そしてTは立ち上がる。
T :さあ、できたぞ。これでいいだろう。オレは昼飯がてら100均に行ってくるわ。
Q :えっ、シャッキン?!どうしたッス?ちょっとなら相談にのれるっすよ。
..Tの目が丸くなり、Qにボデイブローだ。今度は見事とらえた。Qが咳き込みNは爆笑する。







「かぼちゃ提灯は笑う(2)」へ続く





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