はっくつ文庫-------------------------------------DBL(埋蔵文学発掘)会
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かぼちゃ提灯は笑う(2)

 
...............................................................................- R大魔術研究会-
 

星空 いき

Hosizora Iki













..........................................登場人物

..9月末日の午前、Wは小百合を訪ねていた。
サユリ:ごめんなさい。お忙しいのに時間を割いていただいて。
W :あらましはQ君から聞きましたが、どんなお話しでしょう。できれば事の初めから聞かせてください。
..8畳間には立方体の桐の箱と軸と思われる長い箱が置いてある。卓の上には、出されたばかりの湯飲みと名刺が一枚ならんでいる。
サユリ:はい。少し長くなります。この春の初めころでした…
..γ(ガンマ)叔父から連絡があった。γは亡くなった母方の叔父だ。
サユリ:正直なところ、そんな伯父さん、居ることさえ忘れていたほど疎遠でしたので何事かとおもいました。
..来年の夏に「まだある日本の美」という展示会が催される。それに所有の骨董を貸し出してほしいと言う。近いうちに主催者と下見に行くつもりだ、と一方的に決めつけた。
サユリ:強引な口ぶりでした。突然の申し出で何と返事したものかわかりません。取り合えずその場を逃げようと「兄に相談してみます」と答えましたが、叔父は兄が不在なのを知っていました。「兄さん、行くへ知れずだろ。それに、専門家に依頼して鑑定をやってくれるというし、なにがしかの礼金も出る。むしろ有難い話しじゃないか。一石二鳥とはこのことだよ」と言いました。
W :その主催者というのは?
サユリ:この名刺です。
..小百合は卓上の名刺を指す。Wは手に取って見つめる。

.....一般財団法人
........真善美協会

サユリ:ただ、その財団というのは新設で今申請中だそうです。ここに写しをもらいました。
..小百合はB5サイズの封筒から書類を取り出しWの前に置く。Wは手に取ってぱらぱらと目を通したが、発起人の欄をしばらく見つめている。国会議員・財界人・大学教授などの名が並んでいる。
W :それで?
サユリ:どうしたものか思い悩み結論の出ないまま、5月初めころγ叔父が関係者とやってきました。来てしまえば断りもならず、叔父の強引な態度に押されて蔵に案内しました。
..そこで財団の人間がいくつも箱を開いて中身をチェックしたのだが、かなり時間がかかった。その間小百合は現場を離れなかったと言う。やがて碗1点、軸2点が選ばれて、結局貸すことになってしまった。
W :借用書はとりました?
サユリ:向こうが用意していました。で、渡すことになってしまったのですが…
..そこで小百合の言葉が途切れた。
サユリ:箱書きの文字も、軸の落款も、わたしには読めません。久しぶりに悔しさを実感しました。それで咄嗟に考えました。せめて写真を撮っておこうと。
W :ほー、それはいい考えです。で、撮られた?
サユリ:はい。箱も中身もできるだけ数多く撮りました。とうとう叔父が「もういいだろ」と機嫌が悪くなるくらい。
..小百合は笑う。
サユリ:その時の写真がこれです。
..小百合はスマホを出すとWの前に置いた。問題の写真は一つのフォルダーに纏められている。全部で30枚はあろうか、Wは順に眺めた。その間に小百合はお茶を入れ替える。
サユリ:その品は半月ほどで返されました。
W :中身は確かめられた?
サユリ:はい。そのままでした。どこにもこれという異常はありませんでした。
W :でも、本物は1点であとは贋作だとか…
サユリ:そう言われました。本物だという碗には、鑑定書がついてきました。
..小百合は脇の文箱を開き薄いビロードの板を取り出し卓上に置いた。
サユリ:どうぞご覧ください。
..Wは開いてみる。確かに鑑定書らしいが、Wもこれまでにそうした物を見たことがない。
W :それで再度申し込みがあったのですか?
サユリ:そうです…が…
..また言葉が止まった。Wは待った。
サユリ:時間が経って落ち着いて考えてみますと、3点の内2点が贋作というのはどんなものかと…もちろん兄も父も素人ですから騙されて、あるいは承知の上で手に入れることもあるでしょう。が、再度依頼する行為と矛盾するような気がしてきました。
W :なるほど…ちなみにその碗ですが時価でどれくらいか、聞かれました?
サユリ:はい。およそ300万円だと。オークションに出せばもっといくだろうとも。
W :高価な物ですねー。
サユリ:それから、鑑定料を財団が負担しているのでそれを今回の礼金として欲しいとのことでした。そんな訳で、貸し出しは気が進まないのです。真贋がはっきりするのはありがたいのですが。
W :そうですね。
サユリ:おまけに10点ともなると気持ちが決まらなくて。叔父は早く返事をしろと言ってきますし。どうしたものか、お知恵がないかとお願いした訳です。他に、こんな事を相談する信用できる人がいませんので、ご迷惑をかけて申し訳ありません。
..Wの頭の中をいろいろな想念が渦巻く。<確かに、すぐに飛びつくのは躊躇いのある話しだ>脚の長さが微妙に違う椅子に座らされたような気分で、なにか落ち着かない。しばらく考え込んだ。<もし、根底に悪意があるとすると油断できない話しだ。問題はこの財団だな>
..小百合がくすっと笑った。Wは頭を上げる。
サユリ:いえね、字が読めないのは、もちろん不便ですが、それ以上に悔しいものなんだと初めて知りました。「この箱にはナントカと書いてある」って言われても「はあそうですか」としか言えないんですもの。余り悔しいので、夏から「古文書研究会」に通っているんですよ。
W :ほう、本格的ですねー。
サユリ:おかげさまで、「かな」ならなんとか見当がつくようになりました。
W :すごいじゃないですか。
サユリ:ある程度分かるまで何年かかるかわかりませんが、がんばってみるつりです。30の手習いですわ。
..小百合は朗らかに笑う。
W :自分で解読できるようになれば、心配も半減どころか雲泥の差ですよね。ぜひ頑張ってください。いやー、すばらしいことです。
..そしてWは財団について調べることを告げた。一つひっかかる事があるのだ。もしかしたらそこから糸が解れるかも、そんな期待を持った。
W :ですから相手への返答をできるだけ引き延ばしてください。
サユリ:わかりました。なんとか工夫してがんばってみます。
..それからWは贋作と言い渡された軸の1点の借用を申し出た。
W :ぼくに鑑定の心当たりがあります。軸を再度鑑定してもらいましょう。1点をしばらく貸していただけないですか?
サユリ:再鑑定ですか?してもらえるものなら是非お願いします。当然、費用はこちらでもちます。
..小百合の撮ったスマホの写真をWに転送する。
サユリ:あなたにはご迷惑かけてほんとうに申し訳ないのですが、おかげさまでわたしは随分気持ちが楽になりました。よろしくお願いいたします。
..Wは風呂敷包みの軸を抱え大学へ戻る。電車の中で<かなり忙しくなるぞ。ハロウィンどころじゃないな>と覚悟をきめた。大学につくと昼休み時間だった。Wはそのまま7号棟の史学科に足を向けた。研究室のθ(シーター)准教授を訪ねる。<運が良ければ在室だろう>θは中近代の美術史が専門で、ときどきTVに出演し解説をしている.Wに鑑定家の知り合いはいない。が、小百合の話しをきいているうちにθが思い浮かんできたのだ。部屋では女子学生が一人昼食を摂っている。肝心のθは外出だったが、1時すぎには戻るだろうと言う。そのまま待つことにした。
..1時を10分も回ったころθが現れた。40才くらいか、落ち着いた感じの研究者だ。Wは自己紹介をして訪問の目的を告げる。
θ :見てほしいモノというのはそれかな?
..θはWの風呂敷包みを指す。
W :はい。訳あって出所はいえませんが、近郊の旧家の物です。
..言いながらWは風呂敷を解く。θはさっそく箱書きに食いついた。外側を睨み、内側も隅々まで点検する。時には匂いを嗅いだ。もはや完全に独善独我の世界だ。そして壁に軸を下げた。一歩さがったとき、
θ :ほおー…
..と、ため息が漏れた。しばらくは腕を組んで無言で眺めていた。ときにはマスクをした鼻がくっつくほど近づいた。机の上から天眼鏡を取ると絵画本体はもちろん周囲の裂(きれ、中廻し)・軸まで仔細に見ている。声を掛けるタイミングが分からずWは待った。
ガクセイ:「鉄坎」でしょうか…
..いつしかそばに来て共に見入っている女子学生が言った。
θ :うーーん。
..θはそっと紙面をなぞる。紙質を確かめているように見えた。かなりの時間が経過してθは椅子に戻った。
θ :これはキミの物かね?
..ようやく発言のチャンスが来た。
W :いえ、預かり物です。本物でしょうか?真贋を知りたいのですが。
θ :…、簡単には決められない。が、わたしの印象では限りなくホンモノだ。どうだね、正確な鑑定を希望するならしばらくわたしに預けてくれないか?
..突然の申し出にWは戸惑った。
W :それはちょっと…
θ :無理かね…仕方がない、本音を言おう、もしホンモノなら国宝に準ずる代物だよ。そしてその可能性がある。
W :
θ :じゃ、せめて一日貸してくれないか。ここはセキュリティーはしっかりしている。心配はないよ。一晩ならいいだろう?
..Wの心は揺れた。預けるのは不安がある。だが、一晩で鑑定の精度があがる可能性もある。
θ :キミは橋梁研究室と言ったね。なんでこんな畑違いのモノと関わっているんだ?
..答えに迷っていると学生が立ち上がり、軽く笑いながら傍に来た。
ガクセイ:先生はTVを御覧にならないからご存じないでしょうけど、こちら大学では有名人なんですよ。R大のシャーロックホームズって。
θ :シャーロックホームズ?
..Wは慌てて否定する。
W :いえ、そんなんじゃありません。周囲が無責任に面白がっているだけです。
ガクセイ:これもなにか事件と関わっているのかしら、名探偵さん?
W :いえいえ、なんの関係もありません。知り合い、持ち主が正しい鑑定を望んでいまして、それで先生にお願いできたらと考えました。
θ :それなら猶更じゃないか。一日預かれば自信ある鑑定ができると思うよ。それを勧めるよ。鑑定料を貰う訳でなし、責任を持って預かるからいいだろ?
..揺れていた心の振り子がぴたっと止まった。
W :じゃ、一日だけ。明日の3時まででどうでしょう?
θ :ああ、いいだろう。
..建物の外へ出ると空腹に気づいた。大学外の定食屋まで行くのも面倒だ。カフェテリアを目指していると急に思い出した。<そうだ、Qを忘れてた>電話を入れる。Qは部室で作業中だと言う。小百合を訪ね話しを聞いたことを告げる。
Q :そうすか、それはご苦労さまです。いまT先輩もいるっす。来てくださいよ。
W :そうもしていられない。忙しいんだよ。
..事実Wは忙しい。このあとはゼミで、さらに研究室の雑用が待っている。それに例の財団法人を早急に調査しなくてはならない。ミートスパを口へ運ぶ手が重いのは、引け目のせいだ。無断でヒトの物を又貸ししてしまった。それも、どうやらかなり高価な物を。<いよいよ後に退けなくなった。あの反応は、軸の価値を表している。少々ややこしい事になってきた…>
..翌日3時前までWは雑用に追われていた。橋の強度実験に使う新素材のトラスの制作だ。先輩院生と共に旋盤と格闘していた。指導教官は早い仕上がり待っている。そのころθの部屋には来客があった。壁に下がった掛け軸の前でθと、初老の男(画家)が話している。
θ :間違いないでしょう?
ガカ:ああ間違いない。ホンモノだ。鉄坎だ。
..男は画家として高名だが、美術大学で日本画を教えている。θから連絡をもらい授業を休講にして飛んで来たのだ。
ガカ:幻の発見だ。
θ :そうですね。戦災で焼失したと言われていたのが、まさか現存していたとは…奇跡です。
ガカ:ワシも白黒写真でしか見たことがない。いやー、いいモノを見せてもらった。
θ :これで鉄坎の研究が進みますね。
ガカ:そうだとも。あのボカシ、墨を薄めただけじゃない。僅かに青墨を混ぜてある。ホンモノでなきゃ気づかないところだった。大発見だよ。これ、院生が持ち込んだって?
θ :はい。Wという男です。
ガカ:その男の持ち物か?
θ :いえ、近郊の旧家から鑑定のため預かったと言ってました。3時に取りに来るはずです。
ガカ:できるなら大学で買い取りたいところだが、無理だろうな。事務局が「うん」と言う訳がない。少なくとも2000万円じゃなー。3時だって!とにかく写真だけでも残そう。
..そして3時、Wは苦しい言い訳をして研究室を抜けだし7号棟へ走った。部屋に飛び込むと数人の学生たちがダベっている。
ガクセイ:ああ、Wくん、取りに来たのね。ちょっと待ってね、保管室から出してくる。
..例の女子院生が奥に向かう。やがて風呂敷包みを抱えて戻った。
W :あのー、先生は?
ガクセイ:外出よ。美大へいらした。
W :なにか言づては?
ガクセイ:そうそう、「これはとても良いものだから大切に」と伝えてくれって。それから「鑑定書」を希望なら鑑定士を紹介するって。「もし手離すようなときには、必ず連絡がほしい」ともおしゃっていた。
W :それだけですか?
ガクセイ:これを預かりました。
..院生は小さなメモを渡す。
......湖西眉山逍遥図
......禅師鉄坎(1650年頃)
......真物です(戦災で焼失したと考えられていました)
ガクセイ:最後に「近年で最高の物を見せてもらった。ありがとう」て。それだけよ。
..Wは風呂敷を抱えて戻った。帰路、いろいろな思いが沸いてくる。<結局ホンモノだった。それも相当高価な…財団は鑑定を誤った?…あるいはわざとウソをついた…なぜ?>
..自分の小さなロッカーに、着替えの作業着でくるんで奥に押し込む。鍵をかけ強く引いて確認する。<こうなれば、一刻も早く「財団」を調べなくちゃならん>トラス製造も忙しい。完全に「ハロウィン」は消し飛んだ。

..10月に入り1週間が過ぎた。部室にいるのは部長のN、Q・Bと数人の1・2年生だ。それぞれに作業をしている。
N :Qくん、アンタ、自分の分は済んだの?「お菊さん」は。
Q :うん。だいじょうぶっす。だって鬘と浴衣だけだもん、おまけに、台詞は「うらめしやー」だけ、簡単ッスよ。
N :そう、一度全員衣装合わせしてお互いに確認し合いたいんだけど、T先輩もなんだかこのごろ忙しそうでちぃとも出てこないし…就活かなー。
Q :就活もあるだろうけど、なんか姿を見ないっす。電話してもそっけないし…こそこそ、アヤシイっす。何か隠してる感じっす。W先輩が忙しいのはわかるけど。
N :どうして?
Q :だって、授業と研究室、それだけで手一杯なのに、探偵業…
N :え、先輩、また何か事件に首を突っ込んでるの?
Q :事件じゃないけど、調べ事というか…
..Bちゃんが、がばっと身を起こす。
B :W先輩、またシャーロクホームズやってんの!いいなー、私も仲間に入れてくんないかなー。
Q :Bちゃん、そういうの好きだっけ?
B :好き。だからW探偵団に入れてよ。Qくんが頼んで!
Q :ムダっしょ。だって、先輩、探偵って呼ばれるの好きっくナイ。だから、探偵団も無し。まあ名探偵の助手はオレくらいだな。これからはワトスンて呼んでほしいっす。
N :なにがワトスンよ。アンタは「ハトフン」。
Q :なんすか、ハトフンって?
N :鳩のフンよ。付いて回りの迷惑公害野郎。
Q :ひでー!
B :それはそうと、今度の「ハロウィン」、かなり評判になってますよ。
N :そうよねー、わたしも何人にも聞かれたし、SNSでも「渋谷よりR大!」って、呼びかけ合っている。事務局長も委員会も逆の心配をし始めてる。
Q :逆?
B :大勢が押しかけたらどうします?
N :それなのよ。キャンパスは無茶苦茶、周囲の道路や地下鉄は大混乱--そんな心配がでてきた。
Q :まさか、そんなには…
B :ありうるわよ。何万どころか、コミケみたく何十万押し寄せたら、完全お手上げよ。
Q :そりゃないっしょ…
N :いや、よほど受け入れ態勢がしっかり整わないと事故も起こりかねない、委員会でも真剣にその心配をして対策を考えている。
Q :機動隊を頼む…いっそ自衛隊か…?戦車が出動して、バズーカがドカン!バカン!
N :「ばかーん」はアンタよ。
B :バーカ。
..Qはちょっとたじろいだ。反撃に出る。
Q :お前のかーちゃん「出ーベソ」
B :なによ、それ?
Q :子どものとき言っただろ。バカの後には必ず「お前のかーちゃん、でーベソ」て付け足すんだぜ。そうすると相手がひるむんだ。
..Nが大声で笑う。釣られてBも笑いだす。
Q :それでさ、初めてそれを言われたとき、オレ家に帰って親に訊いたぜ、「かーちゃん、出ベソなの」って。
..N・Bはますます笑い転げる。
B :お母さん、何て?
Q :いきなりゲンコツくらった。そしてブラウスまくって、腹見せた。「ほら、出ベソやないやろ!」って。
..N・Bの笑いが止まらない。椅子から落ちそうだ。
Q :そしたらさ、出ベソどころか、樽腹でカニの穴のように窪んでた。オレ、思わず指を突っ込んだ。
..Bは本当に椅子から落ちた。それでも身を捩って笑いつづける。Nは涙を拭いている。ようやくBが椅子に戻った。
B :あー、参った。けど、私のイナカではそんなこと言わなかったよ。
Q :ふーん、どこでも言うのかと思ってた。じゃあさー、これからは使ってみたら?
B :あほらしい。ガキじゃあるまいし…
..Bの口が動きを止めた。
Q :
..Bの眼が外を凝視している。釣られてQもその方向を見る。特にこれといって変わったこともない。そこはいつもの光景だ。
Q :Bちゃん、どうかした?
B :ううん、ちょっと。…誰かが窓から覗いていたような気がした。
..Nが立って外の様子を伺いに行く。
Q :男?
B :うん。学生かな?
..Nが戻る。Qは思い出した。
Q :そーいえばさー、オレもすかり忘れてたけど、この前変なヤツに声をかけられた。
..3日ほどまえQはWに会うつもりで部室を出た。工学部へ歩いていると後ろから呼ばれた。
オトコ:Qくんだよね?社会科学部の。
..見た目は学生だ。が、覚えはない。多少年上に感じる。
Q :…そうだけど…<院生かな?>
オトコ:今度ハロウィンやるんだって?ほとんど魔術研究会が仕切っているそうじゃないか。キミもたいへんだろー?
Q :<なんだこいつ?>ああ、まあ…
オトコ:Wくんも参加するのか?
Q :W先輩を知ってるっすか?
オトコ:まー、友達だ。
Q :先輩は「お化け屋敷」でスモークの予定っすよ。
オトコ:そーか、スモークか。お化けはやらないんだ。
Q :いや、一応「落ち武者」の亡霊もやるはず…
オトコ:はは、落ち武者か。そりゃいいや。ぼくも楽しみにしてるぜ。いや、ありがとう。
..そのことは、それっきり忘れていた。
Q :もしかして、「バカボン」のイヤミに似た男じゃなかった?
..QはBに訊く。BはPuっと吹く。
B :うん、そんな感じ。「明石家さんま」みたいな。
Q :オレに声を掛けたのと、きっと同じ男だなー。
N :て、ことはよ、イヤミはここらというかサークルを嗅ぎまわっているってこと?
Q :さあ…
N :なんでよ。何のためによ?
Q :分かんないっす。
B :なんだか気味が悪いわ。おー、嫌だ。
..Bは身震いする。
N :他の部員にも聞いてみよう。接触のある者がいるかも知れない。でもよ、何のためによ。サークルを探って何の得があるのよ?
..Q・Bは首をひねる。そしてQが「しぇー」と叫んでポーズした。

..Tも更に忙しい日々を送っている。第一には就活、普通はそれだけで振り回される。そこへ祖父が倒れた。母M.T(マム・ティ)はペーパードライバーだ。日に2回病院へ送り迎えをする。従って時間とスケジュールをしょっちゅう確認する毎日だ。「ハロウィン」はいつの間にか忘れられてしまった。
..いまも祖父の病室から出てきたところだ。手には着替えの入った紙バッグを提げている。廊下でM.Tが出てくるのを待つ。幸いに祖父は日を経るごとに言葉も回復し、ほとんど元に戻ったかにみえる。ただ右手が思うようでないと言う。療法士によると、それもリハビリでかなり回復するだろうと聞いている。M.Tはなかなか出てこない。斜め前方のエレベーターは人の出入を繰り返している。その度にいろいろな年代のいろいろな人たちが出入りする。一般のエレベーターと違うのは、車椅子・ときにはストレッチャーが多いことと白衣が目に付くことだ。Tはそれらをぼーっと見ている。病院通いをするようになって、Tには小さな変化が起きていた。白衣が視界に入るとつい注意を惹かれる。じっと見つめてしてしまうのだ。すぐに自分でも気づいた。<Yuki・・>無意識に確認しているのだ。Yukiと連絡が途切れてほぼ1年…ようやく思い出すことも無くなっていた。(参照:「透明人間になりませんか」)病院という環境・ことに頻繁に目に付く白衣が、眠っていた記憶を呼び覚ました---Yukiであってほしいのだ。
..Chi--n
..エレベーターのドアーが開き、3人が出てきた。待っていた人が乗り込む。5人が入りドアーが閉まる、という時、
..「待ってー!」
..と1人の白衣が駆けこんだ。瞬間、横顔が見えた。Tの心臓が跳ねる。<Yuki・・!>ドアーが閉まる。Tは思わず駆け寄った。頭上を見上げる。エレベーターは下に向かっている。ここは6階だ。紙袋を部屋の入口に放り投げ、Tは階段へダッシュした。階下に急ぐ。背中にM.Tの呼び声が聞こえた。<Yukiだ、Yukiだった!..>見えた横顔は一瞬だった。が、Tには確信があった。彼女が、果たして何階で降りたのか分からない。3階でエレベーターの表示を見た。既に1階に着いている。Tは何人かにぶつかりそうになりながら1階に来た。周囲を見渡し、2本の廊下を覗き込んだ。午後の外来階は森閑としている。目指す白衣は見当たらない。外へ出てみる。見回すと建物の角を白衣が曲がるところだった。Tは後を追う。呼び止めた白衣はYukiではなかった。Tはスマホの写真を出す。
T :このナースさん知らないですか?Yukiと言います。
..白衣の返事は、「ナースは沢山いる。科が違ったり、外来か病棟かによってほとんど互いに顔も知らない」「入れ替わりもしょっちゅうなので交遊もない」。最後に「どうしても知りたければ総務の人事に訊くしかないが、プライバシーの問題がうるさいので、まず教えてくれないだろう」と付け足した。
..車の所まで来るとM.Tが待っていた。
M.T:どうしたのよ、荷物放り出して…
..乗り込むと大きな息が一つ出た。
M.T:なんかあったの?
T :ごめん。なんでもない。知っているヒトが居たんで追いかけたけど、見つからなかった。
M.T:そう。
..会話のないまま車は自宅へ向かっている。Tの頭の中はYukiの記憶が蘇り渦巻いている。<最後に来たメールでは「本当の、透明人間研究所に行くことになった」だった。さらに「何年かかるか分からない」とも>
T :--
..Tは自分でも気づかない内に唸っていた。
M.T:fufu,どうした?「思い出しため息」、そんな言葉ないよね。
..M.Tが軽く笑う。<帰ってきたのなら、連絡があってもよさそうなもんだ…やっぱり帰っていないのか、それとも…>あの事件から1年が経過しTも少しは変わった。
T :だけど…
..と声に出てしまった。<本当に「透明人間研究所」なんて国の機関があるのか?>そう思うようになっている。<もし存在しないなら、Yukiって何なんだ?…>そんな疑いも持っていない訳ではない。そして結論はいつも同じ。<何者でもいい。とにかく会えさえすれば、ほかの事はどうでもいい>
M.T:どうした?深刻な顔して。社保(社会保険士)の発表、11月はじめだよね?
T :ああ。
M.T:どうか受かっていますように…
..M.Tは手を合わす。
M.T:そうだ、神社に寄っていこ。途中に天満宮があったじゃない。
T :いまさら神だのみもないだろ。試験は終わった。つまり誰も知らないだけで合否は既に決定してる。悪あがきしてもどうにもならん。
M.T:そんなこと無いよ。まだ最終決定は下っていない。ということは、まだ間に合う。いいから、行って!
..Tの悩みの原因を勘違いしたM.Tのせいで時ならぬ神社詣でとなった。

..夕方以降は肌寒さを感じるようになった。ハロウィンまであと1週だ。、その間サークルメンバーもそれぞれに忙しく過ごした。昼にWからQへ電話があり、夕方に会うことになった。
Q :学生会館でいいっすか?
W :…いや、ヒトの居ない所がいい。図書館裏でどうだ。
Q :いいっすよ。
..そんな場所に夕方に人出は無い。
Q :先輩、おひさ〜。
..2人はコンクリート階段に腰を下ろした。
W :ほんとに久しぶりだな。キミにも小百合さんのこと伝えなきゃと思ってはいたんだけど、忙しくてな、ごめん。
Q :大体はお姉さんから聞いたっす。ニセモノって言われた1点が本物だったって。それもそうとう高価なモノって本当すか?
W :ああそうだ。
Q :じゃ、間違えたってこと?
W :う...ん、そうだな。
Q :オエライさんを揃えた、ご立派な財団だと思ったす。意外に当てになんないっすねー。で、今日の話しってなんす?
W :実はその財団のことだがな。
..Wは時間を割いて財団についてできるだけ調べた。まずは、名刺の「財団準備室」に電話した。女性事務員らしいモノが出た。財団について詳しく聞きたいと告げると責任者は出張中で不在だという。これまでに3回掛けたが、責任者はいつも不在で一度も話しができていない。伝言を残しても折り返しの連絡もない。さらに法務局にも問い合わせた。が、「審理中の案件や登記申請の有無については回答できない」とニベもない。要するにこれまでに確定的なことはなにも判明していない。「グーグルマップ」で住所検索し、せめて「準備室」の事務所がどんなところか見てみようとしたが、「ストリートビュー」に該当しないらしくヒットしなかった。分かったのは、都下の短大の近くらしいということだけだ。残る手は限られている。Qは話しを熱心に聞いている。
W :そこでキミに頼みたいのだが…
Q :なんす?
W :「たんぽぽちゃん」をやってくれないか?
Q :へ…?、いいっすけど、何をやるんす?
..Wの依頼は「たんぽぽ」になってこの事務所を調べてほしいという。
W :所在地に本当に事務所があるのか、規模がどの程度か、ちゃんと職員がいるのか、とりあえずその程度でいい。ぼくのような男がうろついたり質問したりすると、うさん臭く思われトラブルになりかねない。
Q :それでたんぽぽに出番が来たということっすね
W :うん。女子なら向こうもさほど警戒しないと思う。ちょっと遠いので日当は出すよ。
Q :そんなモノいらないっす。これって小百合さんのためでしょ。お姉さんには世話になっているし、先輩がこれで収入があるわけじゃないからもらったらバチが当たる。
..Qの気持ちはもうたんぽぽに切り替わっている。
Q :早い方がいいんでしょ。明日は特に予定がないから行ってくる。
W :決して無理をしないようにな。万が一少しでも変だと感じたら深入りするな。なにが起こるか全く予想がつかないから。
..翌日「たんぽぽちゃん」は電車で西に向かった。普通の女子大生の雰囲気だ。通勤時間帯が終わった電車は、そこそこに空いている。スマホのマップに昨日Wが目的地を入力した。電車を降りるとすぐにマップを確認する。駅から目的地まで点線が繋がっている。目の前に広がる光景は、代わり映えしない駅前の景色だ。方向を確かめ歩き出す。すぐに街並みは消え畑が現れる。静かな新興住宅地だ。駅から15分、畑と雑木の中に大きな建物が目立ってきた。近くによって確かめると、それが目的地の短大だった。道のりが判明しているのはここまでだ。この短大の周囲、ごく近いところに「準備会」があるはずなのだが、後は自分で探すしかない。
..そして1時間後、たんぽぽは大きくため息をついた。ここまでに何人に声をかけたか、20人は下らないだろう。商店や地元っぽいヒトを選んで問いかけたが、みな首を捻っただけだ。「真善美協会」と言っても全員が「はぁ?」と問い返すだけだった。キリスト教の教会と勘違いしたモノも3人いた。かなり歩いた気がするが、一向に見つかる気配がない。<まいったなー>たんぽぽは目についた縁石に座り込む。<こうなるとは思わなかったなー>またため息が出た。そのとき電話が鳴った。Wだった。
W :場所、分かったか?
Q :いえ、かなり苦戦してます。本当にここでいいんですか?
W :そうじゃないかと思って事務所に電話してやっと聞き出せたよ。「坂口工務店」という処に行ってみてくれ。そこで分かるらしい。面倒掛けて悪いな。
Q :いえいえ、お姉さんと先輩のためですもん。これくらいがんばります。「坂口工務店」ですね。
..それはすぐに見つかった。おそらくこの辺りでは大きな会社なのだろう、見かけも立派だ。たんぽぽは事務室を開ける。事務服の中年のオバさんが電話をしている。オバさんは話しながらたんぽぽを認め軽く頭を下げた。やがて電話が終わり立ち上がると近寄ってきた。
Q :お忙しいところ御免なさい。「真善美協会」の事務室はこちらですか?
ジム:しゅうぜん…、ああ…
..オバさんの表情が険しくなる。
ジム:あなた、協会のヒト?
Q :いえ違います。学生です。事務員を募集しているってききました。それでお話しだけでも伺おうと思って。あのー、どんな会なんですか、財団法人だと聞いたのですが。
ジム:こっちへいらっしゃい。
..オバさんが先に立ち外に出る。建物を裏手に回り込む。そこには資材の類が山積みになっていた。そしてアルミサッシのドアーの前に立った。
ジム:ここよ。
Q :<?>
..どうみても倉庫だ。ドアーの脇に板が下がっていて、プリントされた紙が貼ってある----財団法人・真善美協会準備室。
Q :ここですか--
..たんぽぽがあっけにとられていると、
ジム:誰もいないわよ。ここね、元々工具置き場だったの。
..オバさんは声を潜める。
ジム:大きい声じゃ言えないけど、いい迷惑よ。一部屋とられちゃって。ちゃんと使っているんならまだしも、ほとんど留守だからねー、頭にもくるわ。
..そして説明ともグチとも言えない話しが長々と続いた。なんでも、工務店社長が突然部屋を貸すと言い出したという。2か月ほど前、社長が一人の壮年男と学生のような若い男を伴って帰社した。応接室でしばらく面談していたが、この部屋を見て「貸すことになったから、すぐに片付けろ」と言った。余りにも唐突な話しに社員は驚いたが、次の日半日がかりで空にして明け渡した。それから3日ほどは若い男だけが来て何か作業しているようだったが、それ以降はほとんど姿を見ない。
ジム:いったい、何なんでしょうねー。お陰で使い場が悪くなって、いい迷惑よ。早く出て行ってほしいわ。
..オバさんは憤懣やるかたない。
ジム:協会がヒトを募集してるって?やめときなさい。ここに来ていた若いヒトだって、なんか胡散臭い感じで、きっとロクなモンじゃないわよ。
Q :そうですか…
..そこへ横から大きな声がした。オバさんが振り向く。
ジム:あら、社長お帰りなさい。さっき市役所から電話がありました。見積もりの件で連絡がほしいそうです。
シャチョ:うん、分かった。
..壮年の社長の眼はたんぽぽを見つめている。
シャチョ:こちらは?
ジム:このヒト、協会の求人の応募だそうです。社長、聞いてます?事務員を募集してるって。
シャチョ:いや、知らんなー。ま、立ち話しもなんだから、向こうへいらっしゃい。
..通されたのは、事務室の奥の応接間だ。会社の景気良さを感じさせる調度品や敷物の立派な部屋だ。たんぽぽは、勧められるままに椅子に掛ける。やがてオバちゃんと年下の事務員が茶を運んできた。
シャチョ:そうかい。じゃ仕事を探している?
..いまさら違うとは言えない。
Q :はい。
..若い方がお茶を出し、オバちゃんは当然のように座り込んだ。
シャチョ:ふーーん、学生さんだよね、そこの短大かな?
..たんぽぽは迷った。
Q :いえ、短大ですけどそこじゃありません。B短大です。
..思いついた名を揚げる。
シャチョ:Bか…どうだい、ウチに来ないか?
..社長はオバさんの方を見る。
シャチョ:もう1人居たほうがキミも助かるだろ?
..オバさんの目は飛び出すほど丸くなっている。
ジム:!、そ、そうしていただけるなら、そりゃー助かります。
..たんぽぽも驚いた。こんな展開、予想していなかった。
Q :は、はぁ、ありがとうございます。わたし…財団を訪ねたのは、美術品に関わる仕事だって聞いたからです。それなら、やってみたいなー…って。
シャチョ:美術が好きなのかい?
Q :はい。子どものときから絵や工作が好きで…あのー、財団の目的って何なんでしょう?
..たんぽぽは頑張る。<何とか財団の情報を得なきゃ>
シャチョ:確かに、美術品・骨董の保護が目的だとは聞いた。けど、本音を言うとワシは何も知らんのだよ。なんでも、そこの短大のセンセイの一人が、財団の発案者と知り合いらしい。で、センセーは発起人を押し付けられ、部屋も頼まれたというのが本当のトコらしい。ウチは短大にはいろいろ仕事を回してもらっていてな。近くで部屋を探していてウチに目をつけたらしい。一部屋を貸してくれって頼まれて、断りもならず貸すことになったんだ。
ジム:それも、あなた、タダでよ!こんなに迷惑かけておいてタダはないでしょ!
..オバちゃんの怒りが再燃した。
シャチョ:まあ、そう言うな。来年度には旧校舎の建て替えが予定されている。コイツは大きい仕事だ。それが取れるなら部屋代ぐらい安いもんだ。ただな…
..そこで社長の視線が窓外の空に泳いだ。
Q :なんでしょう?
シャチョ:その発案者に会い、一度ここへ連れてきたんだが…
..また途切れた。たんぽぽとオバちゃんは待った。
シャチョ:正直に言うと、ワシは余り好きじゃないな…なんというか、腹に一物を抱いているような…信用できない感じだ。
ジム:ですよね!わたしも好きじゃありません。発案者にしろ、あの若いのにしろ、なんか後ろめたいモノを隠しているって感じです。
..そしてさらに声が大きくなった。
ジム:そーよ、今日むこうの人間に会えなかったのはむしろ幸運よ。あんなトコよして、ウチにいらっしゃいよ。まだ互いに見知らぬヒトだから、顔を会わせてもどうってこと無いし。
..勢い込むオバさんを今度は社長が制した。
シャチョ:ま、ま、そうせかしなさんな。急な話しだから返答しろったって無理だよ。ゆっくり考えてもらおうよ。
ジム:そーですよねー。一人増やしてもらえるなんて嬉しくって、つい興奮してごめんなさい。
シャチョ:あれはどうかな、インターシップって言ったっけ、職場体験で来られるときに来てみれば。もちろん日当は払うよ。
..なんとなくそれが結論になった。外までオバちゃんが送ってきた。
ジム:ところで肝心なこと忘れてた。お名前は?
Q :わ、わたし…「たんぽぽ」です。
ジム:え、たんぽぽ?本名?
Q :はい。
..オバちゃんはpfuと吹いたかに見える。
ジム:かわいー。「たんぽぽちゃん」ね、あなたにピッタリ。あなた、よほど社長に気に入られたのよ。だって、今まで増員の話しがあってもなかなかウンって言わなかったのに、あなたに会った途端あの態度よ。社長もやっぱ男だったんだー。とにかく待ってるわよ、来てね。
..その日分ったのは、むしろ「坂口工務店」の方だった。社員が12人、パート・アルバイトが40人ほどで、大手建設会社の下請けが主な仕事だ。事務員は、オバちゃんの他に3人だが、内2人はパートらしい。
..<でも、協会の情報も多少は手に入った。ムダにはならなかった>電車に乗る前にWに電話する。
W :そうか…倉庫の間借り、職員はいない…かなり怪しげな団体か…
Q :少なくとも、工務店でいい印象を持っているヒトはいないよ。
W :わかった。これで話しが進みそうだ。よくやってくれた。ありがとう。やっぱりキミに頼んで良かったよ。
Q :まっかせなさーい、なんといっても第一助手ですもん。つまり名探偵の片腕よ。
..写真は3枚ほどしか撮れなかったが、それを転送する。たんぽぽは満ち足りた気分で電車に乗り込む。自分の今日の仕事がどんな役に立つのかは知らない。が、後はWに任せれば、結局は小百合のためになることは分かっている。それが達成感の原因だ。ところが、その気分は長くは続かなかった。Qの片隅に放って置かれたモノが電車の揺れで徐々に浮き上がってくる。<あの社長、とくにオバさん、明日からオレの連絡を待ち続けるんだろーな…さて、どうしたものか…まさか勤める訳にいかないし…まいったなー>
..Wは考えている。夕方にコンビニ弁当で夕食を摂り、しばし休憩に入った。他の院生たちも夕食にでかけた。<怪しげな財団が美術品の貸し出しを要求、不審に思うのが当たり前だ。おそらくあの誤鑑定は故意だった…何のために?>まだある。貸し出しの話しは、小百合の叔父を通してきている。<叔父と財団の関係は?>Qの送った写真は見た。紙の看板と倉庫のドアー。ほとんど参考にはならないが、本気で財団をやる気があるのかという疑義は沸く。Wも財団設立・維持について法的な根拠・手続きを調べた。分かったことは、法改正で以前とは全く様相が異なることだ。許可・認可制度は廃止され、登記制に変わっている。簡単に言えば、誰でも要件さえ満たせば「財団」として法的に登記されるのだ。その手続きが安直になったことと今回の問題が無関係とは思われない。それに今日準備室は留守だったという。Wは電話で女性事務員と話し「坂口工務店」を聞き出した。少なくとも今までに電話には必ず事務員が出ている。<事務代行だな…決まりだ、財団に実態は無い。ほとんど架空の団体だ>まだある。以前から引っかかっているのが、発起人の一人だ。その人物、現職が短大教授となっているのだが、その短大が、今日Qが行った所なのだ。そしてさらにこの教授、3年ほど前までR大の准教授をしていた。Wもその顔に見覚えがあり、最初から引っかかっていた。<ただの偶然か…?>一人想念に沈んでいると、いきなり肩をたたかれた。
よっ、悩める青年。なに深刻な顔してんだ?
..見上げると先輩院生の凵iデルタ)だ。
女のことでも考えていたか?そういうことはオレ任せろ。この恋愛マスターに。
W :そんなんじゃありません。恋愛マスターより、早く「橋梁工学」マスター(修士)を取得した方がいいんじゃないですか?ちょっと粘りすぎですよ。
あちょー、それを言うか。好きで粘ってんじゃねえよ。ヒトを納豆みたく言うな。そうだ、一つ警告しておく。オレより先にマスターになるなよ。
W :ええっ、そんなに粘る気ですか!いくら納豆でも腐ってしまいますよ。
..Wの電話が鳴った。小百合だ。立ち上がると外へ出る。
サユリ:もう限界。
..小百合の声は疲弊している。叔父からの繰り返しの要求になんとか抵抗してきたが、これ以上対抗しきれないと言う。Wもいつかはそうなると覚悟していたが、これといって名案があるわけではない。
W :仕方ない。条件を提示しましょう。
サユリ:条件?
W :財団は10点ほど希望していましたよね?
サユリ:そうです。
W :前回と同じく3点なら貸し出すという条件を出しください。
サユリ:なるほど。
W :それで相手の反応をみましょう。とりあえずそれでしのいでください。
サユリ:分かりました。
W :また写真を残して置いてくださいね。
サユリ:はい。実はちゃんとした所蔵リストを作っておかなければいけないと思って、とにかく片っ端から写真を撮り、インデクスを貼る作業をしています。
W :ほおー、それはいいですねー。
サユリ:お陰でますます時間が無くなって忙しい思いをしています。でも、全て終わるには相当時間がかかります。安心出来るのはまだまだ遠い先になりそうです。まったく、兄も面倒なモノを残してくれたものです。
W :大変な作業ですもんねー、がんばってください。ところで一つ伺いたいのですが。
サユリ:は、なんでしょう。
W :叔父さんが財団との仲介役をされているんですよね?
サユリ:ええ、そうです
W :その訳をご存知ですか?なぜ仲介をすることになったのか。
サユリ:いいえ、何も聞いていません。言われてみれば、何故なんでしょう?今度訊いてみます。確かにおかしな話しです。美術品に興味がある訳でもないのに突然に関心を示したなんて。聞いておきます。
W :お願いしますね。それから手がいるときはQくんを使ってください。こき使って構わないですから。
..小百合は笑う。
サユリ:ええ、でも彼も彼なりに忙しそうですよ。なんでも今度ハロウィンをやるとかで。そうそう、「お菊さんて実在の幽霊かなー」って訳の分からないことを心配してますよ。
W :はは、「きっと祟るぞー」て脅かしておいてください。
サユリ:そんなー、かわいそうです。あなたも何かや(演)られるんですか?
W :一応頼まれてはいます。「落ち武者」の亡霊です。
サユリ:楽しそー、わたしも行こうかしら。
W :たまには気分転換がいいかもしれません。時間があればお出かけください。
サユリ:ありがとうございます。お話しできてよかった。ずいぶん気持ちが楽になりました。
..........................................登場人物

..TはYukiと公園を歩いている。
Yuki:映画おもしろかったね〜。
T :すごかった。デジタル映像の技術の進歩はよく知ってるつもりだったけど、実際に見てみると圧倒されるよな。
Yuki:だけどあの音量はやりすぎじゃ〜ない〜。まだ頭の中で響いているよ〜。
T :家庭のプロジェクターであれをやったら間違いなくパトカーが飛んでくるぞ。
..噴水脇のベンチに掛ける。
T :Yukiちゃん、「研究所」の仕事、もう終わった?
Yuki:…研究所?なんのこと?
T :
..TはYukiの耳に口を寄せ小声で囁く。
T :ほら、「透明人間研究所」
..Yukiの目が大きくなり笑いだす。
Yuki:なによそれ。ト・ウ・メ・イニンゲン…だいじょうぶ?最近頭打たなかった?
T :そりゃないだろ?メール見ろよ。
..Tはポケットをさぐる。<ない、スマホが無い…>Tが焦っているとYukiが立ち上がる。
Yuki:じゃーね。わたし行かなくちゃ。
..Yukiは足早に去っていく。Tは立とうとするが力が入らない。
T :Yukiちゃーん、Yuki--!
..立てない。金縛りにあったかのように身動きできない。Yukiの姿が遠ざかる。<前にもこんなことがあった…>背中を誰かが叩く。
?:先輩、せんぱい!
..聞き覚えのある声だ。意識が高速で巻き戻される。
B :どうしました、大丈夫ですか?
..Tは目開ける。映画に没頭中、突然窓を開けられ日光が溢れた気分だ。Tはゆっくり周囲を見回す。
B :だいじょうぶですか?なんかうなされていましたよ。
..B、N、Lらが覗きこんでいる。Tは久しぶりにサークルにきた。作業が一段落し、缶ビールで喉を潤していたはずだ。剥げた、小さなソファーに横たわっている。意識が目覚める。<夢…いつの間に寝込んでしまったのだろう>顔をなでながらTは起き上がる。
T :うー、寝てたのか…
N :ずいぶん大きな声でうなされていましたよ。夢でも見たんですか?
..Tの脳の底に夢の残滓が淀んでいる。
T :あ、ああ…
L :疲れているんじゃないですか?
..Tは背伸びをする。
T :だいじょうぶ。もう目が覚めた。オレ、うなされていたか?
N :ええ。就活疲れですか?
T :うん。まあ…
..Tは、就活は当然続けているが、病院へ行く頻度が高くなっていた。<あのとき見かけたのはYukiだ>その思いが強くなっているからだ。従って、病院へ行くと滞在時間が長くなりうろついているのだ。Gp(グランパ=祖父)は、後3日で退院できるという。退院してしまえば病院へ行く用事はない。後は、わざわざ出かけなければ会えるチャンスがない。
T :実はな…
..もう退院ということもあって、TはGpの入院を話した。
N :そうだったんですかー、お祖父さん入院されていたんですか。
T :それで結構時間を取られていた。
N :でも、無事退院できそうでよかったですねー。
T :ああ、何より後遺症らしきものがほとんど無いので助かる。
..それは、M.Tの台詞の受け売りだ。
B :そうですよねー、寝たっきりにでもなると家族が大変だから。
T :ところで、WやQは来てんのか?
N :いえ、Qくんはともかく、W先輩はとても忙しそうです。
B :あのね、どうやら2人とも探偵団してるみたいですよ。とくにQくん、なんかこそこそしていてアヤシイ。
N :あら、そうなの?
T :あの2人、また何か事件に首を突っ込んでいるのか?
B :なんか調べているようです。わたしのこと除け者にして。
..Bはちょっとふくれる。
N :現実の事件と関わるなんてきっと楽しくもないし、もしかしたら危険よ。TVアニメじゃないんだから。関わらない方がいい。わたし思うんだけど、W先輩だって好きでやってるんじゃないよ。彼を頼りにするヒトたちが勝手に集まってくるのよ。
B :そーか、確かにそうかも。
T :ハロウィン迫って来たけど、W、スモークやれるんだろーな。
N :連絡ないから大丈夫なんでしょう。念のため、先輩も、一度練習しておいてもらえます?
T :うー、そうだな。一度くらい現場でリハーサルしておいた方がいいだろうな。「大入道」の映像も投影して。
N :そうですよ。まだ誰も現場で確認してないんだから、どうです?今から。そろそろ夕方だし。
..リハーサルが急遽決定し、Qが呼び出された。機材運びだ。演劇部で機材を借り、映研(映像研究クラブ)も呼び出して現場に向かう。
Q :あの一杯並んでるヤツ、仮設トイレっすよねー。もしかしたらギネスもんかも。
..Q、N、Bが前を歩いている。Qは延長コードを肩に担いでいる。
B :どこが。
Q :「同時シッコ数、世界一」、これいけそー!申請しよう!
B :バーカ。
Q :お前のかーちゃん、出ーベソ。
N :ガキやってんじゃない!
Q :そうそう、あれはどうなったんすか?警護というか警備は。だいじょうぶすか?
N :それ、大変だったのよ。警察にどれだけ足を運んだか。でも対策はできた。
..R大への路線は、バスを除くと2系統ある。近いのは地下鉄だが、反対方向に15分でJRの駅がある。それぞれの駅からR大まで、参加者が一定方向に進むよう警官が誘導する。そしてキャンパス内は一方通行とする。交通情報科は、その案をシュミレーションした。3万人までは渋滞することなく処理できるという。
B :それよりかさー…
..Bが小声になる。
B :さっきT先輩、うなされたよね、「うっきー」て叫んだけど、なんだろー?
N :そうよ。そんな風に聞こえた。「ゆーきー」か「「うっきー」って。何だろう?
Q :先輩、うなされた、寝てたんすか?ゆーきー、うっきー…ふーん。
B :なんか知ってる?
..Qも小声になる。
Q :もしかして…
..3人は頭を寄せる。
Q :先輩の元彼(かの)、「ゆき」じゃなかった?先輩を振った相手。
B :そうだ!
N :看護婦さんっていってたよね。たしかそんな名前だった。
B :て、ことはよ、そのYukiちゃんの夢を見ていた…
N :夢に見るほど、いまだに忘れられないのかなー。
Q :かもね。
B :ちょっとかわいそー。
..そのTは、スモークのボトルを抱え、Wと後からついていく。
T :お前、また少年探偵団やってんだって。
W :少年は余分だ。ちょっと調べ事している。
T :事件でも起きたか?
W :何もない。事件が起きるとするとこれからだ。それより社保の発表もうすぐだな。受かっているといいな。
T :うん。
..そして、更に2人を追う影がある。木立や物陰に寄り添い、遅れをとらないように付いていく。
T :全く、こんな企画よしてほしいぜ。
W :けどな、Nに聞いたんだけど、理事会では来年度授業料値上げの声も出てるそうだ。これがうまくいけば、取り合えずは立ち消えになる。だから協力も仕方ないとも思う。
T :へー、そんな話し、あんのか。でもよ、これで受験者が倍増するかー?
W :どーだろ。多少は増えるかも。
T :「取らぬ狸の皮算用」だな。
W :値上げは勘弁してほしい。回避できるのなら、狸でも狐でも妖怪でも「いらっしゃいませ」だ。
..いつの間にかQたちに追いついていた。
Q :オレは狐がいいっす!
..Qが振り向く。
T :?、なんだ?
Q :だからオレは「狐うどん」、狸は蕎麦に限るっすよ。2人だけで食おうなんて、ズルっす。
..Wが笑う。
T :けっ、都合のいい耳してやがんな。ウチの爺ちゃんと一緒だ。
..機材をセッティングしリハサールが始まる。やがて闇の中に3mの大入道が立ち上がると、全員が「おー!」と感嘆の声を漏らした。ぎろっと剥いた大きな一つ目がぐりぐりと睨み、かっと開いた口からはベロが伸び縮む。襲い掛かるしぐさには女子から悲鳴があがった。
Q :大した迫力っす!
..Qも口を開けて見とれている。
T :ああ、たいしたモンだ。さすが映研、よく作った。これじゃ、オレたちの仮装がちんけなものに見えてしまうぜ。
Q :だいじょうぶっすよ、暗いからなんとでも誤魔化せるっす。
..後を付けていた影は、木の根方に蹲ると、メンバーたちの様子や行動を伺っている。
T :さてっと、Wと交代してオレもスモーク練習しとくか。
..Tが懐中電気を点け木立に向かっていく。潜んでいた影が立ち上がる。素早く、そっと闇に消えていった。





「かぼちゃ提灯は笑う(3)に続く」





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