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むげん荘(4)

 
...............................................- R大魔術研究会-
 

星空 いき

Hosizora Iki













..................................登場人物

..Ё(ヨー)が死んだ。神社の古い防火用水の水草の中にに浮いていた。そのテレビニュースは、土曜日の朝のWのダイニングにも流れていた。遅い朝食をとっていたのは、Wと父母・祖父だ。弟は部活でいつもどおり学校に行った。祖父は日課の朝の散歩から戻ったところだった。
wソフ:またか。殺人事件の無い日はないのか。
..ニュースに反応したのは、祖父だけだ。父親は新聞に気をとられ、Wはぼんやり今日の日程を思っていた。
w母:そーですね。
..母親の関心は空模様だ。眼は窓越しの空に惹きつけられている。きょうは洗濯には不向きかもしれない。答えた声には全く力が無い。<公演は明日だ。今日は忙しくなるかな?Tはできるのか?>午後から多目的ホールの準備・リハーサルがある。また大変な一日になる。そして明日は法事だ。
w母:ね、お父さん。明日の供花料、いくら包むの?
w父:そーだな、俺とWの分を別々に用意しなきゃならんから…俺が3万でWが1万でどうだ?
w母:一家として3万で良くない?
w父:そうもいかんだろう。会食も二人だしWも一応成人だから。おい、W、まさか明日はマスコミは来ないだろな。
W :どうかな?念のため覚悟しておいた方がいいかもしれない。
..その間、テレビニュースは続いた。「防火用水には金網の柵がもうけられチェーンが掛かっていた。が、カッターで切断されていた」、「警察は殺人事件として捜査を開始した」を伝えた。
w母:で、スーツでいいの?ダブルなら出して風に当てておかなきゃ。樟脳臭いから。
w父:俺はダブルにするが、Wは黒のスーツでいいんじゃないか?
w母:そうね。靴も磨いておかなきゃね。
..母は立ち上がる。
wソフ:最近の人間はすぐ殺しあうんだから!ヒトの命をなんだと思ってんだ!
..祖父は一人怒っている。
w母:ね、W、あんた今日はどうすんの?
W :ガッコー。夜までかかると思う。多少遅くなるかも…
..着替えながら昨夜のQの電話を思い出す。「公演のため土日はバイトを休むが、とにかくLちゃんが本調子でなく、公演が終わらないことには時間が取れない」と言う。「無理しなくていい。急ぐ用でもないから」とWは答えたが、本心では、できるだけ早くQの部屋を調べたい。
..<何かがQに迫っている…危険な事でなければいいが…>電車の中でも捕らわれていた。<Uの奥さんは、ぼくがアパートに着くとすぐに現れた。二度とも。それにQが帰ったときもすぐだ。まるで監視しているかのようだ…監視カメラは無かった。それにQが「娘」だと知っていた。Yは異常にQの面倒をみている。なぜ、Qの周囲に心持ちの悪い違和感がいくつも取り巻いているんだ?>
..ホールでは、部員たちが忙しくたち働いていた。Tには先日の礼を言う。
T :また、いつでも言ってくれ。それで美人ショックから立ち直れたか?
W :そんな事より、スモークは大丈夫か?ま、あとで見せてもらうけどな。で、Qはどこだ?
T :あそこだ。
..Tは舞台をゆび指す。Qは他の部員と共に背景の大道具を設置している。 この多目的ホールは、簡単にいえばミニ講堂だ。体育施設は無く視聴覚機材が設置され、小さな講演会や映像同好会の催し・落研の定期寄席・美術部の作品発表・囲碁同好会の定期大会などなんでも使用される。したがって固定の椅子はない。その都度目的に応じて用意しなければならない。Tは後輩に指示して折り畳み椅子を並べていたところだ。
N :先輩。
..Nが寄ってきた。
N :明日の「打ち上げ」の事ですが…
T :「打ち上げ」?そんな金あるのか?
N :事務局に交渉して今回は2万円取れました。それに生協の後援ということで、生協からは現物支給のペットボトル20本と缶ビールが50本。
T :それでか。それで生協のポスターがやたら貼ってあるんだ。でもよく後援してくれたなー。
N :お願いに日参したんです。本当は現金がよかったんですけどね。だから学食の隅を借りて、オニオンスライスと魚肉ソーセージ程度ならできないことは無いんですけど…
T :うーーん。W、どう思う?
W :だけど機材もいろいろ欲しいものがあるんだよな。そのためには貯めておかないとなー。
N :そうなんです。
T :けど、ささやかでも皆なで気勢をあげて親睦のチャンスを作るのも大事だしな。
..そこへ背景の設置が済んだQがきた。
Q :あー!なんか悪巧みしてる!
T :ああ、演出変更だ。あしたはお前に一枚づつ脱いでもらう。早い話がストッリプだな。
Q :Ghoye-!
W :はは、で、Lちゃんはどうなんだ?もう決定しなきゃならんだろ?
N :それなんですが、わたしも腹をくくりました。午前はLちゃん、午後はQくんでいきます。
T :でも、大丈夫なんか?
N :いいえ。おそらくLちゃんは失敗します。でも、あれだけ練習したのに出演できないと、そのショックの方が大きいと思います。結果は失敗におわるでしょうけど、やらせてみようと思います。
T :よし。その線でみんな腹をくくろうや。いつまでも考えてもしようがない。で、「打ち上げ」だけど、後片付け後、ここでポテトチップでやるのはどうだ。ささやかでもやった方がいいだろう?
N :ここは飲食禁止です。それに学食なら、きょう頼んでおけば冷やしておいてくれます。。
W :それで決まりだ。ぼくは手伝えなくて申し訳ないが。
N :「打ち上げ」は6時ころからになると思います。そっちだけでも出てください。
..夕方6時半、リハーサルは終了した。Nの最後の訓示があり解散になった。
W :今夜のバイトはないんだよな?
..WはQをつかまえた。Tは、家族で帰国祝いの外食ということで帰った。Wには好都合だ。
Q :ないッス。きょう明日は無理なんで休みをもらったス。
W :そーか。昨日は変ったこと無かったか?アパートでもバイトでも。
Q :うーーん、特に何もなかった…ああ、たいしたことじゃないッスけど…
W :なんかあったか?
Q :あのー、話しの前に…学生会館行かないッスか?オレ、喉が乾いて…生協ビールだけどおごりッス。
..会館のロビーに陣取る。まずはビールで潤した。
Q :プッハー!やっぱ渇きにはビールが最高!
W :で、何があった?
Q :ああ、ほんとにたいした事じゃないッスよ。昨日着替えるときYさんの連絡メモがあったんス。「親戚の葬式で4〜5日イナカに行かなきゃならないんで店を休む」って。
W :ほー…
Q :それから「きょうЁ(ヨー)さんが店に来る」って…あ、Ёさんてのは店の常連客で、悪徳不動産屋の社長なんスけどね。Yさんが目当てでよく来るんス。で、そのЁさんが来たんスけど、Yさんが居ないんで割とすぐに帰ったス。
..Wは不思議な気分に襲われていた。<Ё…どっかで聞いた気がするな…それも…最近…>
Q :Yさんのメモには、「Ёさんが帰ったら、すぐにオレは通用口から出てドングリ広場へ行け」って書いてあったんス。
..通用口を出て右へ行くとやや人通りのある道路に出る。ぞのまま直進して5分ほどのところに児童公園がある。それがドングリ広場だ。小さな公園だが、それでも昼間は幼児連れの母親などがけっこう遊んでいる。
W :どうしたんだ?行ったのか?
Q :うん。Yさんの指示なら例えクビになても行かなきゃって、店長に気分が悪いから外で休んでいるって言い訳して、急いで行ったッス。メモには、そこで尋ねてくる者を待つように書いてあったッスよ。
..Wは神経を集中した。<Ё…、Ё…、Ё…>そして思い出した。今朝のニュースだ。耳にその響きが残っている。<死んで、防火用水に浮いていた…>スマホを出すとニュースを呼び出す。
Q :けど、真っ暗な気味の悪い公園で1時間以上待っても誰も来なかったッス。
..Wは記事の写真を拡大してQに突き出す。
W :もしかして、そのЁってこの男か?
..Qが覗き込む。
Q :そうッス。Ёさんッス。でもどうして出てるんスか?
..Wはスマホを渡す。受け取ったQは見ていたが、
Q :Gyohee--!!死んだ!殺された!?
..突拍子もない声をだして立ち上がった。ロビーの学生たちが全員注目した。
W :まあ、座れ。それから?
Q :店に戻って、店長に今日は欠勤扱いにしてくださいって言ったんスけど、すぐに帰る気にもなれないし、けっこう客があったんで結局10時まで残ったス。それからアパートへ帰ったス。
W :どこにも寄らなかったか?
Q :まっすぐ帰ったスよ。…けど、Ёさんが殺されたなんて…!?
W :どんなヒトだ。
Q :商売はかなり悪どいらしいッス。だから、恨んでいるヒトも多いとか…それでかな?それで殺されたんだな、きっと。自分でもいってたもんな、「俺を殺したがってるヤツが100人は居る」て。あーあ、だけど早くYさん帰ってこないかなー。
W :葬式だって?イナカはどこだ?
Q :知らないッス。
W :で、キミは一人でバイトやれるんか?
Q :大丈夫ッスよ。もう慣れたから…けど、「小百合お姉さん」がいないと、なんか調子狂う。
W :小百合…?
Q :お店での名前。源氏名っていうんスか?Yさんは「小百合」で、オレは「たんぽぽ」。
W :「小百合」と「たんぽぽ」か、ずいぶん格が違うな。やっぱり一度は会ってみたいもんだ。
..Wは笑った。


..午前の公演は、予定通りLちゃんの主演で始まった。まあまあに観客が入っている。いよいよ終盤だ。Nは袖から息を飲んで見つめている。ここまでは、なんとか無事にきた。そしていよいよ最後の見せ場だ。Lちゃんの周りに二つの怨霊玉が飛び交っている。片手に一つづつカーボンの柄を握り締め操作するのだが、同時にそれを手で追い払う演技もしなくてはならない。苦しめている親玉のQが新しい怨霊玉を出現させる。浮遊させながらLの玉を遠隔操作しているかのように身振りもする。大変忙しい。あと数秒でLちゃんの山場だ。左の玉を一度放り上げて、その手を360度捻って受け止めなくてはならない。これが一度も成功していないのだ。Qは緊張していた。<うまくやってよ!>Qは手を高く挙げる。それが合図だ。まるでQが上げたかのように、Lの玉一つがぽーんと中空に上がった。次の瞬間<まずい!>とQは感じた。投げ上げた玉はまるきりコースを外れている。後は考える余地などなかった。QはLに襲い掛かるように叫んで傍に飛んだ。そして落ちてきた柄を口で受け止めた。素早くLの左手にそれを持っていく。Lは捻った手でその柄をしっかり握った。それはほんの一瞬のことだった。が、お陰でLは落とすことなく演技を続けた。そこへ魔法使いが登場し、怨霊たちはたじたじになって退散した。
..無事フィナーレを迎えた。観客の大きい拍手。カーテンコールさえあった。が、観客でハプニングに気付いた者は無いだろう。袖に引っ込むとQはいきなり背中を突かれた。
N :よくやった!
..振り返るとNが満面の笑みだ。
L :ありがとー!助かった!
..Lも来た。
N :でも、咄嗟によく思いついたねー。
Q :自分でも訳がわからないッス。考える余裕なんてなかった。気がついたら咥えていたッスよ。両手は塞がっているから。
L :わたし、しまった!と思った。玉がとんでもない方へ飛んでいくんだもの。Qくんが口で受け止めてわたしの手に押し付けたときは、やったー!だった。ほんとうにありがとう!
Q :でも、午後にもう一度同じ事をやれっていってもだめッスよ。二度とは絶対できないから。
..そんな椿事も挟んで公演は無事終了した。
..そして夕近く、Wも法事・会食が終了した。料亭の玄関を出ると大男が立っていた。
ウーパ:Wくん。
..親しげに呼びかけた。Wは男に見覚えがある。忘れるはずはない。大男のうえに顔に特徴がある。初めて会ったときの感想が蘇る。<あ、ウーパールーパーだ>そして今目の前に、そのウーパールーパーが進路を塞いでいる。
W :ああ、刑事さん、お久しぶりです。
..何と挨拶したものか、思いつかなかった。
ウーパ:久しぶり。活躍のようだね。
..ウーパールーパーそっくりの愛嬌のある顔で笑う。ウーパ刑事はまだ若い。Wよりは年上だが30にはなっていないだろう。が、何故かいつも上から目線の態度だ。
ウーパ:外にはマスコミが待っている。どうだ?公用車で送ってやろうか?それとも質問攻めになりたいか?
..ここへ到着したときもマスコミに囲まれた。数は3社ほどだったが、質問が飛び進路を遮られ父子で苦労した。Wは父を振り返る。口をへの字にしている。
W :いいですか?お願いします。
..ウーパーが先に立ちその巨体に隠れるように付いて行った。入り口を出ると、わっと記者たちが集まりカメラが向けられた。
ウーパ:どいて、どいて!道を明けてください。進路を妨げるのは道交法違反ですよ。
..ウーパーは巨体でラッセルするように人垣を押しのける。その間も質問が悲鳴のように飛んでくる。Wと父は、引き出物の袋を抱え、体を小さくして従った。すぐ傍に料亭の駐車場があり、ウーパーは1台のドアーを開けた。
ウーパ:さ、早く!
..二人が乗り込むと、ウーパーは運転席に巨体を押し込んだ。そして赤い回転灯を窓から屋根に上げた。
ウーパ:いくぞ!!
..エンジンが掛かり、サイレンが鳴り始めた。追いかけて来た記者たちも、さすがに身を引いた。すぐに人ごみを離れ、大通りを走り出した。サイレンは止まった。
W :ちょっとやり過ぎです!あなたの方が道交法違反ですよ。緊急でもないのに。
..ウーパーは笑う。
ウーパ:構わん、構わん。叱られたら始末書を書くさ。
..川沿いに出た。堤防道路をゆっくりと進む。
ウーパ:ちょっとだけ付き合ってくれないかな。
W :…?、何か用でも?
ウーパ:たいした事じゃない。聞きたい事があってな。
..車は河川敷の駐車場に止まった。
ウーパ:お父さん、申し訳ありません。5〜6分で済みますから。
..シートベルトを外し、ウーパーは外へ出た。仕方なくWも後についた。Wがウーパーを知ったのは、Kaitoの件で所轄警察を何度か叔父に同行したときだ。所轄でも一番若い新米の刑事だったはずだ。それが、なんで管轄違いの場所をうろうろしているのか、それが疑問だ。
ウーパ:キミ、最近「むげん荘」というアパートを尋ねただろ?
W :<何が言いたいんだ?>はい。行きましたけど。誰に聞きました?
ウーパ:アパートの住人がそう言ってた。で、何をしに行ったんだ?
..Wの頭に複数の思考が発生した。<ウーパーはごく最近「むげん荘」に行った、何のため?>その思いがさらに複数の推理を生む。そして、小さな閃きがあった。<こいつは利用できるかもしれない>
W :大学の後輩が居るので遊びに。
ウーパ:ああ、そーか。そういえば学生が一人居るって聞いたな。何て言ったかなー…
W :Qです。それより刑事さん。所轄替わったんですか?「むげん荘」はずいぶん離れてますけど。
ウーパ:いや、本庁の刑事一課に転勤になった。
..Wは<やったー!>と思った。Kaitoの事件のとき何度か接触した感じでは、ウーパーはあまり賢くない。それに、水を向けると割と簡単に情報を漏らす。<利用できる!>ここはおだてておくべきだ。
W :へー!本庁の刑事!大変な栄転じゃないですか。さすがですねー、やっぱり優秀なんですねー!思っていたとおりだ。(Wの見取図)
..< 一課の刑事-->(殺人事件)-->「むげん荘」-->目的は?>
ウーパ:まーな、それで後輩とどうしてた?
W :どうって、飲んでただけです。そうそう、昨日も殺人事件があったそうですねー、何ていったかなー、そうだ、Ёという不動産の社長だ。もしかして担当ですか?
ウーパ:いや。違うよ。
..ウーパールーパーはすぐ顔に出る。表情が「しまった。言い当てられた!」と言っている。一呼吸あって刑事が言った。
ウーパ:Kaito君の件で、キミが極めて優秀で、感が鋭い事が判った。いまある事件を調べているんだが、ぼくが調べなきゃと思った所へ行ったら、なんとキミが先に来たという情報を得て驚いた。だから教えてくれ。何を調べたんだ?そして何が判ったんだ?
W :何か誤解があるようです。ぼくはQを尋ねてゲームをしてビールを飲んだだけです。それより刑事さんこそ「むげん荘」で何を知りたいんですか?
ウーパ:それは言えない。
..そこでWはわざと永い間を置いた。
W :じゃ、ぼくから言いましょう。だって極めて簡単な話しですから。殺されたЁはクラブ「女苑」に通いつめていた。目的は「小百合」。そして小百合の本名はYで「むげん荘」に住んでいる。だから、第一被疑者のYの調査に「むげん荘」行った。ところが、昨日からYはイナカで葬式だという事で行方が知れない。で、ぼくも何故か「むげん荘」に現れた。だから思った。Wは何か真相を知っているのではないか。それなら、聞き出して手柄にしようと単独のスタンドプレーに走ってしまった。…どうです?違うところがありますか?
..Wが話している間にウーパーの顔がどんどん紅潮してきた。<判り易い男だ。刑事に最も向かないタイプだ>
ウーパ:U、Gfu…、なんでそこまで判る?警察でもようやく、経営会社や「女苑」の従業員に聞き取りを始めたところだぞ。
W :<ほら、また情報を漏らした>あなたの顔に今言ったとおりに書いてあります。
..ウーパーは思わず手の甲で顔を拭った。
ウーパ:バカな。百歩譲ってキミのいうとおりだとしても一箇所違ってる。
W :ほー、どこでしょう?
ウーパ:ぼくが単独のスタンドプレーをしているというのは違う。
..ははは、Wは軽く笑った。
W :違いませんよ。捜査は必ず二人ペアーでしなければなりません。それにあなたは今公用車を使ってる。それならなおさらあなた一人じゃありえない。新米の刑事に、単独で公用車の使用を許すものですか。思うにあなたは先輩刑事と「むげん荘」に行った。ところが先輩になにか事情が発生して、一人で帰ることになってしまった。ぼくが現れたことを知ったあなたは、そこで情報を得るチャンスだと思った。そして単独捜査に踏み出して、今ここに居る。
ウーパ:Gu--u。
..しばらく沈黙が続いた。
W :安心してください。何か判ったことがあれば連絡しますから。
..本当は「あのアパートや住人は、あなたの手には負えませんよ」と言いたかった。が、先々の事も考え慰める方向に修正した。ウーパールーパーの表情が輝いた。
ウーパ:きっとだな。
..そして急いで名刺を出した。
ウーパ:きっとだぞ。ここにいつでも連絡をくれ。必ずケータイの方がいいな。
W :はい。そうします。
..あきらかに刑事は安堵した。<そうとう焦っているなー>
ウーパ:でもよ、キミはどうやってそんなに情報を集めたんだ?こんな短時間で。恐るべき調査能力だなー。
W :それは、数人のプライバシーに深く関わるので言えません。
ウーパ:ま、なんにしても協力し合おうや。その方が能率がいい。
W :そーですね。<これで警察の情報が得やすくなった。せいぜい働いてくださいよ>でも、ぼくはЁさんの死に関心はありません。もちろん調べる気もありません。ただ、たまたま知った情報はお知らせします。
..結局15分以上もかかった。車に戻ると父親は寝息を立てていた。車は走り出した。いま5時半だ。Wは黒のネクタイを外すとスーツの内ポケットに押し込んだ。
W :あのー、ぼくは、どこでもいいので駅で降ろしてもらえませんか。父は寝てしまったので送っていただけると助かります。申し訳ないです。
..通りかかった私鉄駅に止まった。
ウーパ:ここでいいのか?
W :はい。ありがとうございました。父をお願いします。お礼と言ってはなんですが、情報を一つ提供します。「むげん荘」の1号室の住人U夫婦について詳しく調べることをお勧めします。
ウーパ:えっ、あの、よくしゃべるオバちゃん?何の関係がある?
W :直接は事件と関係ないですが、ある意味キーパーソンです。あとあと役にたつと思いますよ。
ウーパ:へー、そーか…判った。
W :お世話になりました。ありがとうございました。父をお願いします。
..Wは降り立った。もう酒は抜けた。調査といっても、Wにはおのずから限界がある。U夫婦は何故か気になる存在だが、調べる手立てがなかった。<これで、Uの詳しい情報が得られる。ヒトは使いようだ>くすっと笑うとWは大学へ向かった。
W :さて、たんぽぽちゃんに会いにいくか。


..2日後の火曜日昼、WはQに電話した。
W :できれば今日行きたいんだが、どうかなー?
..Qはバイトだと言う。先週休んだので今日は休めない。遅くとも5時半までには帰るが、6時半までには支度して出なければならない。
Q :ああ、じゃ鍵を預けるッス。
W :そこまですることはないよ。
..Wは一旦は断り電話を切った。3時ころにウーパールーパーから電話が入った。
ウーパ:その後情報はないか?
..日に2度は電話してくる。恐らく進展していないからだろうと思っている。
W :刑事さんこそ新しい情報はないんですか?
ウーパ:ない。
..<粘れば何か漏らすかも…>
W :ちょっと考えたんですけれどね。
ウーパ:なんだ。
W :Ёさんがお店を出たのが9時ころで、仮に防火用水まで真っ直ぐに歩いて向かえば10分くらいです。神社とその周辺だけはさすがに暗いですけど、そこまでの通りは結構明るいし人通りもあります。一人くらい目撃者がいてもよさそうですが…
ウーパ:それも当然調べたさ。女連れだった事は判ってる。 <そら漏らした!>Wは思い切ってカマを掛けた。
W :黒っぽい服の女で、帽子で顔はよく判らないでしょ?
ウーパ:黒というか濃い紺色だ。
W :だけど監視カメラでは、Yさんとは断定できない。
ウーパ:どうして判る?
..<気の毒なくらい判り易いヒトだ。女と一緒だったと判ったのは、どこか商店かコンビニにでも寄り、監視カメラの録画を確認したということだ。もしその女が犯人なら、当然顔が写らないように帽子は必需品だ。それにこれから暗がりで人殺しをするのだ。黒っぽい服装に決まっている>
W :さらに言うなら何も買わないで店をうろついただけで出たでしょ?
ウーパ:そうだ。もし犯人なら犯行の前にわざわざ店に入ったのが判らん。
..そしてWに閃きが来た。
W :もう一度「むげん荘」を調べる事をお勧めしますよ。
ウーパ:なんだ…何かあるっていうのか…
W :何かが出る可能性が高いです。
ウーパ:ほんとか?本当に何か出るのか?
W :もちろん絶対とはいえません。けど確立はまあまあ高いです。
ウーパ:じゃ、行ってみるかなー、今からなら出られそうだし。よし、行く。
W :闇雲にさがしても時間の浪費です。途中の車内でぼくの考えた探し方を伝授します。
..切った後すぐにQに電話した。そして社会科学部棟に出かけアパートの鍵を受け取った。<とにかく早いに越した事は無い>さらに通信機械科に回り一台の機器を借りた。ウーパー刑事とは近くのコンビニで待ち合わせだ。すぐに刑事はやって来た。今日は自分の車だ。挨拶もなしでWは乗り込んだ。
ウーパ:本当に何か出るんだろうな?
W :多分。但し、探し方があります。
ウーパ:ん?
W :アパートに近過ぎず遠過ぎない所です。もしかしたら最近掘り返したような痕跡があるかもしれません。
ウーパ:どうしてそこまで断定できる?
W :はは、夢のお告げかな?もし何か、特に凶器が出れば大変な手柄ですよねー。将来は警視総監だ。
ウーパ:それこそ夢だ。
..ウーパー刑事の相好が崩れた。<いまだ!>
W :ところで監視カメラの写真持ってますね。見せてください。
..ウーパーに戸惑いが走った。
W :あの、聞き込みに使った写真です。すでに多くのヒトに見せたのだから今更かまわないですよね?
..またカマを掛けた。
ウーパ:しゃーないなー。内緒だぞ。
..ウーパー刑事は内ポケットから手帳を取り出す。ボードに置くと挟んであった写真を摘んだ。差し出された一枚はЁの正面写真だ。あとはコンビニのレジと奥の棚付近のものだ。どちらにも帽子に黒っぽい服の女が写っている。一枚には近くに男の下半身が見える。女の顔はほとんど判らない。帽子から出た髪はボブヘアーで水色に見える。靴は黒のハイヒールだろうか、はっきりしない。<これがYなのか?もしかして全く無関係の別人かも…>
W :これ、「女苑」の従業員にYさんか確認しました?
ウーパ:もちろん。だけどみんな答えは同じだ。「そう思えるが、この写真じゃ断定できない」と。
W :ところでUさんの方は進んでいますか?
ウーパ:それがな、よく判らんのだよ。というより戸籍がないんじゃないかって思われる。
W :と言う事は、夫婦ともに偽名?
ウーパ:その線で調べ直している。まったく変なヤツばっか揃ってやがる。
..「むげん荘」に近づいた。Wは100メートルほど手前で車を止めた。一車線道だ。邪魔にならないよう脇に寄せて止まった。
W :ここから歩きます。
ウーパ:
..Wはアパートに向けゆっくり歩を進めた。ときどき脇の立ち木や電柱などをじっと見ていた。それ以外は、目は1号室を見ている。行程の3分の2も来た時立ち止まった。
W :ここで待っていてください。
..ウーパーを立ちんぼにしたまま、ゆっくりと20歩進んで振り返った。
W :おおむねこの幅です。あなたとぼくのこの距離でアパートを取り囲む範囲を探してください。
..ウーパー刑事はきょろきょろと周囲を見渡す。
W :どうです。感じはつかめましたか?この幅が近過ぎず遠すぎない範囲です。
ウーパ:ああ、見当はついた。
W :じゃ、ぼくはQの部屋にいます。
..Wは刑事を置き去りにしてQの部屋を目指す。歩きながら考えている。<どのタイミングでUの奥さんが現れるか?>それも今日の目的の一つだ。Qの部屋を開ける。朝から動いてない空気が淀んでいる。借りてきたラジオのような機器を取り出しイヤホーンを差してスウィッチを入れる。少しダイヤルを回したところですぐに反応があった。メーターの針が大きく振れ、聞こえる音が左右同じになった。<あったな>部屋の中を足音を殺しゆっくりうろついた。時計台脇の壁にコンセントがある。そこに二股タップがついている。機器を近づける。途端にイヤホーンの音が耳に響いた。<これだ!>ハンカチでタップを抜いて差し替える。テレビをつけてみた。イヤホーンからは何も聞こえない。そのタップが盗聴器なのはまちがいない。用意したポリ袋に入れるとバッグにしまった。さらに調べてみたが、他に盗聴器はなさそうだった。出ようかと腰を上げた。そこへ血相をかえたウーパールーパーが飛び込んで来た。
ウーパ:で、で!で、出た!
..部屋に上がりこみそうな勢いだ。
W :STOP!!落ち着いて。住居侵入罪ですよ。
..刑事は口端に泡をふいている。
ウーパ:出た!出たんだよ!
W :出ましたか。やっぱり。落ち着いて。騒がないで。
..Wはもう一度部屋を見回し、ドアーを閉じると鍵をかけた。
W :で、どこにありましたか?
ウーパ:あそこ。あの林の下。
..ウーパーは西の方角、家主の家へ続く小道脇の雑木林を指す。Wは念のためと用意したビニール手袋をしながら刑事の後について行った。案内されたところにはサビてしまった古い自転車、タイヤ、スキー板、折れたプラの波板など廃品が放置されている。
ウーパ:これ。この中。
..刑事が赤錆のドラム缶を枯れ木で叩く。Wは近づいて覗いた。ダンボール箱から黒っぽい衣類と年代を感じさせる金属の太い柄がはみだしている。
W :中の物をいじりました?
ウーパ:いや。なんだろうと上蓋を開けてみただけ。いじってない。だけど、このドレス、写真の物だぜ。
W :とにかく箱を出してみましょう。
..ウーパー刑事も手袋をした。二人がかりで箱を持ち上げそっと雑草の上に置いた。Wはスマホを出し写真を撮った。それから衣類を持ち上げる。目の前で見る濃紺のドレスは新品で、恐らく安物ではない。草の上に広げ写真を撮る。タオルを巻いた柄は両手で押し切るタイプの金属カッターだった。相当な年代物に見える。そしてその頭部とタオルには明らかに血痕と思われる物がこびりついている。
W :おそらくこれがЁ殺しの凶器だ。頭部の傷ときっと一致する。
..もはやどっちが刑事かわからない。箱には帽子、かつら、ハイヒールも入っていた。どれも新品で高級品に見える。Wは丹念に写真に収めた。
W :ポリ袋を出して。特にこの靴には泥と草の葉がついている。ここらの土や草と混ざらないよう気をつけて袋に入れる。
..ウーパーは言われたとおり全てを慎重に袋詰めにした。それらをダンボール箱に戻すとWは立ち上がった。
W :やっぱり出ましたね。さ、帰りましょう。
..刑事はダンボールを抱えて付いて来る。Wは、アパート脇で上面に窪みのある緑の大石を見つけた。その窪みに鍵を入れ、傍の石で蓋をした。それがQの指示だった。帰り道、Uの奥さんが現れると思っていたが、結局姿を見せなかった。
ウーパ:でも、なんで、凶器などがあるって判ったんだ?
..車は帰路についた。
W :あの辺りにないと犯人が困るからです。どうしても、アパートに近過ぎず遠すぎないトコじゃなきゃいけないんですよ。<それにしても随分判り易い場所で、見つけ易くしておいてくれたもんだ…>本当に警視総監に一歩近づきましたね。おめでとー。
ウーパ:いやー、まだまだ。
..ウーパー刑事の声に喜びが溢れる。<おいおい、本気に思ってるぞ。ま、いいか。ほかの刑事は、今日三歩近づいたかもしれないから>
..そしてWは音楽をかけるように頼んだ。自分のペースで考えたかった。音楽はウーパーの口を止めるためだ。軽いポップスが流れウーパーは鼻歌で合わせる。Wは眼を閉じた。<犯人が望んだとおり、証拠品は見つけてやった。この先どう展開していくのか?>
W :犯人はYさんですか?行方はまだわかりませんか?
..目を閉じたまま訊いた。
ウーパ:Yに決まってるさ。行方は判らない。現住所に籍はない。家主も知らないんだから、ちょっと調べようがない。
W :動機は?殺すほど怒り憎む原因は?
ウーパ:わからんよ。例えば金銭の貸し借りがあった…あるいは、男女の関係に亀裂が入った…
..<それは無いな。きっと、もっと根深い何かがある…だが、これでいよいよQは追い詰められた気がする>予想していたとおり盗聴器がしかけられていた。<誰が?…Uか?…それとも家主?何のためにQの動静を知りたい?>それに、発見した証拠物は新たな疑問を生じさせた。
W :ほんとにYさんかなー。
..Wは独り言のように、しかしウーパーに聞こえるように大きい声で言った。
ウーパ:決まりさ。行方さえ判れば早期解決だ。
..ウーパーは上機嫌で鼻歌を歌っている。
W :今日あたりひょっこり帰ってきたりして…
ウーパ:それなら、任意同行して吐かせ、そのまま逮捕だ。
..Wは途中駅で降りた。すぐにでもQに訊きたいことがあったが、バイト中だ。<仕方ない。あすにするか…>ウーパー刑事は捜査本部のある署に戻った。ダンボール箱を抱え意気揚々の凱旋だ。残っていた5〜6人の刑事たちに戦果を披露した。みんな驚嘆の声を上げた。
α:これで決まりだ!
β:そうだ。主任、逮捕状請求しましょ!
ウーパ:そう、Yで決まりだ!オレに輪っぱをかけさせてください!
..ウーパーは胸を張った。
..全員の目がウーパーに集中した。訝しい者でも見る目つきだ。
β:おまえ、何言ってんだ?
α:正気か?


..翌日11時、QとWは学生会館にいた。Qが授業後にこの場所を指定した。
Q :昨日はオレの部屋で何かあったスか?
W :うん。ちょっと気になることがあったんでな。けど、なにも無かった。勘違いだったようだ。どうだ、バイトの方は問題ないか?Yさん、小百合さんはまだ休みか?
Q :休んでるッス。店にこれと言って変った事はないッスよ。ただ上客だったЁさんが来なくなった分活気がなくなったかな…特に店長が。
..実は、Qにもわずかな影響はでていた。永いYの不在が、「たんぽぽちゃん」に対するホステスたちの態度に変化をもたらした。露骨にではないが、なんとなく素っ気なく感じる場面が多くなった。つまり後ろ盾を失った形で、少し居心地が悪くなった気がする時が増えた。が、それについてはWには話さなかった。
W :そうか。ま、店の方にもいろいろ影響はでるだろうな。
..言いながらスマホを取り出す。写真を探し、Qに見せた。
W :これ、見覚えがあるか?
..それは、昨日発見した濃紺のドレスだ。Qは注目した。
Q :あれ?これ、オレが着てたヤツ、金曜の晩に。どこにあったんス?
W :キミが着てたんだな。金曜の晩だな。
Q :うん。かつらも…
..Qは写真を繰っていく。
Q :それにこの靴も。
W :じゃ、キミは金曜日この格好で「ドングリ広場」に行ったのか?
Q :そースよ。あ、ただ、この帽子と工具は知らないス。あの晩帰って、服はソファーに架けておいて、靴はボロ布で綺麗にして靴箱へ入れたんス。けど、次に月曜に行ったら全部無かったんス。変だなーって一応探したけど無いし、仕方が無いからYさんに会ったら謝ろうと思っていたところス。どこにあったスか?
..Wは見つけた場所を説明した。
Q :へえー、なんでだろ?もしかしてYさんが戻って始末したのかなー?月曜には、帰ってきてたのかな?
..Wは考え込んだ。<ほぼぼくの仮説どおりだ。Qは帽子は知らない。それで決まりだ。Qは嵌められた>
W :訊きたいんだが、Yさんが洋服や靴などを購入していた店を知らないか?
Q :洋服のお気に入りは、何店もあるようス。だから詳しいことは知らないス。けど、靴を買いに一度連れて行かれた店なら判りッス。
W :それでいい。どこの何といういう店だ。
..まだ慣れないころ、Qが初めてドレスを着用した時、「靴が合わない」と、出勤前に靴店に連れて行かれたことがある。それを思い出した。
Q :店の名前は覚えてないけど、地図を見ればだいたいの場所は判るッス。
W :その駅は?
Q :1つ隣りの、「希望が丘学園」ッス。
..Wはスマホで地図を呼び出し、駅名を入力する。Qが駅前を拡大し、
Q :この通りを行って、確かここで右へ。で、この辺ッスよ。店名は覚えてないけど、いかにも高そーで、高級な雰囲気を出してる店ッス。おしゃれな靴店だからすぐ判ると思うッス。なんで?行くんッスか?
W :うん。もしかしたら。
Q :あのハイヒールてのが、一番手ごわいッス。油断してるとすぐ足首を挫きそうで、いまだに慣れないッスよ。ちょっとした曲芸ス。先輩、履いた事ありッスか?
W :ふは、ないよ。
Q :確かにハイヒールだと全身がすっきりして、プロポーションが良く見えるス。そのためには、曲芸であろうとかまわない。女の執念ス。
..同時に笑った。
W :けどな、考えてみれば、キミは貴重な経験を積んでいるな。
Q :へ、なぜッス?
W :普通のヒトは、結果的に一つの人生だけしか知らないで終わる。けど、キミは、男と女の二つの人生を生きている。きっとその分視野も広いはずだ。ぼくらは単眼でしかモノを見てないけど、キミはきっと複眼で見ている。それが役立つ事も必ずあるぞ。
Q :そんなもんスかねー。でも、それを処理する脳は単細胞ッス。
..笑いながらWは思った<靴屋へ急がなくては!…Qの逮捕は分刻みで迫っている>そして唐突な質問をした。
W :Qくん、ぼくが信用できるか?
Q :へ?
W :いや、言い方が悪かった。信用してほしいと言うべきだった。
Q :なんのことッス?もちろん信じているッス。だから鍵も預けたし…
W :もう一度信用してほしい。そしてこれから言うとおりにしてくれ。実はあまり時間がない。質問無しでやってほしい。
..そしてWは、ノートを1枚切り取らせ鉛筆で端の方を丸で囲んだ。そこに住所・氏名を書くよう言った。
W :シャープペンじゃなくボールペンで。楷書で丁寧に。
..それだけ指示すると「すぐ戻る」とどこかへ消えた。Qが書き終えたときWは戻ってきた。
W :事務室で借りてきた。
..朱肉をテーブルに置く。そして右の人差し指で印代わりに押させた。
W :決してキミに不利になるようには使わない。信じていてほしい。これが必要になるときがすぐに来る。きょう明日の内にキミにちょっとショックな事件が起こる。そのときは、ぼくを信じて待っているんだ。無意味にじたばたせず、大人しくしていればすぐに嵐は去る。じゃ、急ぐからぼくは行くよ。
..Wはその紙をバッグに仕舞うと席を立った。Qは取り残された。
Q :ショックな事ってなんだろう?そうだ。昼飯がまだだった。なんでかオムライスの気分だな。
..捜査本部でウーパー刑事は落ち込んでいた。昨日Wと出かけていた夕近く、署にタレ込みの電話があった事を聞いた。掛けてきたのは女苑のホステス「すみれ」だ。写真の女性は「たんぽぽ」じゃないかと言う。他のホステスにも同意見の者がいる。着ているドレスが金曜日の「たんぽぽ」と同じだというのだ。「なぜこの前聞き込みに行ったとき言わなかったのか」と尋ねると、
スミレ :だってー、あの刑事さん、ただ「これはYさんだよな」と言うからよ。だからそう見えるけどよく判らないと言ったのよー。
..その刑事はウーパールーパーだ。ホステス達は、そのときY以外のことは考えなかったと言う。別の刑事が再度聞き込みに出かけた。そして新しい情報も持ち帰った。「たんぽぽ」は気分が悪いと言って、Ёが帰った後1時間ほど店に居なかったというのだ。そして「たんぽぽ」とYは多分姉妹で、妹のアパートを共同で使っているらしいと言う情報も得た。そこへ、アパート周辺で見つかった凶器をウーパーが持ち帰った。Yは元もと濃い嫌疑があるわけではない。ただ「居なくなった」というだけだ。それに比べ「たんぽぽ」は、衣装・かつらも同じで不在の時間が犯行時間とぴたり重なる。「たんぽぽ」が第一被疑者に浮かび上がった。 これで「たんぽぽ」を逮捕できる。今朝、所轄刑事は意気込んで逮捕令状を取るよう進言したのだが、本庁の管理官は「うん」と言わなかった。急いで行われた鑑定で指紋は一切出なかった。「容疑が濃厚となる物証がない。」というのだ。「だが、衣装・かつら・靴に加えて凶器も揃って出た。それで充分だ」と議論の末、昼過ぎようやく管理官は「任意同行」を認めた。
..Wは「希望が丘学園」の靴屋へ急いだ。<真犯人は誰なんだろう?とりあえずYだとすれば、異常にQの面倒をみていたのも納得できる。が、何かがしっくりと来ない>靴屋「グレイス」はすぐに見つかった。店員に靴の写真を見せた。
W :これは、こちらで扱われたものですか?ぼくはYさんの知り合いなんですが。
..店員は奥へ引っ込み店長が笑顔で出てきた。
テンチョ:Yさまのご用ですか。毎度ありがとうございます。
..どうやらここでYは上客のようだ。Wは写真を見せた。
W :これをこちらで購入しましたか?
テンチョ:ああ、これね。そうですよ。先週の水曜日ころだったかな。よく覚えていますよ。だって、同じ物を2足なんて珍しい注文だったんでね。
W :2足ですか?
テンチョ:ええ、でも特別な靴なんで1足しかなかったんです。で、1日待ってもらって同業者に当たって探したんですよ。
W :それで?
テンチョ:幸いもう1足見つかりまして、Yさんに連絡して翌日取りにいらっしゃいました。
..<つながった!>駅へ戻りながらWは呟く。<Yは、同じドレス・カツラ・靴を2組用意した。1着は「たんぽぽ」に、もう1着は自分で身につけた。そして恐らく店からЁが出てくるのを見張っていたのだ。出て来たところで後をつけ声をかけて誘った。もちろんその時点で殺害場所は防火用水に決めていた。コンビニに寄り監視カメラにわざと写った。あとでQに疑いが向くように。もしかしたら、Ёにも「小百合」でなく「たんぽぽ」だと思い込ませる努力をしたのかも知れない。そして現場に誘った。チェーンは前もって切っておいたのだろう。そして草むらにでもカッターを忍ばせておいた。その間「たんぽぽ」はドングリ広場で尋ねてくる者をひたすら待っていた。Yは、身代わりとしてQを「たんぽぽ」に作り上げたのだ。殺人計画を実行するために。そしてQの近くに凶器を見つかり易いように置いておいた>
W :さて、これからどうしたものか?
..駅でWは迷った。女苑の従業員たちに、Yについて確かめたいことがある。女苑は隣の駅だが今行っても出勤してないだろう。まだかなり早い。もう一つ、「弁護人選定書」も早く作っておきたい。<いったん帰ろう>Wは帰宅を選んだ。







「むげん荘(5)」へ続く





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