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オペレーション”トシシュン”(2)

 
...................................................- Rena エピソードU -
 

星空 いき

Hosizora Iki

















..月曜日。カナメは英語の授業中だ。休み時間にトレーニングは写した。「As I'm not a bird, I can't fly to you.を仮定法過去で表すと…」教師の声がカナメの頭上を掠めて行く。昨晩風呂から上がってドライヤーをしているとカズヤが帰ってきた。見るからに酔っ払いだ。傍によると兎に角酒臭い。よたよたとテーブルに突っ伏した。
ハハ :こんなに酔っ払って!
..母の怒りが頂点だ。
カズヤ:水、水をくれ。
..仕方なくカナメは立ち上がりコップを置いた。カズヤは口の端から零しながら飲み干す。
ハハ :カズヤ!付き合ってるヒトがいるってほんとうなの!
..さっそく母の取調べが始まる。
..カズヤは「なでしこ」でまだ正気なうちに決意していた。<こうなれば仕方ない。「彼女」ということにしてしまおう>その記憶が揺らぐ脳に蘇る。突っ伏したまま答えた。
カズヤ:ああ、いるよ。
..母とカナメは顔を見合わせた。カズヤはもそもそとスマホを取り出すとテーブルに置いた。
カズヤ:写真もあるぜ。
..カナメが取り上げ、急いで捜す。
..親子は顔をぴったり合わせて画面を見つめる。
ハハ :あー、結構かわいいじゃない。
カナメ :まあまあね。これなら合格かな。
ハハ :おとなしそうだし…
カナメ :そんなこと、わかんないわよ。
..昨晩のうちに判った事は、「サオリ」という名前と25歳ということだ。カズヤはテーブルで眠ってしまったが、カナメは寝付けなかった。ナナミの声がいつまでも消えない。そして今朝通学途中で、カナメは重大な決意を固めた。それが心の大部分を占めている。
..「カナ、カナ」と隣の席から呼んでいる。我に返って振り向くと隣の女子が教壇を指差している。頭を上げると女性教師がまっすぐに見詰めている。「答え、答えを読むの!」隣の女子は小声であせって指示する。カナメは立ち上がりノートの目についた所をしどろもどろに読み上げる。「I wish I were rich 」教室が弾けた。爆笑の渦だ。教師はと見ると、やはり笑ってる。「お金に困ることでもあるの?」
カナメ :いやー、失敗、すっぱい。
..授業が終わってカナメは隣にはしゃいで声をかけた。ようやく昼だ。まずトイレを済ませそれから弁当にするつもりだ。そして、その後が本日の山場だ。ところが、その山場がいきなりやって来た。
..トイレを出たところで、ルイと鉢合わせした。すぐに中へ入ろうとしたルイに声を掛けた。
カナメ :あのね、ちょっと話しがあるんだけど。
..ルイは振り返った。躊躇する気持ちをカナメは奮い立たせる。
カナメ :あのー、卒業旅行の事だけど…
..ルイがじっと見つめる。
カナメ :ごめんなさい。わたし行けそうにない。
..ルイの視線がきつくなる。
ルイ :どうして?
カナメ :…うち、いま大変なの。いろいろお金の要る事がかさなっちゃって。…だから、ゴメン。それに3年になれば、コースごとにクラス分けだから、なかなか一緒に行動するのはむつかしくなると思うし…
..昨晩父が風呂に入り、母はコウイチからの手紙を読み直していた。時々「あー」「うー」と唸る。カナメはどうしたのか訊いた。なんでもコウイチの会社が危機にあるらしい。二千万円ないと倒産だという。そこで「500万でも貸してもらえないか」と言って来た。公務員の父にいきなりそんな相談されても困惑するばかりだ。だから「いま大変なの」は本当なのだ。さらに母は「あんたの短大のことだってあるしねー」とも言った。もちろんルイにそんな話しはしない。
ルイ :わかった。
..ルイはくるっと翻りトイレに消えた。カナメは体から力が抜けていくのを感じた。<これで、仲間はずしだ。でも、これで良かったんだ>
..放課後、カナメは職員室へ行った。3月に入ってから担任と進路相談をする「個別懇談」が出席番号順に行われている。きょうカナメの番が来た。進路について明確な希望などない。まともに4大を受験できない事ははっきりしている。せいぜい「論文」と面接だけの短大が関の山なのは自覚している。ただ強いて希望はと聞かれれば、デザインかイラストがやりたい。だから専門学校の方がいいのではと思っている。職員室の片隅で担任とそんな会話をした。
タンニン:そっか。だいたい判った。ご両親は専門学校でもいいってか?
カナメ :いえ、まだ話してません。自分でその方がいいかなーって思っただけで…あのー、先生、短大と専門学校のどっちの方が安いですか?
タンニン:授業料か?学校や科によるからなんとも言えんが、大雑把に同じくらいだな。自分で学校をいくつか絞って調べてみたら。詳しいことは、進学指導のL先生に聞けばなんでも相談に乗ってもらえるから。
カナメ :そうですね。そうしてみます。
タンニン:じゃ、一応進学コースだな。
..部活の美術部はオサボリすると決め、帰ることにした。カナメは自転車通学だ。校門を出た所で呼び止められた。桜に隠れるように待っていたのはナナミだ。
ナナミ :きのうはゴメンね。
カナメ :ううん。それよりナナちゃんこそだいじょうぶ?
..ナナミは警戒するように周囲を見渡す。
ナナミ :あのー、さっき聞いたんだけど、「卒業旅行」断ったって、ほんと?
..カナメとレイはクラスが違うが、ナナミはレイと同じクラスだ。放課後レイと取り巻き連が、いつものように固まった。そこでレイが、カナメが旅行から抜けた事を告げ憤慨していたと言う。
ナナミ :もしかして、わたしのために?
..ナナミはまだ後ろを警戒し、時々振り返る。
カナメ :ううん、ちがうよ。いま我が家は、とてもそんな余裕ないの。だから気にしなくていいのよ。
..前後には帰路の生徒たちがいる。ナナミがそれを気にしている事を知ったカナメは、帰宅コースを離れ信号で右へ折れた。そっちは商店街に出る。下校時の道草は禁止だが、誰も守っていない。ドーナッツ店へ行くまでにナナミはぼそぼそと吐露した。
ナナミ :カナちゃんが断ったって聞いて……びっくりして…勇気あるなーって…で、わたしも断ろうって、すぐ思ったんだけど…ルイちゃん、すっごく怒っていたから…怖くて…言えなくて…
..また、涙声になりかけている。カナメは「おごるよ」と、ドーナッツ店に自転車を停めた。
..新発売のドーナッツを味わいながら、カナメは叔父の事を簡略に話した。
カナメ :わたしね、その叔父さん、大好きだったの。よくオモチャなんか贈ってくれたし、ウチに来ると遊んでもらったし。でも、いまはお金に困っているようなの。だからお母さんたちも心配してる。それにわたしの進学のことも考えると、旅行なんて言えない。ナナちゃん、懇談会済んだ?
ナナミ :まだ。わたし就職すると思う。とても進学なんて言えないもん。でも、カナちゃんイジメに会わないかなー。
カナメ :平気よ。むしろ、ようやく別れられてさっぱりしてる。だから、ナナちゃんも勇気だして言ったら。わたしが言ってあげようか?
ナナミ :
..ナナミはしばらく深刻な表情で黙り込んだ。
ナナミ :ううん。自分で言う。がんばって勇気だす。
カナメ :そう、でも、なんかあったら言ってね。
ナナミ :うん。ありがとう。前から分かっていたけど…友だちはカナちゃんだけだ。これからも友だちでいてくれる?
カナメ :もち。まーかせなさーい。


..水曜日、午後6時半。カズヤはハチ公広場でサオリを待っていた。カズヤの衣類を選んでもらい、それから「109」でサオリにプレゼントするつもりだ。もしサオリが衣服を遠慮すれば、アクセサリーにしようと思っている。<もう、来るな…>時間を確かめ、そう思ったときメール着信が鳴った。サオリからだ。
........ごめんなさい。
........急いで帰郷の用ができました。
........代わりに友だちが行きます。
........急いでいるので、ほんとにごめ
........んなさい。
カズヤ:え…!
..思ったところへ声をかけられた--「カズヤさんですよね?」
..その若い女性に見覚えがあった。<たしか、合コンに来てたな>咄嗟に名前は思い出せない。
カズヤ:はい。
クミコ :合コンでご一緒しましたよね。クミコです。
カズヤ:ああ…そうでしたね。
..サオリの母親が突然倒れ病院へ運ばれた、とクミコは告げた。意識がなくかなり危険な状態だ。父親から「すぐ帰るよう」連絡があったので、急遽帰郷した。「落ち着いたら連絡する」とサオリは伝言を託していた。
カズヤ:そーですかー、そりゃ大変だ。なんで倒れられたんでしょう?病名は?
クミコ :詳しい事は、わたしも聞いてません。けど、お父さんの話しでは、脳卒中じゃないかって。もともと持病があるヒトだと聞いています。ただ…
..間があった。
カズヤ:なんです?
クミコ :言っていいのかな?…サオリから聞いた話しでは、その持病が変わっていて、原因がよく判らない病気だそうで、10年おきぐらいに危篤状態を繰り返しているとか…、だから、あのコ(娘)可哀想なんです。小学校のころからお母さんが入院中は家事をしていたんです。
..しばらく、会話が途絶えた。カズヤはサオリについて「良く知っている」わけでは無い。だから新事実が現れても不思議はないのだが、苦労など無縁で成長してきた「おっとりしたお嬢さん」と思い込んでいた。意外な真実だった。
クミコ :あのー、電話教えてもらっていですか?急いで連絡したい事が起きたりするかもしれないので。
..番号・メールアドレスの交換をする。
クミコ :それじゃ、わたしはこれで。
カズヤ:ああ、わざわざありがとうございました。
..クミコは改札の方へ向き直った。そして顔だけ振り向いた。
クミコ :サオリのこと、お願いしますね。大事にしてやってください。
..クミコは駅の喧騒に消え、カズヤは取り残された。
........大変な事になったね。
........クミコさんと会ったよ。
........気をつけて。
..とりあえずそれだけの返信を送った。<さて、どうしたもんかな>ぽっかり明いた時間の谷間だ。<「なでしこ」へ行くか>と歩きだしたが、すぐに足が止まった。<きょうのとこは、帰ろう>日曜にしたたかに酔って帰った。今日も飲んで帰れば母の不機嫌な顔を見ることになる。
..だが、素面で帰っても母は機嫌が良くなかった。カズヤは自分でビールを運び晩酌を始めた。
ハハ :ね、これを読んでごらん。
..コウイチからの封書だ。昨日から母の機嫌が良くない理由がわかった。
カズヤ:で?どうするの。
ハハ :どうもこうも、ウチにだって余裕があるわけじゃなし…
カズヤ:お父さんは、なんて?
..父はまだ帰っていない。
ハハ :そりゃ、実の弟のことだからねー、お父さんだって、なんとかできるもんならしてやりたいと思うよ。でもね、来年はカナメは短大だしねー。多少は結婚資金も用意しておかなきゃいけないし、私たちの老後の貯えだってしておかなきゃ、路頭に迷うか、あんた達に迷惑かけて嫌われるか、そんな事になりたくないからね。あんたも自分の結婚資金ぐらい貯めておいてよ。サオリってコ(娘)、結婚するつもりなの?
カズヤ:まだ、付き合い始めたばっかだよ。
..カズヤは、早く食事を済ませて退散すると決めた。母の話しはどこまでもエスカレートしそうだ。
..自室でまずサオリにメールした。
........お母さんの具合どう?
..そこへカナメが覗いた。
カナメ :ね、お兄ちゃんさ、結婚したらここに住むの?
カズヤ:いや、多分マンションか、少々古くてもいいから一戸建てか、一応都営も当たってみた方がいいかも。家賃しだいだな。けど、そんな話しいつのことやら…。それよりさー…
..カズヤは母の話しを思い出していた。
カズヤ:コウイチ叔父さん、たいへんらしいな。
カナメ :うん。二千万なければ倒産するって。豪快で、楽しい叔父さんなのに、どうしたのかなー?
カズヤ:これは、オレの想像だけどな。叔父さんの会社、殆ど輸入物だろ。半年ほど前から急速に円安が進んでるから、仕入れが高くなって、販売価格を上げれば売り上げが落ちる、悪循環に陥ったんじゃないかな。オレの会社の取引先には、そういうとこ沢山あるぜ。
カナメ :けど、我が家に500万なんて、きっと無理だよね?
カズヤ:おそらくな。おまえの進学の事もあるしな。
カナメ :わたしのせいばっかにしないでよ。お兄ちゃんだって大学行ったんだから。
カズヤ:せいにはしてないよ。叔父さん、気の毒だと思ってさ。だけど、おまえ、短大で何を専攻するつもりだ?国文か?
..カナメは考え込んで上目使いに天井を見る。
カナメ :もしよ、もしデザインかイラストをやりたいから専門学校にするって言ったらお父さんたち反対すると思う?
カズヤ:イラストか…そんな事考えているんじゃないかとは思っていたけど、きっと反対されるな。
カナメ :で、で…ね。学校通いながら漫画も描いてみたいの。
カズヤ:漫画?100%反対されるな。
カナメ :でも、もし賞でも取ったらどうする?
カズヤ:そりゃ、宝クジか、競馬に当たったらと言うのと同じだ。
..そこで、内緒の話しだけど…と、カナメは声をひそめる。高校卒業したら、一人暮らしをしたいと言う。カズヤはたいして驚かなかった。思春期には、誰しも思う事だ。<それだけ自我が育ったってことだな>
カナメ :だからバイトもして、アパート代は稼ぐつもりよ。
カズヤ:おまえなー。学校行って、漫画描いて、バイトもしてなんて、できると思ってんのか?
カナメ :がんばるもん!
カズヤ:そういう問題じゃなくって。
カナメ :なによ!全部反対して!
カズヤ:反対してる訳じゃない。もうちょっと現実的に問題点を整理しないと、特にお父さんには一つも通らないぞ。
..カナメは頭を垂れしぼんでしまった。
カズヤ:いつでも話しは聞くからさ。頭ごなしに反対もしない。だから、もう一度よく考えてみろよ。
..元気のなくなったカナメを見て、カズヤに閃きがあった。
カズヤ:そうだ。誕生日には早いけどプレゼントやるよ。
..ベッドから起き上がり、机の引出し奥から水色の封筒を取り出す。指が選択に迷った。結局3万円取り出した。
カズヤ:ブランドのバッグは無理だけど、これがバースディプレゼントだ。
..本当は1万円のつもりだった。が、この流れでつい張りこんでしまった。
カズヤ:だからな、とりあえず専門学校だけに絞ってお母さんに相談したら。漫画やアパートの事はまだ言うな。専門学校一つでもお父さんを説得するのは大変だぞ。
..カナメはお金を見つめていたが、こっくりと頷いた。
カナメ :でも、こんなにもらっていいの?
カズヤ:臨時収入があったんだ。
カナメ :じゃ、「漫画家セット」買ってもいい?
..半年ほど前にカズヤは聞いた覚えがある。「あなたもプロデビュー!漫画家セット」というのがあって、初心者用の教本とDVDがついている道具セットだ。購入すると何回か添削指導も受けられるらしい。カナメはそれが欲しかったのだが、2万円だ。いったんは諦めたが未練は断てなかったのだろう。
カズヤ:いいさ。けど、他にもっと必要なことがないか、よく考えてからな。
..カナメは上機嫌で「♪あなたがわたしにくれたモノ…」と大きい声で歌いながら出て行った。カズヤはまたベッドに転がった。ぼーっとしているとスマホが鳴った。タケシだ。
タケシ :Pの祝い、いくらにする?
..<そうだった>会社の同僚Pが結婚する。その友人のみの祝賀パーティが来週末に開かれ、幹事から出席を頼まれた。すっかり忘れていた。会社でそれとなく祝儀の相場を聞いてみいた。平均すると、「祝儀」のみなら1万、「披露宴に出席」なら3万というあたりらしい。
カズヤ:んー、パーティは正式な披露宴というわけではないからなー。1万でどうだ?
タケシ :だけど、多少は飲み食いするから1万ってわけにはいかんだろ。
カズヤ:仲間うちのパーティでも引き出物を出すのかな?
タケシ :それは無いらしい。クッキーを少し渡すって聞いた。
カズヤ:なら、1万で良くねー。
タケシ :だけどよ、いまどきちょっとした会食でもだいたい1万だぜ。一応「お祝い事」だからなー。
カズヤ:うー、そうだな。
タケシ :あー、馬当たんねぇかなー。どうだ?今度も<使徒>のお告げはありそうか?
カズヤ:わからん。
タケシ :もしあれば、オレ、今度は信じてつぎ込むわ。カズから<使徒>にアクセスする方法はないのか?
カズヤ:ない。
..電話を切ってカズヤも考えた。<使徒は、また現れるのか?さすがに3回はないか?…いや、3度目の正直で今度が本番かも知れん>それにしても、とカズヤは思う。<どっちを向いても、金、金だな…>


..土曜日、カズヤとタケシは渋谷ウィンズにいた。
タケシ :<使徒>は来たか?
..それがタケシの第一声だった。昨日眠るまでカズヤは落ち着き無く過ごした。前回の経験からカズヤは神経過敏になっていた。<いつ、どんな形で不意をつかれるかしれない>夜に何度か郵便受けを覗きに行くので、
ハハ :あんた、どうしたの?こんな時間に配達はないよ。
..母に不審がられた。
..更に部屋で、窓ガラスがとんとん叩かれた気がした。急いで開けてみたが、そこはいつもと変わることない夜の景色で、生ぬるい風が吹いてるだけ。
カズヤ:来てない。
..タケシに答えカズヤは場内を見渡す。ここには8レースの締切り時に来た。馬券購入予定の無いカズヤはオッズも見ず発券機に並びもせず、ただ人の群れを見ていた。「真面目そうな普通のサラリーマン」で見覚えのある顔はないか?…だが、ここは「普通のサラリーマン」で溢れている。それでも、2・3度はドキッとした。故意に傍まで寄ってもみた。が、<ビンゴ!>の人物には出くわしていない。今日のメインは10レースだ。全くなにもしないで帰るのもつまらない気がして、1番人気の複勝を1000円1点買いした。結果は6番人気が1着、2着は2番人気、1番人気は3着だ。カズヤの配当は160円、収支600円のプラス。<電車賃くらいにはなったか>そして、11レース締め切りまでにも<使徒>の影はない。レースは「荒れ」だった。1着は7番人気で単勝2770円、3連単3564倍だ。カズヤの購入した一番人気は4着で配当なし。1000円のマイナス。そしてカズヤは、<今日は使徒は現れない>と結論した。現れるなら、恐らくこの11レースを教えたはず、と思えるからだ。
タケシ :もう最終だぞ。お告げはないか?
..カズヤは首を振る。どうやらタケシの成績も芳しくないようだ。12レースは注文をうけてないらしい。相談の結果引き上げることにした。それでも帰路でカズヤは何度か後ろを振り返った。
カズヤ:競馬で絶対ソンしなかった人、知ってるか?
..「なでしこ」でタケシにビールをつぎながら訊いた。
タケシ :いや。そんなヤツいねーだろ?
カズヤ:それが、一人いる。作家の吉川英治だ。
..彼は、子どものころ騎手にあこがれ、さらに馬主になったほどの競馬ファンだ。ズボンの右ポケットに馬券資金を入れ、配当金は左のポケットに入れた。右の金は当日の遊興費、左はその日の稼ぎ。だから「競馬で負けた事が無い」と言っていた。カズヤは、どこかで読んだその話しを披露した。
タケシ :そんなの、金持ちの理屈だ。ピィピィしてる庶民の論理じゃねぇ。
..タケシの本日の「ノミ屋」はわずかにプラスらしい。カズヤは、マイナス400円だ。そしてタケシは配当の上限を決めて宣告したことを発表した。内職を止めるつもりはないらしい。
カズヤ:オレ、思うんだけどな…
..カズヤは呟く。
カズヤ:もう<使徒>は現れない気がする。
..タケシはカズヤを見つめる。
タケシ :…、どうして?
..ウインズからの戻り、なぜかカズヤは<終わったな>という気分に陥った。理由などカズヤにも判らない。
カズヤ:根拠なんてないさ。そんな気がするだけ。強いて言えば、1回目は絶好球を見逃しアウト、2回目はちょっとびびって中途半端なスイングで凡打だろ?
タケシ :じゃ、3回目はジャストミートでホームランだ。
カズヤ:どうかな?もう監督が交代を決めたんじゃないのかな。
タケシ :弱気だな、せめてあと一度のお告げを祈ってくれよ。
カズヤ:祈るくらいはいくらでもするけど、何に祈ればいいんだ?
..カズヤのスマホが鳴った。電話だ。サオリからだった。水曜からずっと連絡がなかった。随分懐かしい気がする。母親は危険な状態は脱したと言う。そして仕事のことやいろいろあるので一旦戻って来た。
サオリ :あしたは、何か予定でも?
カズヤ:ないよ。だから会いたいなー。
..次の日のデートを約束した。心のキャンドルに灯がともされた。久々に暖かい風が生まれた。
ママ :この前はごちそうさまでした。
..めずらしく客が立て込んで忙しかったママが、テーブルに小鉢を置き小声で言った。
ママ :これサービス。
..貝とヌタの酢味噌和えだ。
カズヤ:ありがとう。ママ、ごめんね…実は…
..言いかけたとき3人連れが席を立って「お勘定」と呼んだ。
ママ :はーい。…ちょっと待ってね。
..急いでママはレジへ。続いて他の客から注文が入り、また忙しくなった。
タケシ :カズ、あしたはデートか?
カズヤ:まぁそんなとこだ。
タケシ :どんなコ(娘)だよ?まだ写真見てないぞ。見せろ。
..カズヤはスマホを取り出すとわざと合コンの時の写真を選んだ。女子2人が顔をくっつけている、少々ピントの甘い写真だ。要するにはっきり判らないのを見せた。
カズヤ:その左側だ。
タケシ :ふーん。なかなか可愛いじゃないか。で、右側は?
カズヤ:それは会社の同僚でクミコ。確か同い年。
..タケシはしばらく黙って見入っていた。それが予想外に永くなったので、
カズヤ:どうかしたか?
..訊いた。
タケシ :いや、何でも…
..と、カズヤにスマホを返そうとした所へ、もう1組の二人連れを送り出したママが戻ってきた。残りは、カウンターの1人だ。
タケシ :ママ、カズの彼女。
..タケシはスマホをママに差し出す。
ママ :へー、どれどれ!
..ママは腰を降ろした。
ママ :あらー!可愛いじゃない。どうすんの?結婚するの?
カズヤ:まだ、そんな事考えてないよ。気が早いなー。
ママ :一度いっしょに来てよ。うんとサービスするわよ。
カズヤ:ああ、機会があったら。
ママ :ところで、さっき何か言いかけたんじゃなかった。
カズヤ:あ、そうだった。ママに謝らないといけない事があるんだ。
..カズヤは、前回<お告げ>があった事を告白した。ママにも連絡をと思ったが、絶対に「来る」保障があるでなし、ママは全額注ぎ込むと言っていたから、却って慎重になってしまった。
カズヤ:迷ったんだけど、ごめん、結局連絡しなかった。
ママ :そうだったの。じゃ、お寿司くらいじゃ許せないわね。今度三ツ星レストランのフルコースよ。
カズヤ:判ったよ。
ママ :fufu,冗談よ。でも、良かったじゃない。で、今日はどうだったの、<お告げ>は?
タケシ :それが「無し」さ。
ママ :そう、残念ね。でも…さ、どうしてカズちゃんの所にだけ来るの?なんか訳があるはずよ。
..ママは「どうして」に力を込めた。
カズヤ:うーん、判った。オレがいい男だもんだから、幸運の女神が惚れたんだ。
タケシ :へーへー!
ママ :そうよ。女神に惚れられちゃったのよ!
..言って、ママはけらけらと笑う。
キャク :ママ!
..カウンターの客が殆ど怒鳴るように呼ぶ。ママの上体がぴくーんと伸び上がった。よほど驚いたのだろう。客は50代後半という感じだ。身に着けている物も悪くなく、「中堅会社の役員」的だ。客は立ち上がり勘定を済ますとママを外へ連れ出したように見えた。
カズヤ:どうしたんだろ?
タケシ :前から思っていたんだけど、あいつママに惚れて通ってるんじゃねえ?
..カズヤがここへ来るのは月に2・3度だが、それでもその客はたいてい見かける。だから、タケシの言い分も納得できる。
カズヤ:じゃ、オレたちが楽しくやってるんで頭にきたんだ。
タケシ :そんなとこじゃないかな。
カズヤ:嫉妬か、ヤダねー。
..ママはなかなか戻って来なかった。
カズヤ:オレの妹な…
タケシ :ああ、カナちゃんか?
カズヤ:3年の年末に「卒業旅行」に誘われたって言うんだ。
タケシ :卒業旅行?高校生が?
カズヤ:そうなんだよ。沖縄だって。
タケシ :生意気な。オレなんて、大学の時誘われたけど行かなかったぜ。金が無くて行けなかったんだけどな。
カズヤ:そう思うよな。
..木曜日、放課後カナメは呼び出しをくった。学校の敷地の東北、古くからの木立ちの中にプレハブや古い木造の納屋がいくつか集まっているゴミゴミ した一角がある。野球部など運動系の部室だ。教師の目を盗む行為は、だいたいそこで起こる。カナメは、そこでルイと側近の2人に囲まれた。そして初めてナナミが「旅行」から脱落した事を聞かされた。<ナナちゃん、自分で言えたんだ>それが引き金となってさらに2人の脱落者が出た。ルイは怒り心頭だ。
ルイ :あんただよね!あんたがみんなをそそのかしたんだね!
..ルイの目が釣りあがっている。今日のルイはメイクがきつい。その顔に怒りが満ち「妖怪人間ベラ」だ。
カナメ :知らないよ。ナナちゃんからは「参加は無理だ」って相談されたけど、他の子は、わたし知らない。
ルイ :ウソつき!エリはあんたに脅されたって言ってる!
..突然カナメの視界が真っ白に輝き、衝撃で横を向いた。ルイの平手打ちを食らったと判るのに0.2秒かかった。
ルイ : 落とし前つけてもらうよ!
..同時に左右から腕を捕まれた。ルイが腕を振り上げたのが見える。反射的にカナメは蹴りをくりだした。靴はルイの脛を捕らえ、ルイが屈みこんだ。
? : なにやってんだ!
..男の怒声が響いた。声の方を見ると柔道着の男子が近づいて来る。3年生の柔道部キャプテンだ。カナメを掴んでいた手が離れた。
キャプ:どうしたんだ?
..もう柔道着の匂いが直撃しそうな距離に近づいた。ルイと仲間は固まり後退した。
ルイ :なんでもない。ふざけてただけ。行こ。
..ルイは仲間を呼んだ。
キャプ:大丈夫か?保健室行くか?
..キャプテンの目は、カナメに異常がないか観察している。
カナメ :ううん、だいじょうぶです。話してたら、ちょっと興奮したみたいです。ありがとうございました。
..その夜「卒業旅行」の顛末をカズヤはカナメから聞いた。ただし「呼び出された」部分は、「帰りに話し合った」だけに変わっていた。
カズヤ:でな、言ってやったんだ。そりゃ元々無理な計画だ。どこの親も女子高生だけの旅行なんて許さない、てな。
タケシ :普通はそうだな。でもよ、いつもそんな調子なんか?
カズヤ:何が?
タケシ :カナちゃん、いつもそんな風に学校や友だちの事をなんでも話すのか?オレは弟しかいないから妹は判らないけど、弟はそんな話し全然しないぜ。オレも自分の事は話さないけど。お前んち、仲がいいんだなー。
カズヤ:そーか?
..カズヤの目が天井を泳ぐ。自分達は普通の兄妹だ、世間も似たようなものだろうと思っている。だが、そうでもないのか?考えているうちにタケシがそれに答えた。
タケシ :いいことだよ。なんにしたって、仲がいいって事は。
..ママが外から戻った。なんだか萎れている。
カズヤ:ママ、なんかあったの?あの男と。
..声をかけるとママは大儀そうに椅子に掛けた。
ママ :いやになっちゃうわ。
..「中堅会社の役員」は58歳。仕事は小規模不動産会社の部長で、男女一人づつの子どもは結婚し独立している。妻を病気で3年前に亡くし現在一人暮らし…とつとつとママの説明が続く。
タケシ :もしかして、プロポーズされたとか…?
..さえぎって割り込んだ。一呼吸おいてママはこっくりと頷いた。ママは43歳、中学生の子どもが一人いて父母と同居している。親のどちらも元気なので家事や生活面の面倒事はすべてやってくれる。
ママ :ありがたい事に今のところ困ってる事もないし、不自由もしていないから、いまさら新しい生活を始める気になれないわ。それに再婚となると、やっぱ子どもの事が心配で…
..そこで言葉が途切れた。ややあって、
ママ :こんな事言っちゃなんだけど、わたし、あの人好きじゃないのよ。あの人短気そうでなんだか怖いでしょ?
カズヤ:じゃー、さー、断ればいいじゃない。
ママ :だから!
..ママは声を張り上げた。
ママ :断ってるの!何度も。
カズヤ:それでも諦めず、しつっこいてこと?
タケシ :警察という手もあるよ。付き纏い・ストーカーで。
ママ :そこまでするのもねー。なんか大人げないし。
..帰りの電車の中で、カズヤの脳裏にいくつもの顔が浮かんで漂った。サオリ、両親、カナメ、ナナミ、コウイチ叔父、ママ 、タケシ…みな、それぞれに心配や苦労を抱えている。カズヤはこれまでヒトの人生など思ってもみなかった。だが、こうして一人一人に 踏み込んで見れば、みんな一生懸命なんだと判った。<みんな、足掻き、もがき、悩んで、そして生きている…>
..翌日曜日昼過ぎ、カズヤとサオリは渋谷ユニクロにいた。昨日タケシと駅で別れた後、今に至っても<使徒>の気配は無い。今日のレースの<お告げ>があった時、この辺りに居ればすぐにウインズに行ける。そう思ってデートに渋谷を選んだ。店は混んでいた。ほとんどが若者で、ちょっと気が引けた。が、それも最初のうちだけで、サオリお勧めの試着を繰り返すうちに気にならなくなってきた。それどころか、昨日ならきっと「えー、これ着るのか?!」と言っただろうTシャツやパーカーに抵抗がなくなってきた。そして1時間、カズヤのコーディネイトは完成した。「あと、ヘヤーカットなされば、もう完璧ですよ」店員の言葉がまんざらお追従でなく感じたのは、勝手な勘違いだろうか。
カズヤ:このまま着ていこうかな…
..サオリが「え」と声に出したので、
カズヤ:いや、妹を驚かしてやろうかな…って。
..言い訳するのは気恥ずかしいが、それほど出来栄えに満足していたのかもしれない。
サオリ :そうね。いいんじゃない。きっと妹さん、びっくりするわ。
..次は「109」だ。サオリは自分の物はいいと断ったが、
カズヤ:ともかく、見るだけでも行ってみようよ。
..そして歩き初めてすぐに、
サオリ :あれ?
..サオリが立ち止まった。バッグの中を覗き込んでいる。
カズヤ:どうしたの?
..サオリは、なんだか焦っている。
サオリ :ない!?
カズヤ:なにが?
..スマホが無いと言う。サオリは歩道脇で急遽持ち物検査を始めた。
カズヤ:いま、ぼくがかけるよ。
..カズヤはスマホをクリックしバッグに耳を寄せる。
..「おかけになった電話は、電波の…」
カズヤ:駄目だ。電源が切れてる。
..find機能も試した。が、聞こえる範囲内で反応はない。
サオリ :やだー、どこで落としたのかしら?
カズヤ:とにかく戻ってみようよ。
..二人はユニクロへ引き返す。店へ入るまでカズヤは何度か送信を試みた。先ほどの店員に声をかけ落し物が届いてないか確認してもらったが、スマホは無いと言う。
サオリ :困ったわ〜。
カズヤ:最後いつ使ったの?
..サオリは考え込んだ。サオリはカズヤに会う前に新宿でクミコとランチをしていた。クミコにも母のことを報告したり、いろいろ頼むことがあったからだ。
サオリ :えーっとね、クミコが「新宿に着いた」と連絡があったのが最後…だと思う。だからクミコに会う直前、それが最後。
..カズヤはもう一度かけてみた。が、結果は同じ。結局サオリがランチをした新宿の店まで行ってみることにした。
サオリ :ごめんなさい。余計な事につきあわせちゃって。
カズヤ:無いとかなり困るよね。
..山手線のつり革に捕まって、流れていく代々木公園の森を見ている。手前のツツジは満開に咲きそろっていた。
カズヤ:それに
..カズヤは言い淀んだ。
カズヤ:犯罪にでも使われてしまうと面倒な事になるしね。新宿で見つからなかったら、すぐに停止してもらった方がいいね。
..ランチをしたラーメン店は、巨大地下迷路のレストラン街にある。スマホを手にサオリの後についていきながら、無駄とは思いつつも、カズヤは呼び出しを繰り返す。店で聞いてもやはり届け出は無いと言う。
カズヤ:クミコさんの電話ならわかるよ。
サオリ :知ってるの?どうして?
..カズヤは、電話交換した経緯を話しながらクミコに掛けてみる。「呼び出し」中のスマホをサオリに渡す。ラーメン店の前でその態勢で、しばらく立ち尽くした。数回呼んで「電源が入ってないか…」のアナウンスが流れる。
サオリ :もう!どうしたのかしら?
カズヤ:忙しくて、手が離せないないんじゃ…?
サオリ :そうね…。
..二人ともに軽い疲労を感じ、喫茶店に落ち着いた。そしてカズヤはネットでケータイ会社の営業店を調べた。この巨大地下ダンジョンの中で、アイテムの在りかを捜すようなものだ。幸い比較的近くにあった。
サオリ :あ〜あ、ドジねー。
..サオリはすっかり意気消沈だ。
カズヤ:スマホ無しで仕事は困らない?
サオリ :仕事で使う事ないからそれは大丈夫だけど、写真や何人かの個人情報が入っているから、そっちが心配。それに実家との連絡も不便になるし、誰に電話するにも一々公衆電話探すなんて、考えただけで溜息がでるわ。
カズヤ:そうだよね。ぼくの方から連絡できないしなー。
..洋服のことは二人の関心からすっかり消去されていた。そしてその代替案がカズヤに閃いたのだが、口からこぼれ出る寸前でかろうじて引き止めた。その後販売店に立ち寄って使用停止にしてもらい、警察に紛失届けを出した。
サオリ :ごめんなさい。へんなデートになっちゃって。
..もう暗くなってきた。東口の「アイリッシュパブ」の看板がカズヤの注意を引いた。腰を降ろすと二人同時に溜息をついた。折角だからと、アイルランドビアーで乾杯し互いに労をねぎらう。
カズヤ:アパートに公衆電話ないの?
..サオリは無いと言う。数年前まではあったが外された。近くに小さな公園があって、かろうじてその隅にボックスが残っているらしい。
サオリ :当分はそれを利用するしかないわ。まさかまたテレカを使う事になるなんて思いもしなかった。
カズヤ:そーだよね。うちの妹はテレカを多分知らないよ。
..さきほどの閃きがまたカズヤの脳に復活する。
カズヤ:それでね…
..言いかけたところで、スマホが鳴った。クミコだった。サオリに繋がらないと言う。
カズヤ:さっきから何度もかけたんだよ。サオリちゃんに替わるね。
..「クミコさんだ」と、スマホをサオリに渡す。
サオリ :クミコ!たいへんなの…
..言いながらサオリは席を立ち入り口へ向かう。電話は永くかかった。壁のホワイトボードに前日のオーダーランキングなるものが提示してある。カズヤは手元のメニュー写真とそれを見比べ、どんな物か確認して1位〜3位を注文した。それがテーブルに運ばれたころようやくサオリが戻った。
サオリ :クミコも知らないって。心当たりも無し…
..最後の望みが絶たれた。もしかしたらクミコのバッグに紛れ込んだのではと、二人共に期待していたのだ。カズヤがさっき言いかけた閃きが胸の内でむくむくと大きくなる。
カズヤ:それでね、もし出てこなかったら、ぼくがスマホをプレゼントするよ。
サオリ :え?そんな…悪いわ。自分でなんとかするから。
カズヤ:洋服の代わりだよ。だって連絡がつかなきゃ、ぼくはもちろん、実家も、知り合いも、みんな困ると思うよ。
サオリ :そーね。それはそうだけど…
カズヤ:不便だけど2〜3日は様子をみてみないとね。意外に早く見つかるかもしれないから。
..その日「サオリから毎日8時に連絡をとる」と約束しあい、ゲームセンターで興じているうちにサオリも元気を取り戻した。さらにもう一軒はしごをして9時に別れた。結局「お告げ」は無かった。<もしかしたら、やっぱりもう終わったのかな…>
カナメ :え!お兄ちゃん、どうしたの!?
..会うなりカナメが弾けた。そして、大爆笑だ。
カズヤ:なんだよー、そんなに変か?
..カナメは大きく手を振る。
カナメ :いや、そうじゃなくって、pha.fa.fa...
..笑いが止まらない。
カナメ :いいよ。すごくカッコいい!どうしたの?誰かに選んでもらった?
カズヤ:なんで?
カナメ :お兄ちゃんが選べば、そうはならない。だって、そんなパンツ、絶対選ばないでしょ。もしかして、彼女?サオリさん?
カズヤ:ああ。
カナメ :いいセンスしてるじゃん。それなら一緒に歩いてあげてもいいよ。
..この日カズヤは、生まれて初めてファッションを意識した日になった。
..2日ほどは、何事も無く済んでいった。その間、午後8時近くになるとカズヤは部屋に籠もった。サオリからの連絡待ちだ。そして、その行為はすぐにカナメに悟られた。水曜の夕方カナメはちらちらと時計を気にしていたが、7時50分になると、
カナメ :お兄ちゃん、ラブコールタイムよ。
..カズヤを見つめる目が笑っている。<時間だな。部屋へ行くか>と思っていたカズヤは、驚いてカナメを見つめた。
ハハ :なによ、ラブコールタイムって?
..母が不審そうにカナメに訊いた。カズヤは黙って立ち上がると階段を登った。<勘のいいヤツだ。きっと母さんに話すな>結局いまのところスマホは見つからない。カズヤは本気でスマホをプレゼントしようと考えている。サオリは昨日再度イナカに帰った。8時をすこし回って電話がはいった。母親の状態は安定しているという。
サオリ :父のこともあるし、会社を辞めてこちらに戻ることになるかもしれないの。
..サオリの声は弱かった。カズヤはなんと言ったらいいのか判らない。もしそうなると二人の距離は離れ、まださして深くもない付き合いは自然消滅していくのか。その不安が心を過ぎった。それはカズヤにとって大きな喪失感を生じた。電話の後、何も手につかずぼーっとしていると軽くノックする音がして、
コウイチ:お邪魔するよ。
..聞き慣れた男の声がした。
カズヤ:ああ、叔父さん…
..コウイチ叔父が入ってきた。夕食の時、父の姿がなかった。コウイチ叔父さんが来て6畳間で父と会談していると母が言っていた。
カズヤ:いらしてたんですか?
コウイチ:兄貴に頼みごとがあってね。しばらく会わなかったけど、元気でやってるかね?
..コウイチは言いながらベッドに掛けた。近くに来るとビールの匂いがした。
カズヤ:ああ、ビール取ってきますよ。
..言いながらカズヤは立ち上がる。
コウイチ:ありがとう。できれば水割りの方がありがたいな。
カズヤ:じゃ、ちょっと待ってくださいね。
..キッチンでカナメに手伝わせて氷やチーズなどを支度しながらカズヤは思い出していた。毎年の誕生日には必ずなにかしら贈ってもらった事や、小中高大など入学するたびに祝いのプレゼントをくれた。それに時間があればよく遊んでもらったし、テーマパークなども連れて行ってくれた。叔父が姿を見せるとなにかしらいい事が起きたものだ。カナメが盆、カズヤはウイスキヰー瓶を手に部屋に戻り水割りを作った。カズヤとコウイチがなんとなく乾杯すると、
カナメ :ちょっと待っててね。
..カナメが席をはずした。そして何か抱えて戻ってきた。
カナメ :おじさん、今度の日曜誕生日だよね。おめでとう。
..カナメは綺麗に包装された包みを渡した。
コウイチ:誕生日?そうか、思いもしなかった。ありがとうね。
カナメ :開けてみて。カナが編んだのよ。
..コウイチは包みを解く。マフラーだった。
カナメ :ごめんなさい。思ったより時間がかかっちゃって。ちょっと時期はずれだけど、まだまだ寒い日があるから、よかったら使って。
コウイチ:これ、自分で編んだのか?いやー、嬉しいな。ありがとうよ。それより、こっちこそごめんな。今年のカナちゃんの誕生日、まだお祝いしてなくて。この前の日曜だったよね?
カナメ :ううん、いいの。今までにいっぱいしてもらっているから。
コウイチ:ここんとこ、会社がちょっと思うようになくてな…
..コウイチがぽつりと漏らした。それは、カズヤが最初から気にしていた話題だった。が、なんと言ったものか、切り出せないでいた。
カナメ :会社、潰れるの?
..カナメは、呆れるほど単純明快に扉を開いた。
コウイチ:うん。あと一週間だ。それまでに金ができないと倒産で、家も無くなる。
..カナメの口は半開きで、カズヤは逆に一文字に固く結んでいる。しばらく淀んだ空気に包まれた。コウイチはグラスの残りを一気に飲み干した。カズヤは従兄弟のシュンスケを思い出していた。コウイチの一人息子シュンスケは、有名私立高校の2年生で学業はかなり優秀だ。当然コウイチもその将来を期待している。だが、この先どうなるのか…学校は続けられるのか?重い気分を変えたのは、コウイチだった。
コウイチ:カズヤくん、馬は詳しいか?
..唐突な質問だった。
カズヤ:馬?乗馬ですか?
コウイチ:いや、競馬さ。というより、馬券だな。
カズヤ:詳しいってこともないですけど、会社でも割とやっている者がいるんで、たまには付き合っています。
..コウイチはポケットから手帳を取り出すと、挟んであったメモを抜き出した。
コウイチ:そうか。うちの社員でも夢中なヤツがいてな。みんなそこそこにやってるようなんだ。今度の日曜、これを勧められたんだ。ボクはわからないんでどうかな?
..それは、23日のレースだった。
.......10レース 5−3−2
..叔父のて(筆跡)だ。
カズヤ:単勝でいいんですよね?ちょっと待ってください。
..カズヤはPCに向かった。その間、コウイチとカナメは他愛も無い話題に興じていた。
コウイチ:カナちゃん、ますます可愛くなったなー。
カナメ :うん。そうでしょ、そうでしょ。
コウイチ:もてるやろー。
カナメ :まーね。けどね、うまくいかないものねー。こく(告)ってくるのは、イモみたいなヤツばっかで、こっちがいいなーって想う彼はどこ吹く風よ。
コウイチ:けどな、気をつけるんだぞ。もてるってのは、必ずしも幸せとは限らん。それが、かえって不幸を呼び寄せる事も少なくない。
カナメ :どうして?
カナメ :どうしてかな。一つの幸福には、いくつもの不幸が付き纏う。そういうもんだよ。
..やがてカズヤが向き直った。
カズヤ:それ、予想は700〜1000番人気で予想配当は3000倍前後です。
コウイチ:ということは…?
カズヤ:16頭だてだから…
..カズヤは計算をする。
カズヤ:16×15×14で3360通りあるうちの約800番人気です。来る可能性の低い馬券ということになります。ただ、まだ日にちがあるので倍率の予想はあてになりません。やっぱり当日のオッズで確かめないと…
コウイチ:そうか。ほとんど可能性はない、ということだな。でも、考えようによっては「宝クジ」より納得がいくよな。
カズヤ:そーですね。宝クジは番号を選べないですから。馬券は自分の意志で選べるだけましかもしれませんね。馬券に興味があるんですか?
コウイチ:いや、興味というより…知ってると思うけど、現状は八方塞でな。宝クジか馬券くらいしか当てが無いという情けない状況なんだよ。ただね、さっき兄貴にも言ったんだけど、街金には手を出してないから、その点は安心してほしい。
..カズヤに返す言葉がない。
カズヤ:そーですか…
..言ったきり、黙り込んだところへスマホが呼んだ。クミコだった。あした会えないかと言う。電話中に、コウイチは「じゃ」と片手で挨拶すると出て行った。
カナメ :叔父さん、かわいそう…。ね、なんとかならないの、お兄ちゃん。
..カナメが、溜息混じりに言う。クミコと明日の夜に会う約束をした。カズヤは濃い目の水割りを作っている。<なんとかと言っても、2000万もの金がすぐにどうなるものか>そして、カズヤは<使徒>を思った。その再来をひたすら祈る…カズヤにはそれくらいしか手がない。<福音があれば、たとえ2000万だって夢じゃない…>


モスキト:後ロ、注意!
..モスキートが耳元で叫ぶ。駅前の歩道橋を渡り、階段へ降りようとしていたレイカはすぐに身を翻し横へ飛びのいた。その瞬間レイカの脇を黒い塊が飛ぶように通過して行った。WAAaa-!4段目あたりに頭を打ちつけ、叫び声と共に階段を転げ落ちていった。レイカは急いで近くまで駆け降りた。
レイカ:大丈夫ですか?
..影は無言で立ち上がると、よたよたと歩き出した。
レイカ:救急車、呼びましょうか?
..男らしい影は、頭を押さえてなんとか歩き、やがて逃げるように小走りに去って行った。
レイカ:モスキート、あれは何?
..モスキートというのは、蚊のように小さな随伴ロボットだ。常に主人の安全を見守る頼りになる監視役であり、時には主人の行動を逐一本部のメインサーバー「カーサン(母さん)」に報告する「告げ口屋」でもある。いつもレイカの頭上を飛んでいて危険がないか見守っている。今も後方から挙動不審の追跡者を感知し、レイカに体当たりしようとしていると判断し、回避するよう耳元で指示した。
モスキト:顔認識ハデキズ。推定性別ハ男、推定年齢ハ30歳、意図ハ不明、但シ行動分析ニ拠ルト高イ殺意アリ。先日ノ出来事トノ関連性20パーセント。
レイカ:そう…
..レイカのスマホが鳴る。メインコンピューター「トーサン」だ。
トーサン:怪我はないか?
レイカ:だいじょうぶです。
トーサン:いま事件を解析中だ。第2レベルの緊急配備を発動し、付近の捜査を開始した。恐らく30分以内に事件は解明される。気づいた事、思い出した事などあればすぐに連絡くれ。
レイカ:判りました。
モスキト:本日ノ予定変更ヲオ勧メシマス。帰宅サレマスカ?
レイカ:そうねー…そうするわ。
モスキト:オ車呼ビマスカ?ソレトモタクシーデスカ?
..レイカはコンサートへ行くところだった。それがふいになった無念さがつい溜息になる。
レイカ:μ(ミュー)を呼んで。
..μというのは、レイカの車だ。
モスキト:カシコマリマシタ。
..レイカはアツシに電話する。今晩コンサートに誘ったのはアツシだ。アツシは人類学博士だ。機関の付属研究所の研究員で先導士ではない。
レイカ:ごめんなさい。ちょっとしたアクシデントがあって行かれなくなったわ。…うん、じつはね、襲われたの。
..アツシはかなり驚いていた。電話は少し長くなった。
レイカ:そういうわけで、今夜は禁足。ごめんなさいね。またおつきあいしますから。
..どうやらアツシもコンサートは取り止めるようだ。それどころか、すぐにもレイカの元へ飛んで来そうだ。
レイカ:だいじょうぶよ、ほんとに。かすりもしなかったから怪我は無いし。だから来なくていいわよ。
..電話を切って、<これで、明日の朝までに事件の噂が広まるなー>と面倒が芽生えたのを感じた。警備情報は秘密事項で、体制上は誰にも漏れない事になっているが、いつも、いつの間にか漏れて広まってしまうのが現実だ。明日は、会う人みんなに事故の内容を訊かれるだろう。<やれ、やれ、口さがないは人の常か…人間ってさほど進歩しないものね>
レイカ:モスキート、ありがとうね、痛い思いをしないで済んだわ。
モスキト:「トーサン」カラ解析結果ガ届キマシタ。アノママ襲ワレテイレバ、致死率10パーセント。ソウデナクトモ重篤ナ状況ニオチイッテイマス。
..いつもは、その存在を煩わしいと思うモスキートだが、いまは心強く感じる。もちろん、モスキートの機能を停止することはできる。が、本部からも極力停止しないよう要請されている。要人たちには、いつも近くに蚊が飛んでいるのだ。8分後μが上空から降りてきた。レイカは乗り込んで帰宅を告げる。
モスキト:新シイ情報ガ届キマシタ。襲ッタノハ「ロボトミー」ノヨウデス。
レイカ:ロボトミー?人間じゃないの?
モスキト:ソウデス。先ホド体温・体臭ヲ感知シナカッタノデ、「トーサン」ニ解析依頼ヲシマシタ。ロボトミーノ確率85パーセントデス。
レイカ:へんねー?ロボトミーは厳重に管理され、人間に危害を加えないはずだけど…
モスキト:ソウデスネ。コレハ、犯人ニツナガル重要ナデータニナルカモシレマセン。
..μは街の上空100mを滑るように走っていく。
μ :音楽ヲカケマショウカ?
レイカ:そうね、お願い。
..車内にμの選んだ音楽が流れる。「セレナーデ」だ。<誰のセレナーデだったっけ?>モスキートが音声センサーに飛んで行った。
モスキト:選曲ガマチガッテイル。
μ :イヤ、イマノゴ主人ニハ、コレガ一番ダ。
モスキト:チガウ。ポップスノ元気ガ出ル曲ニスベキダ。
..ごちゃごちゃ言い争いが始まった。レイカは笑った。
レイカ:いいわよ、これで。すぐに家につくから。
..レイカは、この時間のドライブがお気に入りだ。天空は西の黄金色から紅、ピンク、そして藍色へとグラデーションをなし、さらに足下は、灯り始めた街の灯が星の海のようだ。あらゆる光りがレイカを包む中、星が3つ、7つとまたたき始める。無数の天空の星と地上の星、重力を忘れてしまいそうだ。<それにしても、わたし何かひと(他人)に恨まれるような事したかしら?>先日の宅送便の事件にしろ、今夜の件にしろ誰かがレイカに殺意を抱いているのだろうか?
..自宅メゾンのバルコニー横にあるガレージに到着した時、車の電話がpro--nと鳴った。
トーサン:レイカくん、容疑者、いや該当ロボトミーが確保されたよ。
..トーサンが話しかけてきた。
トーサン:やはり、ロボトミーだった。しかもかなり旧型だ。詳細についてはこれから検証が始まるが、恐らく改造されたと思われる。
レイカ:わたしを襲うために改造したということですか?
トーサン:ああ。明朝までには解明される。さらに真犯人、改造した人物もかなり絞られてくるだろう。
..レイカは思い出した。この国の刑事事件の検挙率は93パーセントで、その内24時間以内が70パーセント、3日以内には99.9パーセントが検挙されている。それだけ刑事犯罪は割りにあわなし、言い換えれば、それだけ監視の厳しい社会だという事だ。車を降りてソファーに落ち着くまでに、レイカは「表情解析機能」を思い出していた。およそ300年前2100年頃に流行った機能だ。一般にはメガネかコンタクトレンズ式が多いが、この機能を備えたメガネを掛けると相手の感情がレーダーチャート(8角形のグラフ)で表され「怒っている」「喜んでいる」「悲しんでいる」「バカにしている」「媚びている」「嘘をついている」「ドラッグをやってる」などのレベルが瞬時に表示される。更に「固体識別機能」もある。相手がどこの誰か、生年月日、血液型、犯罪歴、親兄弟の情報まで瞬時に表示される。使いようによっては誠に便利だが、その能力が向上するにつけ結局一般市民には使用禁止となった。話し相手がそれを使用していると分かると落ち着かないのだ。お互いに使用している場合にはもっと落ち着かない。会話どころではなくなる。現在使用しているのは、犯罪捜査の機関と特別許可された団体、それに人間に密着度の高い生命救急支援者・看護・介護用ロボットのみだ。建物の入り口などにこの装置を設置するときは許可がいるし、「(探る)」または「」が点滅する電光表示が義務付けられている。過去の発明品は、結局廃止か許可制になったものが多い。感情交換型ロボットもその一例だ。ロボットにも感情表現を持たせようと、200年前には人間のように反応するロボットが汎用されたが、使用しているうちに、多くの人が疑問を感じるようになった。「人類がロボットと共生する理由」と交感は、相容れない様相だと気づかされた。以来、交感型ロボットは特殊な用途に限定され、一般には使用されていない。似た物に「交感動物ロボット」がある。感情を表し、さらに簡単な言語を操る動物ロボットも却って受け入れられなかった。むしろロボトミーは、すぐにロボトミーだと判別できるように言葉もややたどたどしく、表情も平坦に作られている。それで、ようやく落ち着いて共生が可能となった。<もし「表情解析機能」の使用が許可されれば、誰がわたしを恨んでいるのか、すぐに分かるんだけど…>出迎えに出たメイドロボットに入浴の支度を言いつける。「用意しておきました」の返事を聞き、バスルームに入った。
..約一週間前、帰宅したレイカに宅送便が届いた。化粧品会社かららしく「美容薬品類、サンプル(無料)」と表示されている。なにげなく開封しようとすると、
モスキト:開ケナイ!
..モスキートが飛んできて叫んだ。
モスキト:念ノタメ「中性子スキャナー」ニカケテクダサイ。
レイカ:そう?
..レイカは家庭用スキャナーの台に箱を乗せスタートボタンを押す。少し経って、連動しているPCに表示が出た。「危険。黒色火薬およびチッソを含む薬品です。硝酸の可能性94パーセント」
レイカ:爆薬と硝酸?
..そしてこの時もすぐにトーサンから連絡がはいった。
トーサン:危険物がおくられたようだな。すぐにロボポリス(警察ロボット)を遣る。渡してくれ。絶対刺激を与えたり開封したりしないように。
レイカ:どういうことでしょ?
トーサン:宅送会社と荷に関わった人間の調査を開始した。贈り主が判明するのも時間の問題だろう。念のため周囲の警備を強化した。安心して休んでくれ。
..その翌日幾つかの事実が判明し、連絡があった。包みは、ヒモで火薬を破裂させる幼稚な手口で、硝酸は5CCとわずかな量であった。トーサンに言わせれば「小学生の工作」レベルだということだ。
トーサン:ここから幾つかの事がわかる。殺意は無い。しかし強い恨みを持つ者の犯行であり、犯人は女である可能性がやや高い。アケチ(明智小五郎)、キンダイチ(金田一耕助)の解析結果も同様だ。
..アケチ、キンダイチは犯罪捜査に開発されたシステムのことで、プログラムのコンペティションで採用された。双方に事件の解析をさせるのだが、これによって解明が飛躍的に向上した。ただ、二者の結論が全く異なる場合もある。それは、殆どデータ不足によるので、不足していると判断されるデータの収集に戦力が投入される。こうして、とくに刑事事件は検挙が早くなり、率も格段に高上した。
..それが一週間前の宅送便事件だ。そして今日は直接襲ってきた。この2つは、おそらく同一事件だろう。同じ犯人の行為と思われる。レイカはバスタブに浸っている。いつもなら音楽が流れているのだが、今日はその気にならない。<女の可能性が高い?>だが、レイカにはこれといって思い当たる事がない。
..翌日午前の講義の後レイカは「ボサツ博物館」にいた。強化ガラスの向こうには、今では懐かしい紙のノートや新聞チラシが並んでいる。鉛筆で絵・図形などと落書きかと思われるほど雑な文字が並んでいる。他に見学者はいない。一人でいたい時や何も手につかないときなど、時々ここへやってくる。3人のボサツの内でも特に開祖ボサツは字がヘタだ。子どものような文字が却って親しい。展示物に取り囲まれているといつしか祖父たちと会話している気分になっていく。今朝は、予想通り会う人ごとに事件を訊かれるので逃げ出してきたのだ。
クリコ :レイカ先生。
..優しい女性の声が呼んだ。声の方を振り向くと、クリコの姿があった。
クリコ :こちらだと伺ったので参りました。お邪魔では…?
レイカ:ううん。いいわよ。何か用かしら?
クリコ :今回のオペレーション、「トシシュン」の事で教えていただきたい事があります。









「オペレーション”トシシュン”(3)」へ続く





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