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この道はいつか来た道、いつか行く道?(1)

 
...................................................- Rena エピソードV -
 

星空 いき

Hosizora Iki

















..
..ボダイAが溜息まじりに云う。
A:「死ぬ」、あるいは「生きる」ってなんだろうね?
レイカ:そうですね〜…。
..レイカも軽く溜息をつく。部屋には空調の微かな音だけが響いている。
.................................コード資料....称号と範囲

..ボダイAはジハンギ(時間移動汎用会議)から戻るとレイカにホログラムした。
A:相談がある。永くなりそうなので部屋に来てくれないか。
..Aの部屋に通ると、ボダイはすぐに話題に入った。
A:キミも知ってのとおり、昨今「時間移動」を民間人にも利用させろとうるさい。
レイカ:ええ、そのようですね。
A:だが、これは簡単な話しではない。第一に、時間移動には1年単位で1000万円の経費がかかる。100年の時間移動は10億円だ。さらになんといっても過去に手を加える、あるいは変更する危険性を孕んでいる。「時空学」に無知な者を送り込めば、何が起こるか分からない。それらを理由に一般人の利用など誰も考えてこなかった。ところが、近年過去へ行ってみたいという声が大きくなり、GNL(Global Net League 全地球連盟)も無視できないところまできてしまった。
レイカ:それでジハンギが設置されたのですよね?
A:そうだ。「空間移動」は、既に開放されている。云うまでもなくリスクが小さいからだ。だが、「時間移動」は余りにもリスクが大きい。
レイカ:でも、世界中に沸き上がっている民衆の要望は無視できない…
A:それで、取り合えず実施の方向で検討されていたのだが、今日の会議でその第1次の実施方法と候補者が決定した。
..Aは中空で人差し指を回す。向かい合っている二人の横に画像が現れる。
A:この2人が、「選ばれし者」だ。
..男女一人づつだ。どちらも35歳前後に見えるが、本当の所は分からない。遺伝子操作で若返っているかもしれないので、見た目では判定不能だ。
A:今回テストモニターという事で募集したのだが、世界中から3億人以上の応募があった。そして、様々な条件をクリアーした1000人の中からこの2人に決定した。
レイカ:どちらも日本人に見えますが。
A:そうだ。先導士との意思疎通、それに移動時間と距離を勘案した結果、まずこの2人でテストしてみようという事に落ち着いた。
レイカ:どんな希望をお持ちなのですか?
A:男性は5年前に亡くなった親にもう一度会いたい、女性は2年前に失踪した恋人の子供時代を知りたい、と望んでいる。「平凡な庶民の平凡な願望」だからこそ選定された。応募の多くは、「本能寺の信長に会いたい」とか「ピラミッド建設現場を見たい」とか、大それた物が殆どだった。テスト段階なのでそうした物は全て却下された。
レイカ:なるほど。このモニター募集は、世間でも大変な騒ぎでした。ネットには「こうすれば選ばれる!」などというサイトがいくつもできました。でも、失礼ながら、億近いお金が用意できる方々には見えませんが。
A:いや、今回はテストモニターという事で自己負担無しだ。
レイカ:と言うことは、もしかして、「開放する用意はあるぞ」という連盟(GNL)のゼスチュアーですか?
A:その要素も大きいだろうな。それで、先導士を誰にするかだが、キミに選定をまかすよ。プロジェクトの細かいデータは、後ほどキミのサーバーに送る。
..レイカは画面に見入っている。
レイカ:どちらも、なくした近しい人との接見ですね。
A:失った親と恋人、もう一度会いたい…一番自然な願望だろうな。それが採用理由かもしれない。
レイカ:現地で接触するのは可能なのですか。
A:それは禁止だ。特に男性は、相手が親だ。10メートル以内に近づくことはできない。相手に不要な混乱を与えない、それに万が一の事故防止のためだ。だから男性は、離れて親の姿だけ確認することになる。女性の方は、恋人の子供時代なので、接触は可能だ。
..Uu--f、レイカはそこで軽く唸った。
A:どうかしたかな?
レイカ:いえ、ちょっと妙な気分になりました。
A:というと…?
レイカ:これが一般化して、だれでも、元気な故人にいつでも会えるとなると、「死」てなんだろう…という疑問が沸きます。
..Aは大きく息を吐いた。そして、コーヒーをすすった。
A:そうだね…「死ぬ」、あるいは「生きる」ってなんだろうね?
レイカ:そうですね〜、…また難題が発生しそうです…
A:寿命も大幅に延長できるようになったし、生理機能や外見も簡単に若返ることが可能になった。そればかりじゃない。最近120歳で子供を生んだ女性が話題になったな。
レイカ:そうでした。でも、基本的に生体の「固有時間」は変えられないですから、せいぜい150歳が限界です。
A:今回のプロジェクトに関わらず、「生きる」「死ぬ」の定義が曖昧になってきている。この先どうなるのか、いや、どうすべきなのか、大変な難題を人類は抱えてしまった。
レイカ:難題ですねー。それなのに、人間の本質は殆ど変ってない。というか、少しも進化していない。
A:例の教団のことを言っているのかな?
レイカ:はい。それもあります。
..この100年の間に、新興宗教の台頭がめざましい。何万人もの教祖が誕生した。全裸で森で暮らす集団もあれば、テロリストまがいの物まで実に様々な教団があり、それぞれに新しい「神」がいる。最近世間を驚かせたのは、教義に「邪悪な人間を抹殺することで自身を浄化し、霊的存在に近づく」ことをかざした教団だ。殺人をすればするほど自身は浄化されると信じている。つい最近、教団によって数百人が「処分」されたのが発見された。レイカはそれを思い出したようだ。
レイカ:昔は、科学の進歩は人類を幸福にするものと信じて疑わなかったようですが、現実には「祟り」や「霊」を信ずる者は増加しています。25世紀の今において、なぜなんでしょう?
A:その質問は哲学者か、社会科学者にでも投げてくれ。ワシの手には負えない。話を戻すが、この2人、ほぼ同じ戸籍年齢だ。何歳か分かるかな?
レイカ:えー、見た目には30代半ばです。
A:そう、戸籍年齢と一致している。女33歳と男35歳だ。実はこの2人が選ばれた一番の理由はそれだ。
レイカ:つまり、生理機能が生まれたときのままで、いじっていないと…
A:そこが重要だ。今回の応募者のうち30歳以上の者は、98%がいわゆる「フィードバック(若返り)」をしていた。一番極端なのは、90歳までに10回もフィードバックしていた。見た目には、40歳くらいだったがね。
レイカ:当然その者たちは除かれたのですね。それに引き換え、この2人は受精したときから育んできた、自己の「固有時間」と「生理機能」が自然のまま一致している。だから選ばれた、ということですね。
A:そうだ。「時間移動」に当たって、生体の「固有時間」をいじって生理機能を変更した者は、不適格だからな。ということで、 被験モニターの2人は、今週中に事前訓練に入る。実施は来月の10日、10時だ。それで準備を頼むよ。
レイカ:分かりました。
..レイカは立ち上がる。
A:なるべく早急に頼むよ。日程が押している。今日の夕方には、「モニター決定」の公式発表をしなければならん。
レイカ:きっと大きな騒ぎになるでしょうね。宝クジよりも低い確率の当選者ですから。
A:ああ、ビッグニュースだな。2人の被験者は、5日後に研修センターに入る。
..頷いてレイカはドアーに向った。そして歩きだしたとき、いきなりドンと突かれたような衝撃を感じた。足がもつれ、咄嗟に手が出て椅子の背を掴む。同時にレイカから光るモノが飛び出し、ちいさな金属音をたてて床に落ちた。
A:どうした?!
..ボダイの声が迫ってきた。強い眩暈が襲い、手がずるずる滑り落ちる。飛んできたボダイが、背後からレイカをささえた。
A:大丈夫か?救護員を呼ぶぞ。
..レイカの耳の傍でボダイの声が聞こえる。ゆっくりとレイカは崩れ落ちていった。
レイカ:い…え…だいじょうぶです…ちょっと…眩暈が…
A:救護を呼ぶから、ちょっと待て。
レイカ:だいじょうぶ…ですから…
..ボダイはレイカを抱きかかえて支えると、ソファーに移動する。
A:Σ(シグマ=メイドロボ)、バイタルチェックだ!
..ボダイはΣからアームベルトを受け取り、レイカの腕に巻いた。それは固体識別をして、血圧、心拍、呼吸、体温などを瞬時に計測し医療センターにデーターを送る。すぐにモニターから音声が届く。
モニタ:「レイカ・ダイセンダツ」ノ現況ヲオ知ラセシマス。血圧・心拍・呼吸トモニ平常域ヲ越エテイマス。レベル2デス。物理的打撃ヲ受ケ、精神的高揚ヲ招イタト判断シマス。ソレ意外ニ生理的異常ハ認メラレマセン。時間ノ経過トトモニ軽減シマス。詳細ナデータハ、スクリーンデゴ確認クダサイ。モット詳シイ検査ハ「コキ(呼気)ダエキ(唾液)チェック」ヲオコナッテクダサイ。
..レイカは椅子で起き上がった。
レイカ:もう、なんともありません。すみませんでした。
..ボダイは心配そうにレイカを覗き込む。
A:飲み物でも摂るか?
..レイカは、コーヒーを頼んだ。運ばれたコーヒーを飲み大きく呼吸すると、すっかり落ち着いてきた。
A:一度、詳しい検査をうけたらどうだ?なにか原因があるのだろうから。
レイカ:いえ、心当たりがあります。
A:ほう、それは?よかったら話してもらえないかな?
レイカ:「自己遭遇」だと思います。
A:「自己遭遇」?…まさか。未来からキミがやって来たということか?…
レイカ:はい。わたしはいままでに二回の「自己遭遇」を経験しています。その経験から、今回もおそらく間違いないと思われます。
A:と、言う事は未来のキミが「自己遭遇」のためにやって来た…と?
レイカ:いえ、それが目的なのか、あるいは不慮の事故なのかは分かりません。ですが、もしそれが目的だったとすると…
..そこでレイカは言い淀んだ。
A:目的だったとすると…なんだね?
レイカ:今回のプロジェクトに関係があるのかもしれません。
..ボダイAの表情が厳しく変る。
A:つまり、将来このプロジェクトは、遡って変更せざるをえないような結果をもたらす…そう言いたいのか?
レイカ:可能性の一つです。
A:う--ん--。ま、そのうち分かるだろう。ところで、さっきキミの体から何か落ちたぞ、アクセサリーかな?
..レイカもそんな気がする。が、アクセサリーとは思えない。<口から飛び出したような気がする。何だろう?>立ち上がって床を見回すと小さく光るモノがあった。1cmほどの長方形の金属片だ。レイカは指先で摘む。しばらく見入ったが見たことの無いものだ。レイカはさっきまでふつうに話していた。もし口中に異物があれば気付かないはずが無い。
A:見つかったかな?
レイカ:え…あ…はい。
A:それはよかった。
..<何でしょ?…あとでゆっくり考えましょ>退出したレイカは移動椅子で部屋への途上、「誰を先導士にするか」考えた。仕事内容は簡単だし、移動時間距離も20年以内で短い。ということは新人でもできる。まだ実務経験の無い新人に、訓練を兼ねた、ちょうど手ごろなtaskだと思う。最近チームに配属された2名の新人の顔が浮かぶ。<やらせてみるか…>思ったところに電話が鳴った。センター受付だった。正面ロビーに面会希望者が来ているが、どうするかと云う。
レイカ:面会?今日予定はないけれど…?
..訊くと、10歳くらいの男の子だと言う。
レイカ:名前は?
..ちょっと間があって、「イチローくんです」の答えだ。<イチロー?…あの子?>レイカに一人の少年の顔が浮かぶ。ちょっと複雑な気分になった。
レイカ:誰かといっしょ?一人で?
..「イチローくん一人です」の返事。今は、できれば会わないで済ませたい。また面倒な問題を抱えているのではないか、という予感がする。<時間がとられる>断ろうと思ったが、すぐに別の感情がそれを押さえた。<子ども一人でわざわざ尋ねてきたのに、話しも聞かないで追い返すのも…>、<クリコがいなくなって、あの子は相談相手を失った…>レイカは瞬時迷ってから、
レイカ:いいわ、部屋に通して。
..と答えた。部屋に戻るとすぐに、
ガイボ:面会希望者ヲオツレシマシタ。オ通シテヨロシイデスカ?
..ガイボ(施設内ガイドロボト)の声が壁から届く。
レイカ:いいわよ。
..答えるとドアーが開きガイボが入ってきた。そしてイチローが後に続いた。
イチロ:こんにちは。レイカせんせー。
レイカ:こんにちは。久しぶりねー、元気だった?
イチロ:んー、元気かな?わかんない。
..確かに以前の「やんちゃ坊主」的ではない。<やっぱり彼にはショックだったのね>イチローの従姉妹で、カレッジの研修生だったクリコが浮かぶ。クリコは今服役中だ。
レイカ:今日は何?またなにか考えた?
イチロ:うん、これ。
..と、イチローは小さな箱を差し出し蓋を取る。
レイカ:あら、「地球ゴマ」じゃない。どうしたの?
..イチローは、学校の授業でコマの勉強をした事を話した。そのとき教材として配布された物だ。話しながらイチローは、ヒモを巻いている。
イチロ:回すよ。見ててね。
..イチローは強くヒモをひく。
イチロ:これね、不思議なんだ。
..レイカの脳に小さな明かりが点る。この先の展開が読めた。イチローはコマの軸をヒモにかけてぶらさげた。コマは横倒しのまま回転している。
イチロ:ほら、横向きなのに落ちないよ。どうして?
..<やっぱり、そう来たか>レイカの予想通りの展開だ。
レイカ:その質問、学校で先生にしてみた?
..イチローはコマを見つめたまま答える。
イチロ:うん。したよ。そしたら、「回転しているコマには、元に戻ろうとする力が働く」んだって。
レイカ:その答えじゃ納得できないの?
イチロ:だってー、そんなの、「そうでなきゃ困るからそうなんだ」って云っているだけじゃない。説明になってないよ。生き物でもないコマに、どこからそんな力が生まれてくるのか知りたいのにさ。
..fahaha--、レイカは思わず笑ってしまった。
イチロ:ボク、おかしい?
レイカ:ごめん。キミを笑ったんじゃないよ。ウマイこと言うなーって感心したのよ。
イチロ:でね、でね、自分で調べたんだよ。えーっと、「大学の物理」て本で。
レイカ:えらい!それで?
イチロ:コマに働く重力やなんか、ベクトルの矢印と計算式で解説してあるけど…
レイカ:けど…?何か分かった?
イチロ:ううん。結局同じ。ただ「復元力」って矢印が増えただけで、どうしてそんな力が生まれてくるのか、なにも説明がなかった。ね、レイカせんせいー、大学の物理の先生ってそんな事も説明できないの?
..レイカの笑い声は更に大きくなる。<この子にかかっちゃ大学教授も形無しね>
イチロ:でね、これは、レイカせんせーに聞くしかないって思ってさ。
レイカ:あのね、その呼び方代えてくれないかなー。「お姉さん」でいいよ。キミに「レイカ先生」て呼ばれると落ち着かないから。
イチロ:うん。だって、クリコ姉さんがちゃんとそう呼びなさいって言ったから。分かった。これからは「お姉さん」だよね。
レイカ:そーね、クリコお姉さんは今いないから聞けないもんねー。
イチロ:うん。だから、レイカお姉さんしか聞けるヒトがないんだー。クリコお姉さん、まだとうぶん永いの?
レイカ:ううん。だいじょうぶよ。もう一月もすれば帰ってくるわ。
..クリコの刑は軽かった。少しでも軽くなるよう、レイカも奔走した。殺意は無かったと認められ、3ヵ月の実刑だが、近い内に軽減されそうだという。
レイカ:イチローくん、「ボサツ博物館」行ったことある?
..ボサツ博物館は常時一般開放されている。中には「時空移動」を疑似体験できるアトラクション設備もあり、大人、子どもの差なく人気の施設だ。
イチロ:うん、あるよ、何度も。この前も1000年前のオーストラリアで、すごい怪鳥を見てきた。鳥なのに5メートルもあるんだよ。追っかけられそうになってビビったよ。
レイカ:開祖ボサツの部屋に、ボサツが使っていた物が並んでいるんだけど、見たことは?
イチロ:うーん。あると思う。
レイカ:そこにね、これと同じ物が展示されてるの。
..レイカは「地球ゴマ」を指す。
イチロ:ほんとー?気がつかなかった。ボサツってものすごく凄いヒトなんでしょ。コマで遊んでたの?
レイカ:ボサツもね、むかし、イチローくんと同じ事を思ったのよ。コマはなぜ倒れないか。なぜ重力に反するような働きをするのかってね。
イチロ:えー、そうなんだ。同じことを不思議に思うヒトがいるんだ!
レイカ:400年も昔の話しだけどね。
イチロ:で、分かったの?どうして不思議な力がでるのか。
レイカ:ええ。説明には永い時間がかかるんで、一言って訳にいかないけどね。そこを無理矢理縮めるとこうなるわ。
..そしてレイカはゆっくりと、噛み砕いて言い聞かせるように話した。物質はそれぞれ「固有時間」を有している。そして、地球上の質量を持つ物質は、地球時間という「環境時間」の中にある。「環境時間」と「固有時間」の関係で相互に引力が働く。更に物質が相対的に運動をすると「環境時間」と「固有時間」の間に、新たに「運動が一定の間はその関係も一定に保たれる」関係が生ずる。
レイカ:それを「時間の慣性法則」と呼んでいるの。この3次元空間で、「動く物は動きつづけようとし、止まっている物は、止まっていようとする」その大もとは、二つ時間が、一定の関係を保とうとする「時間の慣性」からきているのよ。イチローくんのコマが回っている間、地球との関係を一定に保とうとするのは、「コマの時間」が「地球時間」に対して一定の関係であろうとするからなのよ。どう、なんとなく分かったかな?
イチロ:ふーん、そういうこと。
..その時レイカに閃くものがあった。
レイカ:ね、イチローくん。ここにキッズカレッジがあるのを知ってる?
イチロ:聞いたことはあるよ。
レイカ:入りたいって思ったことは?
イチロ:あるよ。けど、なにをするとこなの?。
レイカ:そーね、お友達とコマやゲームで遊んだり、いまみたいに分からないことを先生にきいたりするの。けっこう楽しいわよ。時間も自由だし。年に何回か時間旅行もできるわ。
イチロ:ふーん、おもしろそー。
レイカ:イチローくん、そろそろ10歳だよね。だから、入った方がいいんじゃないかな。そこでなら、キミと同じ話しができるお友達もいっぱいいるよ。お父さんたちと相談してみたら。
イチロ:うん。そうする。
..キッズカレッジに入るのは、生易しくは無い。10歳から12歳が対象で、微分方程式・ベクトル・線形代数(できれば「四元数」の基礎も)などをクリアーしているとみなされなければならない。それに、確かな推薦者が必要だ。レイカは、いままでの付き合いで、イチローなら問題ないと判断した。キッズカレッジで同年齢の子と交わったほうがいいと思われる。それが、イチローにもレイカにも一番いい方法で、推薦人には自分がなろうとレイカは考えた。
イチロ:ねー、のどが渇いた。ジュース飲みたい。
..レイカは、思いつきに浸っていた。<そうすれば、わたしもいちいち煩わされなくなる>
レイカ:ああ、ごめん。おやつの時間だもんね。気付かなかったわ。
..レイカは、メイドロボにジュースと菓子を言いつけ椅子にかけた。
レイカ:イチローくんさー、学校はどう?楽しくやってる?
イチロ:うーん、そうでもないかなー。どっちかっていえば、たいくつ。
レイカ:<あら、わたしと同じ。わたしも「たいくつちゃん」て呼ばれてた>
..イチローはよほど喉が乾いていたとみえ、運ばれたジュースを一気に半分飲んだ。
レイカ:そう。学校に好きな女の子がいるんでしょ?
..レイカは、この小さな闖入者をちょっとからかってみたくなった。イチローは瞳を開いてレイカを見つめる。
イチロ:いないよー。お姉さんは?いま、好きな人いないの?
..反撃は予想外だった。レイカはちょっと考える。<自分に気になる異性があるか……永いこと考えてもいないなー>イチローが、ぽっと笑った。
イチロ:いないんだー。じゃぁ、さー、あと8年待って。
レイカ:8年?なにを待つの?
イチロ:ぼくが18になったら、キョーセイしない?
レイカ:キョーセイ?なにそれ?
イチロ:知らないの?だめだなー。男と女がいっしょに暮らすことさ。
..イチローは得意そうだ。
レイカ:えー、その共生!
..「共生」とは、前代の結婚を指す。
レイカ:わたしとイチローくんが「共生」するの?!
イチロ:うん。約束だよ。
..言うと、イチローはレイカの手を掴んだ。そして小指を立てると自分の小指をからませる。<10歳にせまられちゃったよ…>
イチロ:やくそくゲンマン、ウソついたら針千本飲ーます!
..そして息を吹きかけた。
イチロ:お姉さんも「ふー」して!
..勢いに押されてレイカも息を吹きかける。
イチロ:約束したよ。
レイカ:<これって、いったい何なの?!>はい、はい。
..答えたレイカに懸念が芽生えた。すぐに急いで言い足す。
レイカ:でもね、これ、ないしょよ。誰にも言っちゃダメよ。
..イチローは、いたずら坊主の笑みを漏らす。
イチロ:うん。秘密だよ、2人だけの。
レイカ:<やれやれ、これでそのうち忘れるでしょう>
..そして、忙しいからとイチローを帰し、仕事に戻った。机の上の頑固親爺のぬいぐるみに呼びかける。
レイカ:トーサン(メイン司令コンピューター=父さん)、メンバーの「行動予定」をお願い。
..すぐに壁に一覧表が浮かぶ。チームメンバーは現在17名だ。
トーサン:何を知りたいのだ?
レイカ:5日後から来月10日までの専任業務。task-levelは1。男女1名づつ。体の空いている先導士はいるかしら?
トーサン:4人、該当する。
..壁のメンバー表の一部が青く変る。レイカはしばらく眺めていたが、やっぱり、新人がいいかと、タニキとノニコの経歴を呼び出した。どちらも一月前に「異時空間先導士」になったばかりだ。 先導士コードは、それぞれ「392タニキ1826」と「392ノニコ1826」で、タニキ26歳、ノニコ24歳だ。まだ補助的な業務しか経験がない。2人とも「時間移動」中で、現在こちらにいない。5時には帰ってくる予定だ。それから、今回選ばれた被験モニターのデータをチェックする。

......イマイズミ ハルト 男 35歳 共生B2 会社員:「△△精密機材」C職  
......アオヤマ  マユカ 女 33歳 単身   公務員:「◇◇◇市」専任

..ハルトの応募理由は、「5年前に交通事故で他界した両親に会いたい」ということで、面談の際両親の思い出を語ったが、その真摯な態度が面談担当者の評価を高くした。マユカの理由は、「突然に失踪した恋人が、2年経っても忘れられない。彼がよく話していた子ども時代のふるさとに行って、『どんなところで、なにを考え育ったのか』、その生い立ちを知りたい」という。2人の経歴などを詳しく調べていると、いくつか疑問が沸いて来て考え込んだ。そして時間が経過し、
トーサン:随分考えているようだが、何か手伝えることはあるかな?
..トーサンの声がした。我に却って気付くと、もう夕方だった。
レイカ:ああ、今度のtaskでちょっと考えてたの。トーサン、ありがとう。終了よ。
..壁のスクリーンが消えた。<そうだ、タニキとノニコは戻ったかしら>思ったところにメイドロボのチャイムが鳴った。
メイド:ノニコサンガ面談希望デス。
..許可するとドアーが開いてノニコが入ってきた。ノニコは今日の作業終了を報告をする。いつも笑顔でひょうきんな感じの若者だ。
レイカ:お疲れさん。1年前の宇宙エレベーター基地だったわね。プログラムの変更は終わったの?
ノニコ:はい。無事完了したと担当技術者から聞きました。
レイカ:他になにか問題は?
ノニコ:何もありません。基地からの眺めは、壮大で美しくて感激しました。地上30kmって、すかり宇宙なんですねー。頭では分かっていたんですけど、実際に地球や月を眺めると凄い迫力ですー!
レイカ:そうよね。これで、月への「空間移動」のエネルギーも随分軽減されるわ。…ところでね、新しい任務の話があるの…
..言いかけたところにメイドロボがタニキの来訪を告げる。
レイカ:ちょうどよかったわ。一緒に聞いてちょうだい。
..タニキも本日の任務終了の報告をした。いかにも体育系という胸板の厚みだ。
レイカ:実はね、そろそろ二人にも独立した仕事をやってもらいたいの。
..2人は顔を見合す。
タニキ:え、やれるんですか。
ノニコ:ほんとーですか?
..2人の表情が輝いた。
レイカ:ええ、もうできるでしょ?初めてだから簡単なtaskだし。
タニキ:やったー!
ノニコ:わー、ドキドキ!どんな仕事ですか?!
..レイカは手短に任務の説明をした。2人は対象者に興味をしめした。
タニキ:亡くなった親に会いたい…気持ちは分かるけど…それでどうしょうっていうんだろ?
..タニキがぶつぶつ言う。
ノニコ:恋人が忘れられない…か。よほど素敵なヒトだったのかしら?
レイカ:どう?やってみる?それとも他の任務がいいかしら?
..2人は同時に「やります!」と答えた。もう一度意思確認をして、レイカは任務の詳細を説明した。2人の表情は輝いているが、言葉の端々に不安が覗く。
タニキ:ちょっと緊張するなー。
ノニコ:ちゃんとやれるかしら?
..レイカは、今日は夕方には帰るつもりでいた。10日ほど過密な日々が続いている。早く帰ってゆっくりしたい。が、2人が退出するとすぐに友人のマニホから電話がきた。


マニホ:ね、麗奈(れな、レイカ)、どうしたらいい?
..レイカはマニホ(まり、麻里)に呼び出されて機関内のクラブに来た。職員専用のクラブだ。なんだか込み入った話になりそうなので外部の店は避けた。2人はジュニアカレッジからの友達なのでコード名は使わない。
レイカ:麻里(マニホ)、先導士に戻ったほがいいかって?あなたはどうしたいのよ?
..マニホとレイカは、10年前同時に先導士になった。が、マニホは今はライブロボット(有機ロボット)の研究プロジェクトに希望して参加している。
マニホ:それが分からないのよ。このまま研究を続けるのも、わたしの進むべき道じゃないって気もするし…
レイカ:そう。いまライブロボットはどうなってるの?
マニホ:だいぶん進んだよ。犬の有機ロボットは、もう完成が近い。もちろん機密事項だから漏らさないでね。
レイカ:じゃ、有機ロボトミー(ヒト型ロボット)も?
マニホ:それにはまだ10年はかかるだろうけど、そんなに遠くない。男どもは、わくわくして待っている。
レイカ:どうして?
マニホ:だって、自分の願望どおりの女が作れるのよ。ヒトと違うのは子宮を持っていないことぐらいね。理想的な肉体と従順な心を持った女を設計できる。
レイカ:ふーん。男どもの考えそうなことね。けどよ、じゃ、同じように男性も作れるってことじゃない。イケメンの若い男が安く手に入ったら、オバさんたちは泣いて喜ぶよ。
マニホ:そーなのよ。だから生身の容貌と肉体で勝負する時代は終わるってこと。永遠に若くて衰えない肉体には勝てないもんねー。
レイカ:警察や軍の兵士は全て専用ロボットだし、夜のお相手まで選べるなら、人間はいらなくなちゃうね。
マニホ:もう既にロボトミーに「マジ恋(本気恋)」の人間が増えてるのよ。これが、さらに有機になったら、もう完全に区別がつかなくなる。気がついたら生身の人間は絶滅してたってなりかねないよ。
レイカ:こわいわね。
マニホ:ううん、まだ序の口よ。怖いのはその先。
レイカ:?、どういうこと?
マニホ:犬の有機ロボで分かってきたんだけどね。有機ロボには、「増殖」願望があるらしいの。自然界の遺伝子には、ヒトはもちろん、単細胞の菌でも必ず「自己増殖機能」が備わっている。だから遺伝子情報を移した有機ロボも基本的には「増殖願望」を持っている。だから、いつか有機ロボットのそのスゥイッチが入るのは防げないということ。
レイカ:でもよ、「生殖機能」情報を遺伝子から削除すれば…
マニホ:だめよ。ほんの一部でも遺伝子情報が組み込まれていれば、永ーい間にはそれが動きだし、やがて「生殖器官」を自ら作り出す…計算結果はそうでている。
レイカ:じゃ、勝手に増殖を始める…?
マニホ:そう。そしていつかは人間と入れ替わる、と思わざるをえない。
..クラブは、仕事から解放された機関の職員たちでそこそこにぎわってきた。そちこちで笑い声があがる。
レイカ:それで、麻里の先導士の話しは、どうなったの?
マニホ:ああ、そうだった。だからね、ライブロボットの開発に興味が無くなってきたのよ。もともと私はオブザーバーのようなもんだし…それは専門家にまかせて、私は自分の道を行きたいなーって思うようになってきたの。それでね、とりあえず先導士に戻ろうかと思って。
レイカ:それを聞いたらボスたちは喜ぶわ。まだまだ先導士の数が足りないから。で、なにを迷っているの?
マニホ:うーん、前の経験で、先導士は意外に体力もいるし、神経の使い方が半端じゃないって分かってる。わたしみたいなナマケ者にはやっぱり向かないかなーって…麗奈ちゃんの意見はどう?
レイカ:そーね…正直に言うから怒らないでね。麻里の以前の仕事の仕方は大雑把すぎたわね。その点では、理想的な先導士とは言えない。けど、考え方と気持ちを初心に返せば問題ないんじゃない?
マニホ:そっかー…
..マニホは、蛍光色に光るカクテルを勢いよく飲み干し、追加注文した。
マニホ:あーあ、めんどーくさい。いっそ、男を捕まえて「共生」するか!それもクラッシックな「専業主婦」ってヤツ。
..Bfu!、レイカは吹き出した。
レイカ:やめてよ、そんな生きた化石になるのは!
マニホ:そうでもないよ。国の統計によると国民の0.05%が未だに「専業主婦」だって。つまり、「共生AT型」の30%に当たるのよ。どう?意外に多いでしょ?
レイカ:へー、そんなにいるのー?ちょっとした驚きねー…やっぱり地方の農村部に多いの?
マニホ:ううん。逆よ。都市部に集中している。農村部の女性たちは、やらなければいけない事が多いので、「専業主婦」に徹している時間がない。その点、都市部の主婦は時間があるのよ。
レイカ:なるほど…
..レイカにイチローが蘇った。思わず笑い出す。
マニホ:どーしたのよ?
..レイカはイチローの話しをした。
マニホ:なによ、それ!
..マニホも笑い出す。
マニホ:プロポーズされたんだ。Wapoh-!、じゃ、麗奈はいま「共生契約期間」だ。昔の「婚約」ってヤツね。おめでとー!って言っていいのかどうか。
レイカ:よしてよ!契約サインはしてないわよ。
マニホ:でもよ、その気にならないでよ。行き過ぎると「青少年淫行」で捕まるよ。
レイカ:バカ云わないで!
..2人で笑い転げる。涙を拭いていると、「こんばんは」と声を掛けてきた者があった。見ると、レイカにもなんとなく見覚えのある青年だ。マニホが先に応えた。
マニホ:あーら、どうしたの、一人?よかったらいっしょにどう?
..「いいですか?」と青年は椅子を引く。その迷いの無い様子は、初めから予定していたかのようだ。どうやらマニホの知り合いらしい。マニホが青年を紹介した。
マニホ:こちらムサシ研究員、いっしょでもいいよね?
レイカ:<あー、きょうは早く帰りたいのにー…>いいわよ。
ムサシ:ムサシ(武蔵)・アホネンです。
..どうやらハーフらしい。気分を察して、
ムサシ:父が日本、母がフィンランドです。父が宮元武蔵のファンで、僕に名づけました。
..と追加した。おそらくその手の質問を何度もされてきたのだろう、スラスラと説明する。さらに、「ロボット工学研究所」の研究員で、マニホと仕事をしていると自己紹介した。
レイカ:わたしは…
..仕方なく、レイカも自己紹介しようとすると、
ムサシ:あ、あなたの事はよーく存じています。
..とムサシが止めた。
ムサシ:レイカ先生は超有名人ですから、代わって説明できるくらいです。ごいっしょできるなんて嬉しいです。
..<何歳かしら?>見た目には32〜3か。フィードバック(若返り)が一般的になってから、女に限らず男でも実年齢を聞きにくくなった。フィードバックしていないのは15歳以下の子どもか、「異時空間先導士」くらいだ。先導士は時間を頻繁に移動するため本来の自己の「固有時間」をいじらない。へたにいじると、移動時に生理機能に異変をきたす恐れがあるからだ。15歳以下は、むしろ早く一人前に見られたい願望があるためフィードバックなど考えない。が、なんらかの理由で(発育障碍や学業についていけない等)保護者が望んで実行されることもあるので絶対とはいいきれない。ともかく相手がだれであれ、実年齢は最も触れてはいけない個人情報になってしまった。若い先導士がモテる訳の一つがそこにある。見た目で実年齢が判定できるから、信頼度が高い。
..ムサシは快活な青年だった。自分からよくしゃべりよく笑った。が、30分ほど経ったところで<もういいだろう>レイカは腰を上げた。疲れているので帰宅することを告げる。
ムサシ:あ、送ります。
..ムサシは立ち上がる。
レイカ:ありがとうございます。でもご心配なく。μ(ミュー、レイカの愛車)が送ってくれるので安心ですし、これもあります。
..と、ペンダントを持ち上げる。それは護身用の超高周音波発生装置だ。先導士は外出時は携行が義務付けられている。
ムサシ:そうでしたね。モスキートも居るし、先導士の誘拐は不可能だったですよね。またお会いできると嬉しいです。
..μに乗り込み、中空の透明な高速道に乗ると、
μ :「伝言」があります。読み上げましょうか?
..μが訊いた。クラブに居るときスマホが「伝言」の受信を伝えたが、急ぎでもなさそうなので開いていなかった。
レイカ:ああ、屯倉(みやけ)くんね。後でいいわ。
μ :判りました。では、音楽をかけましょう。わたしの「お勧め」でよろしいですか?
レイカ:まかせるわ。
μ :かしこまりました。お疲れのようなのでこれを選びました。
..車内にシンセサイザーのようで尺八にも聞こえる音楽が流れ出した。メロディらしきものはない。古城を渡る風が、次第に体を包んでいく…呼吸がゆっくりとなり、筋肉から力が抜けていくのを感じる。
レイカ:和風ね。なんて曲?
μ :「キミといた松風」です。
..<あー、結局早く帰れなかった>自宅メゾンに着くまでその曲に浸っていた。帰って湯に浸かって全身を伸ばすと、ようやく神経がほぐれた。そこに電話が鳴った。マニホだ。
マニホ:麗奈ちゃんに謝ろうと思って。
レイカ:何が?
マニホ:隠してても結局分かるから、先に白状するけど…
..マニホの語るには、今夜ムサシとレイカが出会うように仕掛けたのは自分だという。
レイカ:どうして?
マニホ:だってねー、紹介してくれってしつこいのよー。一週ほど前に、麗奈、ロボ研の開発部でレクチァーしたでしょ?
レイカ:ええ、頼まれたんで。あの時参加してた?
マニホ:そうなの。そのとき一目惚れってやつ。それで、わたしが友人だと知ってから、もう毎日うるさくて…
レイカ:<なんとなく見覚えがあると思ったのは、それか…>
マニホ:ごめんねー。断りきれなかったのよー。だって毎日傍にいるんだもん。
..そろそろ湯当たりしそうになってきた。バスタブから出る。
レイカ:ううん。しかたないわよ。なんとかするわ。でも、悪いヒトでもなさそうじゃ…
マニホ:それがね…電話したのは、お詫びに情報提供しようと思って。
レイカ:なにかあるの?
マニホ:アイツ、実年齢は48歳らしいよ。間違いないと思う。古くから職場でいっしょのヒトの言う事だから、恐らく間違いない。それに、結構あせってるみたいだから気をつけてよ。すぐにでも「共生」のプロポーズするかもよ。
レイカ:fhaha-、そーなの。それなら、可能性はゼロだと伝えておいてくれない?
マニホ:分かった。言っておく。でも気をつけてよ、熱くなるタイプだから簡単に諦めないよ、きっと。
レイカ:うん。教えてくれてありがとうね。
マニホ:わたし、やっぱ先導士にもどるよ。がんばってみる。
レイカ:それがいいかも。ボスに伝えておくわ。
..風呂から上がると、メイドロボ・ララが飲み物を訊いた。ララはビールのグラスをテーブルに置く。
ララ :「伝言」ガ未開封デス。開キマショウカ?
レイカ:<あ、屯倉くん、忘れてた。>そうね。開いて。
..言って、火照った体に冷えたビールを流し込む。屯倉はジュニアカレッジで3年いっしょだった。レイカとは馬が合ったというか、一番気さくに付き合える友人だった。が、途中で「完全人間」に興味を持ち医学に転向した。以来時どき年に3回くらい連絡があり、飲んで情報交換している。ララから屯倉の声が流れる。
ミヤケ:大変なことが分かった!最近の僕は、数万人の遺伝子の結合シュミレーションをしている。どの組み合わせが「完全体」に近いか、その要素は何かを調べるためだ。そして、念のためと思いキミの遺伝子と僕の遺伝子を組み合わせてみた。お互いに「減数分裂」をしてない状態で合体させると、なんと「遺伝子4倍体の子」ができることが分かった。これが、どんなに驚くべき奇跡かはキミなら分かるはずだよな。通常この条件では受精しない。万が一受精しても発生過程で異常が起き成長できない。それがだよ、「4倍体の新生物として生長する」とシュミレーションは示している。何億年に一度の奇跡だ!「新人類」の誕生だ!この事実の意味するところは何か?!キミと僕の子孫を残すべきだ、いや、そうするしかないということだ。「共生契約書」を添付した。早急にサインしてほしい。共生の型はキミの希望どうりでいい。どんな「型」でも僕は喜んで受け入れるよ。
レイカ:…なに?…何が起こってるの?ララ、もう一度再生して。
..今度は神経を集中した。<いったい何が言いたいのよ?>すぐに再生は終わった。そして暫く考えこんでしまった。もし、「4倍体」のヒトが誕生するとなるとそれは大変な出来事だ。どんな能力を発揮するか、想像すらつかない。最新のコンピューターでも恐らく予測不可能だろう。だが、もし「4倍体」がこの地球の生物界に出現するとしても、それは多分ヒト以外の生物だろうというのが定説になっている。なぜならヒトは既に進化しすぎた。これ以上の進化を許容できないというのが従来のシュミレーション結果だ。レイカの頭の中を様々な情報が渦巻く。<それが、ヒトに起こると屯倉は言う。それも、わたしと彼の間に…バカな…>永い間身動き一つしないで考え込んでいたレイカが、突然爆発したかのように大笑いした。ララは驚いたように振り返った。
レイカ:これって、プロポーズのつもり?!!
..レイカの笑いは止まらない。
ララ :ドウカサレマシタカ?
..ララが近くに寄った。
レイカ:ううん。なんでもない。ね、ララ、あなた、プロポーズされたらどうする?
..質問ではなかった。この奇妙な流れが奇妙な発言を引き出したのだ。
ララ :回答不能デス。プログラムサレテイマセン。
..ララは真面目に答える。
レイカ:そうよねー。
..レイカはまだ笑っている。
レイカ:ずいぶん回りくどいプロポーズねー。<まあ、それだけ一生懸命考えたってことか。なにも、プロポーズまで理詰めでこなくても。彼らしいって言えば、「らしい」けど>
ララ :アノー、ヨロシイデスカ?ポケットニコレガアリマシタ。
..ララは、トレィを差し出した。そこには、小さな金属片が光っている。レイカは指先で摘む。片面のみ別の金属薄膜がプリントされ虹色に光っている。見たことの無いものだ。
レイカ:ああ、これ…ララはこれに覚えがある?
ララ :イイエ、ワカリマセン。初メテ見ルモノデス。
..今度はゆっくり見直した。だが、記憶にない。<誰かが入れた?>着る物は、朝にララが用意してある。帰宅して着替えれば、ララが洗濯が必要かチェックするのが日課だ。という事は、その金属片は、誰かが今日忍び込ませたということか。今日近距離で会ったのは、ボダイA、イチロー、タニキ、ノニコ、マニホ、ムサシの6人だ。だが、すれ違いざまに会ったヒトまで考えれば、かなりの数になる。<けど、確かに口から飛び出した気がする…>突然、レイカは奇妙な気分に陥った。<同じことが前にもあった…「あった」気がする…この同じ場所で、ララは答えた「ワカリマセン」…同じだ。だが、記憶というのとは、何かがちがう…>
レイカ:ほんとに知らない?
ララ :ハイ。ワタシノmemoryニハ記憶サレテイマセン。
レイカ:そう…









「この道はいつか来た道、いつか行く道?(2)に続く」





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