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この道はいつか来た道、いつか行く道?(3)

 
...................................................- Rena エピソードV -
 

星空 いき

Hosizora Iki
















登場人物
.................................コード資料....称号と範囲

..レイカはノニコとタニキを呼び口頭で報告を聞いた。異常・変事が無かったかどうか、それを早く知りたかった。二人の返事は、特に変わったことはないと言う。その表情は、初仕事を無事に遣り遂げた満足が溢れている。
レイカ:それで、第二回について、希望とか何か申し出があるかしら?
ノニコ: マユカさんは、「少し考える」ということで未定です。
レイカ:そう。ハルトさんは?
タニキ:同じく「ちょっと待ってほしい」と、まだ何も希望が出ていません。
レイカ:できるだけ実施日は同じ日にしてね。事務方からもそのように頼まれているから。
..二人は承諾を頷きで表す。
レイカ:それから、ほぼ一日行動を共にして、新たに気付いたことはないかしら…つまり、人間性あるいは性格など、事前の情報とは違うと感じたような事は。マユカさんはどう?
ノニコ: んー、そうですね。年齢より乙女チック、いえ、純粋かなとは感じました。それにもしかしたら思い詰めると怖いタイプかなーって、少し感じました。
..ノニコはマユカがミサキを「ゾンビ」と罵ったときの表情を思い出していた。
レイカ:そうなの。純粋で思い詰めるタイプね。事前の調査資料には、それは無かったわねー。で、ハヤトさんは?
..振られたタニキは即答する。
タニキ:ハヤトさんは、調査資料のとうりの人物です。親思いで、ちょっと感動しました。
..タニキは、ハヤトが両親に会ったときの言動について細かく報告する。
レイカ:そうなの。とりあえず何も無くてよかったわ。報告書はできるだけ早く提出するのよ。
..二人が退室すると、すぐにボダイAにホログラムした。
レイカ:プロジェクトの第一回が終了しました。取り急ぎ概要を報告いたします。すべて予定どうりで、特に報告すべき異常な事態は生じていません。
A:そうか。それはよかった。ところで…
..Aはそこで言葉に詰まった。
A:念のためモニターのハヤト、マユカの再調査を指示した。
レイカ:再調査ですか?何か気になる事でも?
A:いや、たいした事じゃないんだけどね。キミの「自己遭遇」が、ちょっとひっかかって見直しをしている。
レイカ:そうですか…
..そこでレイカは、金属片の事を話したものかどうか、躊躇した。
レイカ:何か分かったら教えてください。<金属片は、まだどう転ぶか見当がつかない。もう少し待ってみよう>
A:もちろんだ。ともかく無事に終わったならよかったが、もう一度あるな。
レイカ:はい。第二回については時期・内容共に未定です。
A:全てが終了するまでは、どうも落ち着かんなー。
..Aは力なく言った。その言葉がレイカに小さなひらめきを生んだ。
レイカ:そうですね。このさい「お祓い」というのでもやりましょうか?
..これにはAも爆笑し、二人は声を揃えて笑う。
A:まったくだ。そうしたい気分だよ。
..そこへメイドのチャイムが鳴る。
メイド:オ客サマデス。
..Aに断りOffにする。
レイカ:誰かしら?
メイド:「マニホ・センダツ」デス。
..入室許可を告げると、すぐに元気な声が飛んできた。
マニホ:今日は講義はないの?
レイカ:ええ、予定が変わって比較的ヒマよ。先導士に復帰したようね。仕事は?
マニホ:久しぶりなので補助的な仕事をしてるわ。昨日、500年前のニューヨークに行ってきた。
..マニホの背後から小さな影が飛び出す。
イチロ:こんにちわ!
レイカ:<!、イチローくん!?、また来た…>
マニホ:あ、この子ね、フロントロビーで声をかけられたのよ。聞いたらあなたの所へ行くって言うのでね、連れてきたの。知ってる子?よかった?
レイカ:イチローくん、こんにちわ。
マニホ:イチロー?、もしかしてこの前の話しの…
..マニホは、イチローを見つめ吹き出しそうなのをこらえて肩が震える。レイカも苦笑いしてただ頷く。
イチロ:はい、これ。お土産だよ。
..イチローは提げている紙袋を差し出す。
レイカ:お土産?わたしにくれるの?
イチロ:うん。お父さんが持っていけって。たぶんお菓子だよ。
レイカ:それは、ありがとう。
..受け取り、レイカは中を覗いてみる。箱の包みの他に封筒が見えた。<?…>封筒だけ取り出し急いで読んでみた。そこには、いつもイチローが迷惑かけている詫びと礼が述べられ、「イチローからキッズカレッジの話しを聞いた。このごろでは親の手に負えなくなっており、自分もできるものなら実現したいと考えている。ついては、お目にかかり詳しく教えていただきたい」という内容が、丁寧な文で綴られている。手紙を戻しながらイチローに訊く。
レイカ:ね、近い内にキッズカレッジの見学に行ってみようか?
..レイカには腹案があった。<イチローに「共生」を忘れさすうまい方法はないか…>そして思いついたのは、キッズカレッジで担当の10歳の女子生徒だ。西洋人とのハーフのような見た目で、文字通り「お人形さん」のような可愛い子で人気がある。イチローをカレッジに送り込み同じクラスに編入させれば、おそらく彼の歓心はそちらに動く。そう企んだ。<急いだ方がよさそうね>レイカが考えている間に、イチローとマニホは勝手に椅子に掛けて寛いでいる。
イチロ:キッズ・カレッジ?行くの?いいよ。
レイカ:その時は、お父さんもいっしょにね。
..レイカはデスクに戻り予定を呼び出し検討した。
レイカ:今度の金曜日が丁度授業の日だから、「金曜日の午後1時にキッズ・カレッジでお待ちします」て、お父さんに伝えてね。
イチロ:わかった。
..レイカは荷を降ろした気分だ。
レイカ:せっかくだから、みんなでいただきましょう。
..レイカが箱の包装を取りテーブルに置く。やがてメイドが飲み物を運んで予定外のティータイムが始まった。
レイカ:今日の用事は、これで済んだよね?
..他愛ない話題の切れ間にレイカはイチローに訊いた。イチローはもぐもぐさせながら答える。
イチロ:ううん。用事はこれからさ。Websiteで「反物質」を調べたんだけどさー。
レイカ:<ほら来た。ここはマニホにまかせよう…触らぬ神に祟り無し>
マニホ:反物質?キミが?
..マニホの眼が丸くなる。
イチロ:うん。ぼく見つけちゃった--かもしれない、「時間移動」できる方法を。
マニホ:へー、すごいねー、どうするの?
..マニホは真剣に受け取っていない。顔が笑っている。
イチロ:教えて欲しい?
マニホ:はい、ぜひご教授を。イチロー先生。
イチロ:じゃ、紙とペン貸して。
..レイカがデスクから適当に拾って渡すと、イチローが手早く何か描いた。レイカとマニホがそれを見守る。

イチロ:これが、三時界(三次元時界)だとするよ。けど、本当はジハ(時波)は縦波だよ。書きようがないから、こうするけど間違えないでね。



マニホ:…<なによ、このガキ!>

レイカ:…<fu!>




イチロ:これじゃ見えにくいから…時間軸を直線に代える…で、その合成ジハが、こう、赤の波だとするよ…丸は、ジハの運動で合成された物質様エネルギーだよ。ここまでいい?
..イチローは二人がちゃんと聞いているか、確認するように見つめる。

イチロ:でね、「物質様エネルギーはベクトルを持つので、時界には存在できない。だからベクトル界へ転写される」、そうだよね?
マニホ:そうよ。
イチロ:つまりそれが「物質」になる。これが、この世界の物質のふつうのでき方だよね。
マニホ:驚き。よく知ってるわねー。でも、反物質はどうなったのよ?
イチロ:チッ、チッ、
..イチローは人差し指を立てて振る。
イチロ:あわてない、あわてない。それはこれからさ。
マニホ:<ちょっとムカつくなー>

..そこでイチローは新しい紙に図を写した。
イチロ:つまり ベクトル界の「物質A」は、こうして固有時間を持ち、いつもただ「過去」という時間を生み続けている…そうだよねー、レイカお姉さん。
..レイカは突然夢の世界から引き戻された気分だ。イチローの話しを半分も聞いていなかった。イチローはマニホに任せ、考え事をしていた。
レイカ:そ、そうよ。いつの間にか沢山勉強したようね。
..レイカはちらっと図を見て、イチローの急速な進歩に驚いた。
イチロ:えっへん。えらいだろー!それで考えたんだよ。もしかしたら「反物質」も同じようにできるじゃないかなーって。知りたい?
マニホ:ぜひご教授を。イチロー先生。

..イチローは、新しく「時間軸」を書き直す。
イチロ:さっきはプラスに限って考えていたけど、本当はこうだよね。
マニホ:ふん、ふん。
..マニホも身を乗り出し本気で相手し始めた。




マニホ:そうよね。

..イチローは赤ペンで更に書き加える。

イチロ:こう描くのが正しいんだよ、分かる?
マニホ:一応専門家だからね。
イチロ:するとね、ここで何かに気付かないかなー。
マニホ:あっ、それ、昔やった気がする。ジュニアカレッジで…何だったっけ?…
イチロ:だめだなー。ぼく気付いちゃった。
マニホ:えー!何だったかしら?
..レイカは押さえる事ができず、吹き出した。

イチロ:ここだよ。
..イチローは、斜線を引いた。






イチロ:この区分を「しょうげん」て呼ぶんだよね。この「しょうげん(マイナス第三象限)」のエネルギー (バー・エィ)は、ジハ(時波)によってどんな運動をするかなー。
マニホ:Aと同じじゃない?
イチロ:そうかなー?
..イチローはにやりと笑う。

イチロ:Aは時間に押されて運動するけれど、 は時間軸がどんどん遠ざかっていく…そう思わない?
マニホ:ああ、そうだった…ジュニアカレッジで勉強したんだ。ずいぶん前のことだからすっかり忘れてた。





イチロ:その結果、Aは時間に押されて運動し、 は、時間を遡って運動する、そうなるはずじゃない?

マニホ:そうだわ。それが「反物質」よねー。
イチロ:おめでとう。正解だよ。
マニホ:<くっそー、ムカつく!>
..その感情がマニホの顔に出た。レイカはそれを見て思い切り爆笑した。
イチロ:だからAと は、「対(つい)」なんだ。双子だよね。けど、決定的に違うところがある。時間の流れが真逆なんだ。
マニホ:そうだった。いつの間にかすっかり忘れてた。ね、イチローくん、それ自分で考えたの?
イチロ:そうだよ。
..マニホは、口を開いたまま助けを求めるようにレイカを見つめる。
イチロ:だから は、性質もAとは逆で荷電子は+で、クオークも反対の荷電粒子なんだ。
マニホ:うん、うん。
イチロ:そして、ぼくたちが居る「ベクトル宇宙」には当然存在することができない。時間の流れが逆の「逆ベクトル宇宙」を形成して、そっちに転写されるんだよ。こちらの宇宙の鏡像の世界だね。
マニホ:確かにそう習ったんだわー…ふー…
..レイカは、助け舟を出す事にした。
レイカ:それは分かったけれど、「時間旅行」ができる方法を見つけたって言ってなかった?それはどうなったのよ。
イチロ:見つけたかも知れないって言ったんだよ。
レイカ:そうだったわね。
イチロ:今の考え方が正しければ、この宇宙には、「時間の流れが逆の宇宙」が別にあるはずなんだ。ただし、ぼくらには永久に感じることも見ることもできないけどね。
レイカ:そのとおり。まだ仮説だけど「別宇宙は無数にある」という科学者もいるわ。まさか、イチロー説の「逆ベクトル宇宙」を利用して時間旅行しようというの?
イチロ:そんなの無理だよ。もし、この「ベクトル宇宙」と「逆ベクトル宇宙」が出会えば、どちらも瞬時に消滅してしまうよ。そうじゃなくって、こちらの宇宙にヒトの手で小さな「逆ベクトル宇宙」を作る事ができれば、時間を遡ることが可能かもしれないじゃない?
レイカ:なるほどねー。でも、無理そうな話しね。
イチロ:うん。ぼくもそう思う。けどさ、無理で片付けてしまったら、そこで終わってしまうよ。なんとか手段を見つけなきゃ。
レイカ:えらい。そうよね。その気持ちで人類はここまで来られたんだものね。だけどね、今日は忙しいからここまでにしない。用事は大体済んだんでしょ?
イチロ:ウソだー、きょうはヒマがあるってさっき言ったじゃん。
レイカ:<しまった。聞かれてたか>
..それでも何とかイチローを送り出した。軽い息を吐いてソファーに掛けるとマニホが言った。
マニホ:ね、あの子、かなりすごくない?10歳であれだけ考えられるなんてありえない。天才ばかりのキッズカレッジでさえあれだけの子はちょっといないんじゃない?
レイカ:そーなのよねー…そこがねー…
..レイカの口ぶりは冴えない。そして何か考え込んでいるようだ。しばらくしてマニホが笑いだした。
マニホ:ね、「共生」の話し考えた方がいいかも。
レイカ:
マニホ:この間話しを聞いたときには、「ガキんちょ」が綺麗なお姉さんに憧れる、恋をするよくある話しぐらいにしか思わなかったけど、ちょっと事情が違うみたい。
レイカ:どういうことよ。
マニホ:あの子とレナ(レイカ)の間にはどんな子どもができるのかなって思うと真面目に考える価値があるかも、て気がしてきた。きっとものすごい子どもができるんじゃない?
レイカ:バカ言わないでよ。
..そこでレイカは、イチローの関心をそらす内緒の計画を暴露した。
マニホ:ふーん。そういうこと。ま、その方が現実的にはいいか。じゃ、さっさとキッズカレッジに送り込むのね。
レイカ:それでね、麻里(マニホ)に一つ頼みがあるの。キッズカレッジの教授をわたしと代わってくれない?
..レイカの現状は忙しすぎる。少しでも減らすことを希望しているのだが、なかなか実現しない。
レイカ:いいでしょ?キッズカレッジの受け持ちは週一だから、そんなに負担にならないし。
マニホ:んー、「ガキんちょ」の相手か…気乗りしないし、第一得意じゃないよ。
レイカ:お願い。今はあの子と少しでも離れていたいのよ。そうすれば、そのうちに忘れてくれるだろうし。
マニホ:そういうことなら仕方ないか。いいよ。協力する。
レイカ:助かったー。ありがとう。
マニホ:でも、ちょっとおしいな。
レイカ:何が?
マニホ:だからレナとイチローくんの仲にできる子どもよ。きっとアインシュタインも開祖ボサツも超える超人だよ。
レイカ:次世代の心配はさておき、イチローくん本人が問題よね。
マニホ:問題?
レイカ:麻里のいうとおり、あの子、尋常じゃない。それが問題なのよ。彼の話し聞いたでしょ。人類があのレベルにまで到達するのに数百万年もかかったのよ。
マニホ:うーん。それを10年で…
レイカ:今日の彼の話しは、最後の部分に知識不足による錯誤があるけれど、それに気付くのに彼なら時間がかからない、という気がする。そのときが怖いわ。
マニホ:怖い?
レイカ:「時空学」の頂点は、GNL(Global Net League 全地球連盟)によって堅くガードされている。ある意味で「核」も比較にならないほど危険だからよ。ところがあの子なら、その頂点に独力で辿り着くかもしれない。
マニホ:確かに…そう思うと怖いわよね。ね、レナはダイセンダツだからオオオク(大奥)の「高度資料館」に入れるんでしょ? .....................称号と範囲
..オオオクの「高度資料館」には、時間移動に関するあらゆる文献・論文が保管されている。ダイセンダツ以上でアクセス許可を得た者のみが閲覧できる。
レイカ:ええ。行ってみたいとは思うけどまだ一度も入ったことはないわ。
..「空間移動」に関する論文・資料などは、90%が公開されている。が、「時間移動」に関しては全く非公開だ。センダツでもそのノウハウの詳細を知らないのが実情だ。だからレイカとしても早急に調査・研究をしたいのだが、日々は仕事に追われ時間がないままに過ぎている。
マニホ:噂では、開祖ボサツのメモでいまだに解読できない謎の暗号があるって。本当?
レイカ:んー、見たことがないから分からない。けど、そういう噂はあるよね。
マニホ:もしかしたら、大変なお宝じゃないかって。
レイカ:まさか。かってに尾鰭(おひれ)が着いただけじゃない。そういう話してよくあるじゃない。お宝のことは別にして、わたしも調べたいことがあるからできるだけ近い内に行ってみるつもりよ。
マニホ:そう。暗号みつけたら二人で解こうよ。それでお宝をいただきよ。
レイカ:バカなこと言ってると、またイチローくんに笑われるよ。
マニホ:くっそー、あのガキ、ちょっとムカつくんだよねー。
..レイカは大笑いしながら、イチローの散らかした跡を片付ける。マニホも去ってタニキ・ノニコに連絡をとろうとしたとき、ガイボ(施設のガイドロボ)がやってきた。
ガイボ:イチローサンニ頼マレマシタ。
..手渡されたのはミニカー用の小さなケースだ。透明カバーの中に楕円形の光るモノがある。そして「メッセージガアリマス」と、ガイボの胸にイチローが現れる。
イチロ:これ、お父さんとキャンプに行ったとき河原で見つけた宝物だよ。「共生」のヤクソクにあげるね。だいじにしてよ。
..レイカは、そのガラス塊のようなものを取り出し明かりにかざす。薄い緑の石には、白い幕の層が走っている。レイカには、ガラスか、質の悪い翡翠のかけらに見えた。<彼のお宝なのね…>回転したり、暫く眺めた。そうしていると、胸に罪悪感のようなものが立ち上ってきた。
...........................................登場人物
..マユカ(青山真由花)は一回目の時間旅行の後自宅に帰った。職場には1ヶ月の休暇届けを出してある。公務員なので休暇は簡単に認められた。今回の研修で「初めての時間旅行なので、体調に変化を感じることがあるかもしれない。異常があったらすぐに連絡する」ように言われている。だが、ここまでこれといった変化はない。あえていえば、時間感覚が以前とは違う感じで、なぜか頭がボーっとしているような気がする。そんな時にはジョギングなど軽い運動を指示されている。自宅を出てこれという当てもなく早足で歩いた。さすがに小一時間も経つと疲れを覚え、眼についたレストランのテラスに座った。テーブルの読み取り端末にケータイを置きメニーの一品をクリックする。すぐにメイドロボが泡あわの飲み物を運んできた。落ち着いてくると、あの早春の岬が蘇ってきた。若いジョージ(吉田譲治)は、輝いていた。しばらくは、心の中でその姿を追い、その声に耳を済ませた。そうしていると、女子高生のようにドキドキしてくる。土産の白い灯台は部屋の机の上に安置した。そして…突然、ジョージの傍らにミサキが現れた。マユカの表情が、途端に険しくなる。そこで、ケータイが鳴った。
..相手はハルト(今泉 遥登)だった。当たり障りの無い会話の後、
ハルト:次回の予定は、もう決まった?何か希望があるかなー?
マユカ:希望?特にないけど…どうしてですか?
ハルト:実行日時は?
マユカ:考え中です。
ハルト:機関の事務局から実施は同日・同時刻にして欲しいって言われたよね?だから、希望の日があるかなーと思って。
マユカ:んー、特に無いですけど。どうせ行き先の時間と場所は別々だし、こちらの実施日時はハルトさんの希望に合わせますよ。
ハルト:そう、それでその事でちょっと話しというか、お願いがあるんだけど…
マユカ:?、なんでしょう…
ハルト:込み入っていて、電話ではナンだから一度会ってもらえませんか。僕がそちらの指定の場所に出向くので。ぜひお願いします。
..翌日、ハルトとマユカは関東のZ市のファミレスで向かい合っていた。マユカが指定した場所だ。
マユカ:なんでしょうか、話しって。
ハルト:はい。次回の「移動」ですが…できたら同じ日にしてもらえないかと思って…
マユカ:?、電話で話したとうり、事務局の要請もあるので、あなたの希望に合わせますが。
ハルト:いえ、そうじゃなく、つまり出立ではなく、行き先です。行き先を同じ日にしていただけると大変ありがたいのです。
マユカ:?、つまり、現地での日時に特別な希望があるということですか?
ハルト:そうなんです。
マユカ:いつ?いつをご希望なんですか?
ハルト:いまから5年前です。5年前の10月10日です。
..マユカは考えこんだ。暫く沈黙が覆った。
マユカ:5年前…そういわれても…その日わたしがどこで何をしていたのか、また会いたいヒトがどこで何をしているのか、調べてみないことにはナンとも…
ハルト:分かります。突然こんな事を言われても困りますよね。それで、聴いていただけるなら、失礼ながらいくばくかのお礼をさせていただきます。
マユカ:…それに、なぜ、何故その日じゃないといけないんです?
..また沈黙があり、やがてマユカが言った。
マユカ:ああ、思い出しました。5年前の秋なら、彼に、ジョージさんに初めて会ったころです。10月10日て、祝日じゃありません?
..そこで、マユカの視線が遠くに変った。何かを思い出そうとしているようだ。
ハルト:そうです。祝日です。なにか記憶がありますか?
マユカ:ええ。彼と初めてデートしたのが、5年前の10月の祝日でした。きっとその日です。海外からミュージシャンが来て、そう、「ランチョン」です。そのライブが野球場であったんです。それが初デートでした。
ハルト:5年前の「ランチョン」の公演、それなら「ことばろ球場」じゃないですか?
マユカ:ああ、そうです。そんな名前。
..ハルトは内心喝采した。<やったぜ!「ことばろ」なら割と近い。こんどこそツキが来た>5年前の10月10日午後1時半、ハルトの両親は、「ことばろ」から2駅のコンビニ駐車場で事故に会った。ハルトは考えた。<もしあの時、両親が事故に会っていなければ…>そうなら、ハルトが会社を継ぐ手立てはいくらでもある。そのために過去を少し変更しようというのだ。だが、先導士の監視が厳しい。自分でなんとかする確実な方法はまず無い。いろいろ考えたが、協力者があればなんとかなる。それでマユカに眼をつけた。
ハルト:どうでしょう、「移動」をその日にお願いできないでしょか。お願いします。このとうりです!
..ハルトはテーブルに手を着き深々と頭を下げる。
マユカ:待ってください。同じ日にしたとして、それがどうだというんですか。ただ、あなたとわたしが同じ日に存在している、というだけの事じゃないですか?それともわたしに何か特別なことをやれとでもおっしゃるんですか?
ハルト:いえ、特に何かある訳じゃありません。お礼ははずませてもらいます。どうでしょう、100万円なら…
..マユカは眼を剥いてハルトを見つめる。見つめあったまま互いに何も言わない。法外な金額の申し出がマユカに強い警戒心を抱かせてしまったようだ。結局会話は途切れた。永い時間の後で、
ハルト:今回のあなたの目的は何ですか?ただ恋人に会いたかっただけじゃないですよね?失踪した恋人を探すつもりですか?…何か本当の目的があるんでしょ?…どうしようとしていらしゃるのか分かりませんが、一人じゃ恐らくなにもできませんよ。異時空間先導士の監視が厳しいですから…
マユカ:
ハルト:でもね、二人力を合わせれば、もしかしたらできることもあると思いますよ。
マユカ:
..店を出てそれぞれの車に別れるときハルトがぽつりと言った。
ハルト:誰でも一人くらい殺したいヤツがいますよね。あなたにもいるんじゃないですか?100万で駄目なら、殺してあげてもいいですよ。それも完全犯罪で。絶対ばれません。そういう方法があるんです。
..そしてハルトの車のドアーが開いた。
ハルト:早い連絡をお待ちしてますよ。
..乗り込むとすぐにハルトの車は去った。マユカはしばらく呆然と見送った。
..その夕方、マユカは自室で考えていた。「誰でも一人くらい殺したいヤツがいる」ハルトはそう言った。さらに「絶対バレない方法がある」とも。心の中にミサキが浮かぶ。<あの女…あの女さえ居なければ…>思考は、どうしてもその方向に強く惹かれる。<あの女が居なければ、ジョージだって姿をくらます事はなかったに違いない…いや、もしかしたら、既に私と「共生」していたかもしれない…>窓で四角に切り取られた夕空は、藍色に変り始めている。灯りをつけることさえ忘れた部屋は暗い。それでもマユカは身じろぎしなかった。<あの女、ミサキさえいなければ…あの女がジョージにつきまとわなければ…>闇を見つめるマユカの形相は凄かった。<もしかしたら、これこそ千載一遇のチャンスが来たのかもしれない!…ハルトがやってくれる。しかも、タダで。なにを迷う事があるか>しかし、結局一晩迷った。<絶対にバレない方法って、どうするんだろ?それに、実行の依頼で、わたしはハルトに弱みを握られることにならないか?>
..翌日には、マユカは電話をしていた。
ハルト:待ってましたよ。
..ハルトの声が弾む。
マユカ:…あなたのお話し、もう少し聴きたいと思って…
..電話は常に盗聴の危機に晒されている。こればかりは避ける手立てが無い。したがって会話は、明確さを欠き煮え切らないモノになってしまう。マユカは再会を申し出た。
マユカ:昨日のファミレス近くの高台に公園があります。そこでもう少し詳しい話しを聞きたいのですが…
..ハルトは快諾した。
ハルト:今日の午後3時でどうですか。
マユカ:今日ですか?!わたしは構わないですが、あなたは名古屋からじゃ大変でしょう?
ハルト:「空間移動」を使いますよ。それならあっという間だから。
..「軌道車両」ではなく、「空間移動」にするという。マユカは驚いた。料金が20倍も違うからだ。ハルトの意気込みの強さが感じられた。すぐに午後の会見が決定した。
..高台の公園は見晴らしがいい。眼下には駅を中心に小高いビルが空間に伸び上がり、さらにどこまでも商店街・住居が広がっている。遥か遠くは霞んでいるが、山並みの青灰色の陰が続く。市民に人気の場所だが、真冬は寒風に晒され、盛夏には日差しが激しくて人の姿はない。今日はちょうど薄曇りで条件はいいのだが、時間的に人出はないだろうとマユカはふんでいた。できるだけ人目は避けたかった。周囲を見渡すと、思惑通りサラリーマンも幼児連れの母親の姿もない。ほんの数人の老人がヒマ潰しをしているだけだ。約束どうりハルトは3時に現れた。
ハルト:考えてもらえましたか。
..ベンチでハルトが微笑みかける。
マユカ: あー、出向先を同じ日時すればいいのですよね?
ハルト:はい。
マユカ: その日に何があるんです?
..ハルトはビジネスバッグをさぐると、一枚の写真を取り出した。
マユカ: これは?
ハルト:わたしの両親です。5年前の10月10日ごご1時半に、コンビニの駐車場で事故に会い、父親は即死でした。58歳でした。
..マユカは大きくなった眼で写真をみつめる。
マユカ: それは、お気の毒に…
ハルト:スピードを出しすぎた二輪車が、運転を誤って突っ込んできました。オヤジにはまだまだやってもらいたいことがたくさんありました。もっと長生きしてもらいたかったです。
..言いながらハルトはバッグから白い封筒を出した。
ハルト:それで、お願いです。
..ハルトはいきなり封筒をマユカに押し付けた。
マユカ:!、?
ハルト:50万円入っています。これで力を貸してください。残りは、実行されたら払います。
マユカ:力を貸すって、何をすればいいんです?!
ハルト:簡単です。事故当日現場に行ってオヤジたちを移動させればいいんです。移動と言ってもほんの数メートルでいいのです。5メートルもあれば充分です。
マユカ:つまり、それでご両親は事故を避けられると…
ハルト:そうです。それでオヤジの命は助かり、オフクロも大怪我をしないで済みます。
マユカ:…、でも、わたしにも先導士が張り付いていますから、行動の自由が利くかどうか…
ハルト:あなたでなくお友達でもいいんです。オヤジたちを移動さえできれば誰でもいい訳ですから。
マユカ:…どうやって?
ハルト:やり方はいくらでもあります。声をかけて呼ぶとか、「ちょっと手を貸してほしい」と頼むとか…ああ、こういうのはどうです。4〜5メートル離れた所であなたがハデに転びます、大きな声をあげて。オヤジは困っているヒトを放っておけないから、きっと「何事か」と駆けつけます。それで充分です。どうです、簡単でしょ?
..帰りの車の中でマユカは封筒を見つめていた。認めたくはないが、現金の力は大きかった。なんとなくハルトの提案を引き受けた形になってしまった。それを後押ししたのがハルトの念押しの一言だ。
ハルト:「殺してください」と頼んでいる訳じゃありません。「命を救ってください」とお願いしているのです。どうかオヤジを助けてください。
..そう言われると、マユカには断る理由がない。そのうえ現金の受け取りを正当化することもできた。明確な返答は避けたものの、結局手元に50万の現金がある。<わたしは彼の依頼を引き受けたのだ…>そう自分にいいきかせた。家に戻ってしばらく考えていたが、やがて「時間旅行申請書」を呼び出した。臨時IDを入力し、実施希望日は事務局の要望どうりに、出向先の希望日時はハルトの依頼日にした。そして場所、目的を入力する。目的は「恋人ジョージ(譲治)との初デートの追認」だ。内容確認をして「送付」をクリックするときマユカの指の動きが止まった。<送ったら、もう後には退けない…>マユカはそのまま固まってしまった。


..そして2日後、レイカはボダイAと機関内の「イドアー1(空間移動定点bP)」で待ち合わせた。ジハンギ(時間汎用会議)事務局に出頭するためだ。ジハンギはGNL(全地球連盟)の1組織だ。距離は200kmほどある。従って空間移動するのが一番手っ取り早い。そのロビーで二人は事前の打ち合わせをしている。
A:今回の中間報告は、第一回の結果と第二回の予定だ。いろいろ質問されると思うが、特別な事は何もないよな?
レイカ:はい。一回については、これといって報告するほどの事はありません。
A:詳細については、当然キミの方が詳しい。質疑応答はまかせるから頼むよ。
レイカ:はい。でもこんな事で呼び出さなくても、メール報告でよさそうに思いますが…
A:はは、まあ、格好つけだろうよ。万が一本会議で問い質されたときに、ちゃんと管理していますというジェスチャーだ。
レイカ:迷惑な話ですね。
A:役人なんて何処の国でもそんなもんだ。で、第二回の予定は決まったかな?
レイカ:これです。
..レイカは ファイルからペーパーPCを抜き取りAに手渡す。
A:どれどれ…実施日は二人同じだな。
レイカ:ええ、3日後、来週の月曜日です。事務局の提案を二人が了承しました。
A:…これは?…出向先が同じ?日時も、場所も?どういうことだ?
レイカ:ええ、奇妙に思われるのはごもっともです。ですが、偶然というしかありません。ハルトさんは、その日に父親を事故で亡くしています。事故があったコンビニは、移動定点から車で30分くらいです。マユカさんは、その日が恋人と初デートで、定点から40分くらいの「ことばろ球場」を希望しています。コンビニと球場は電車で2駅です。
A:待ってくれ。じゃ、「ハルトは父親の事故に立ち会いたい」、「マユカは自分の初デートに行ってみたい」というのか?
レイカ:そうです。面談して意思確認をいたしましたが、どちらもそれを強く希望していますし、却下する理由がありません。
A:それがたまたま同じ日で、距離が近いと…?
レイカ:わたしも不自然に感じます。ですから、調査してみましたが、事故もデートも確かに過去の事実なのです。
A:うーん、日時だけでなく、場所までもほとんど同じ…なんか、できすぎていないか?
レイカ:お気持ちは分かります。わたしも同じ気持ちですから。
..そこへ案内のガイボがやって来た。
ガイボ:出立ノ準備ガトトノイマシタ。10分以内ニゴ出立クダサイ。
..考え込んでいた二人は腰を上げる。
レイカ:念のためハルトさんの先導士を増やして2名にしようと思っています。
A:それがいいだろう。しっかり監視してくれ。どちらも2名にしたらどうだ?
レイカ:先導士が足りないのです。今回はダイゴチームからマニホセンダツを借りて遣り繰りするつもりですから。
A:そうか。マニホといえば、キッズカレッジへの出向を彼女と交代する希望を出していたよな?何故だ?
..レイカはちょっと笑う。
レイカ:いまさらそれをおっしゃいます?できればジュニアカレッジも替わってもらいたいです。願書だけ出しても一向に聴いてもらえないので、この際力技にでました。
A:はは、そうか。キミには気の毒だと思っているし、「最高会」も忘れている訳じゃないんだ。 ただ…
..ボダイAは言い淀む。
レイカ:…なにか?
A:最高会のメンバーの中に、彼女は子ども相手には不向きじゃないかという意見があるんだよ。
レイカ:ご心配ないですって。彼女だって子どもじゃないですから、そのへんはうまくやりますよ。
A:うん。
レイカ:それに、向くか向かないかは、カレッジの心配することです。こちらから先回りして心配しなくてもいいんじゃないですか?
A:ははは、確かにそうだ。
..笑っている内に神社の鳥居のようなチェックゲートに着いた。








「この道はいつか来た道、いつか行く道?(4)」へ続く





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