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透明人間になりませんか?

(1)





 

星空 いき

Hosizora Iki

















視界が、少しづつ明るくなっていく。数分前まで真っ暗闇で手探り状態だった。Tは闇の中で、目を開いているのを 確認するために何度かゆっくりと強く瞬きしてみた。そして、自分の意識もからだも正常だし、室内は確かに暗闇であるこ とを確認した。〈医者の言ったとおりだな〉薄闇ていどになって、ようやく壁の時計が読めた。注射をされて25分たっている。 自分の体(足、手、腹)を確かめるように見回す。30分まえと同じで、なんの変化もない。さらに15分ほどたって、部屋が完全に 元の明るさにもどったところで、ドアーが開いた。
「気分はどうですか」
. 60才くらいの黒ぶちメガネの医師(Dr.Black=ドクター・ブラック=Dr.B、Tのつけたアダナ)と看護婦が、 にこやかに入ってきた。
T :ええ、普通です。
. Dr.Blackは近づくとTの瞼をもちあげ、ライトを当てるとなにか調べた。看護婦は、 Tに着けられていた数個のパッドをはずし、無言でDr.Blackに合図する。
Dr.B:じゃ、向こうの部屋へいきましょうか。
. Dr.Blackの誘いに、Tが立ち上がろうとすると、「あ、気〜つけて〜。薬のせーで〜フラつくかーも〜」
. 看護婦(Yuki)は、かばうように腕を伸ばすと、Tの片腕をとった。衣服を着けDr.Blackについていくと、同じ階の別室にTは案内された。もう一人の色白の若い医師(Dr.White=ドクター・ホワイト= Dr.W)が、 コンピューター画面を見つめ、キーボードを叩いている。入り口近くに小さなテーブルと古いソファーがあり、
Dr.B:ま、掛けてください。どうぞ。
. Dr.Blackは自分も腰を降ろしながら、Tにもすすめると、たのしそうに笑いながら 話しかける。
Dr.B:ご感想は?…といっても、ただ、暗くなって目が見えなくなっただけだから、感想もないでしょうが…。
. どうぞ、と横から事務の女が、笑顔でコーヒーを置いた。
T :ありがとう。
. Tは、ひどく喉が渇いているのに気づいた。Dr.Blackは、手でコーヒーをすすめる仕草で
Dr.B:もうちょっとしたら、モニターで写真を見てもらいますから。そうすれば、なにがあったのか良く分かりますからね。 コーヒーでもタバコでもご自由にやってください。医者の台詞じゃないですな、はは…。
. 期待してなかったが、コーヒーは意外に旨かった。ちゃんと豆から挽きたてをだした香りと味だった。味わって飲んでいると、少し緊張していたTの体と気持ちが、ほぐれていった。Dr.Whiteが「先生、準備できました」と、呼んだ。
Dr.B:さて、じゃ見てもらいましょうか。きっと面白いものが見れますヨ。
. 黒ぶちメガネDr.Blackは、さも嬉しそうに腰をあげてTを手招きした。Tは、立ち上がると後についていく。若い医師の向かいの机を勧められ椅子にかける。
Dr.B:ここに映りますから、見ててくださいね。
. Dr.Blackは、Tの前のモニターを指した。
Dr.B:動画だと25分もかかるんで、静止画で見てもらいますね。
. 画面が切り替わり、ベッドに横たわる男が現れる。
Dr.B:これが、注射の直後、つまりスタート時点のあなたです。
. 画面右上にタイムが00:00:30と出ている。
Dr.B:はい、次。
. Dr.Blackが、若い医師に言うと、画面が替わった。
Dr.B:5分後です。少し変化していますが、わかりますか……ね?。
T :うーーん、顔の色が白っぽくなってるような……。
Dr.B:そうです。消え始めてますね。この頃あなたは、部屋が暗くなり始めた、と感じたはずです。はい、次。
. 画面が替わる。今度は、頭、顔、手、足など衣服を着けてない部分がほぼ透けて、ベッドのシーツと二重になって見える。
Dr.B:はい、次……15分後です。
. Tと機器を繋ぐコード3本が宙に浮いてる。Tは、目を見張った。体の露出して る部分が、全く見えない。下着のシャツ、トランクスだけが体型を保って膨らみ、ベッドに転がっている。
Dr.B:完全に消えました。おめでとうございます!おそらくあなたが、人類初の完璧な透明人間です!。
. Dr.Blackは、Tの手をとり、強く握手すると、大声で笑った。いつの間にかTの周囲に集まっていた看護婦、事務員も大きな拍手をし、口々に「おめでとうございます!」を繰り返した。


. 車は、舗装されてない道を走っているらしい。車体が、左右に揺れ続け、時々おおきくバウンドする。Tは目隠しされて、帰りの車に乗せられ、もう30分くらい走っているだろうか。来たときも目隠しだった。運転は若い医師で、Tの隣りには介添え役として女事務員が同乗している。3人とも研究所を出てから黙っている。と言うより、こう揺れては、話しもできないのだ。<そうか。〔宮沢りえ〕だ…>初めて会った時から、事務員がだれかに似ていると感じていたが、いま揺られているうちに思い当たった。そっくりという訳ではないが、漠然と雰囲気が似ている。そのときから事務員はMs.Rie(ミズ・リエ)になった。


. あれは、3週も前だったか…Tは思い出していた。Tは、R大学病院から10分ほどはなれたさびれた喫茶店で、いま同乗している2人とヒソヒソ話しをしていた。TはR大3年生だ。彼の通う経済学部は医学部からは30分ほど離れている。ただ2年間ほどアメリカ・カナダなど留学(とは、建前で、ほとんど遊び)してたので、23才になる。
. 男はR大の医師で、いまは付属の研究所に勤務している。女は研究所の事務をしている、と自己紹介した。
T :透明人間!?透明人間になれるんですか?。
. 他に客はなかったが、二人はあわてて、静かにするよう自分たちの口を手で覆ってみせた。
Dr.W:静かに!。
. 話しを要約すると、

◎大学の研究所でひそかに「透明人間」の研究をしてる。(学内でも、それを知っているのは極く少数だけ)
. ◎研究はサルの実験まで無事に終わり、ヒトで試験する段階にはいって、適合者を選択している。
. ◎病歴、血液型、体力、酒を飲まないこと、タバコを吸わないこと、我慢に強いこと、秘密の保持性、家族構成、交友関係(特に恋人がいないこと)などで、全て適合する者は、かなりしぼられる。
. ◎いまTも有力候補の一人だが、被験者になりたい希望はあるか……

といった内容だ。
Dr.W:なんといっても、まず視力が良くなくてはいけません。
. 唖然と聞いているTに、Dr.Whiteは続ける。
Dr.W:でないと、透明になったら、メガネやコンタクト・レンズ2個が空中浮遊してしまいますからね。それにとうぜん裸になる訳ですし、食事も好きな時に食べられる、という訳にいきません。いろんな意味で、忍耐が求められます。その代わり得られる喜びは、ある意味無限です。
. 「そうですよ」と、Ms.Rie(=Ms.R)が後を継ぐ。
Ms.R:あんなことや、そんなことも……男性としての願望を全てかなえてくれますよ。ね、夢のようでしょ。
. ケータイの番号をやりとりし(メールはダメ)、その後週に一回ていど、同じ喫茶店で3回会って更にくわしい説明を受けた。2回目のとき、Dr.Whiteはノートパソコンで、猿での実験動画を見せた。猿は檻の中でじょじょに消えてゆき、 やがて首に巻いた赤いリボンだけが浮遊している。渡されたバナナが、空中で自分から服を脱ぐように皮を脱ぎ捨て、猿が食べる。すぐに砕かれて、粘土状になり下へゆっくり落ちていく。
Ms.R:どうです?
. と事務員はほほえみ「完璧でしょ」
. そのおよそ3週間、Tは一人考えつづけた。というのは、<飽くまでも極秘の研究なので、絶対他言しないように…>と、強く言われ念書にサインしていた。一番のネックとなったのは経費だが、幸い彼の家はかなり裕福な部類にはいる。彼は、自分の車もバイクも持っている。いざとなれば、バイクを売れば、百万にはなるはずだ。「一生に一度透明人になってみるのは、貴重な体験ですよ。ある意味、月旅行よりスリリングで、ずっと貴重です。それになにより、ずっと安全です。」
. と誘われると、心がかなり傾いた。その面談の期間、買ったりレンタルするDVDや本も、つい「透明人間」関係ばかりになり、気がつくとすっかり詳しくなっていた。
. そして今日が実行の第一日だ。事前の説明だと、

.◎一回めの所要時間は、初めてなので小一時間(透明になっているのは、十分ほど)
.. ◎透明化していくと、網膜も透明になるため、光りが通過してしまう。つまり、光りを感じることができなくなるので、被験者の視界が暗くなる。
.. ◎二回目以降じょじょに時間を長くしていと、視神経が環境に適応してくるので、だんだん普通に見えるようになってくる。
.. ◎ただし、透明化や視力の程度は、個人差が大きく、実際はやってみないとなんともいえない。

と、だいたい以上だ。

ようやく舗装道にでたらしく、揺れがなくなり、3人ともほぼ同時に大きなため息をついた。
Ms.R:あー、疲れる…。早く舗装してほしいわ。…ごめんなさいね、アイ・マスクもうすこしがまんして ください。それで、どうでしたか、透明人初体験は?
T :どうも、こうも……自分で透明を確認できないから実感がない……。
Ms.R:そうですよね。次回あたりから確認できるはずですから、それまで、辛抱してくださいね。
. 街中らしい喧騒が聞こえるようになった。
Ms.R:透明人になったら、なにがしたいですか?
. 事務員の声は、半分わらってる。
T :そうだなぁ、いろいろあるけど、女の子の部屋へも入ってみたいし、探偵になったら名探偵になれそうだな。 どこへでも入れれば、なんでも調べられる……シャーロック・ホームズを気取るのも悪くないな。それから、気にくわないヤツを ひどい目にあわせてやれると思うと、考えただけですかっとするな。
Ms.R:さあ、もういいですよ。
. 事務員は、アイ・マスクをはずした。
Ms.R:ごめんなさいね、窮屈な思いさせちゃって…あまり詳しくは言えないんだけど、このプロジェクト、政府が関与 することになって、秘密保持がますます厳しくなったの。つかれたでしょ。
. 意識して作っているのか、妙に甘い声に耳を貸しながら、Tは外を見た。まだまぶし く、焦点がうまくあわない。やがて、見慣れた町並みの中を10分ほど走り、経済学部の広い駐車場へ入る。おつかれ さまでしたと事務員は、ブリーフ・ケースを開け、
Ms.R:これが、領収書です。ただ、人に見られないように気をつけてください。特に家族の方に。
. と、渡された一枚の紙を見た。


......... ¥1,200,000.--

.... ただし、Φ(ふぁい)プロジェクト体験経費(第一〜第五回分とし て)


Ms.R:それじゃ、来週ここで同じ時間に待っていますよ。今度は、時間が少し長くなりますからね。先生がね、あなたは、透明人にとても適合してるって、よろこんでらしたわ。
. Tはドアーを開け外へ出た。Ms.Rieはきれいな笑顔で手を振り、車は去っていった。


. 2回目。例のように目隠しされ、研究所へ着いた。部屋へ通ると、すぐに看護婦(Yuki)が来た。
Yuki:こんちは〜、きょーの気分は〜?。
. と、にこやかに話しかける。事務員も美人だが、こちらもなかなか美形だとあらためて Tは気づく。事務員は大人の美人で、看護婦は美少女タイプというところか。語尾上がり(〜)の口調が、ちょっと耳ざわ りだ。
Yuki:どしました〜?ぼーっとして〜。
. 血圧を測りながら、彼女が笑う。
T :あ、いや、ちょと考えごとしてた……。
Yuki:そ〜、どーせ〜彼女のこと、考えてたんでしョ〜。きのう〜お薬ちゃんと飲んだあ〜?
. 実験の前日は、排泄物を透明化するために昼食・夕食後けっこう大量のカプセルを 飲むことになっている。
T :飲んだよ、お腹がいっぱいになるくらい。
Yuki:そう〜、よくできました〜。
T :でもさ、今朝のウンチ普通だったぜ。透明になってるかなー?て、楽しみにしてたのに…。
. Yukiは、はは…笑って
Yuki:まだ、無理よ〜。24時間後にきくようにできてるからね〜。
. それから、その日の予定を説明する。

◎今日は全裸で体験
..◎薬の量を増やすので、三時間くらいかかる予定
..◎ うまくすれば、透明化を確認できるかもしれない。


Yuki:じゃ、全部ぬいで〜。
. Tが、少し躊躇しながら脱ぐ。
Yuki:保温クリーム、ぬりますヨ〜。
. 彼女はTの背後に回り、背中にクリームを塗り始める。
T :あ、後は自分でやるから……。
. Tは慌ててクリームを受け取ると、腕、腹、足に塗り
T :顔も……。
. と、訊くと
Yuki:えーっと、塗ったほうがい〜かな〜って。
. それから錠剤を飲み、ベッドに横たわって注射をうたれる。
Yuki:たぶん〜、だいじょうぶ〜と思うけど〜、寒いようだったら〜言って〜ね。
. Tは無言でうなずく。少し不安な感情がわいてくる。看護婦は、じゃ〜後でまたね〜、 と出ていった。眠くなってきた……と、思うか思わないうちに、Tの意識は消えた。
. ……どれくらい経ったのか?暗闇の中で、Tは目を覚ました。自分に確認するために強く まばたきしてみる。<起きてる。この後どうするんだろ…?>ぼんやり考えていると、ドアの開く音がした。
Yuki:目、覚めましたあ〜。
. 看護婦が、入ってきたらしい。音からして、一人のようだ。
Yuki:寒くないかな〜?
. と、毛布をめくる。
Yuki:わ〜、ほとんどシースルーよ。立てれば、たしかめれるけど〜、立てそう〜?。
. 息のかかるくらいの距離で訊く。
T :どうかな…。
. 言いながらゆっくり体を起こしにかかる。
Yuki:気〜つけて〜、ふらつくから〜。
. 彼女は、Tの頭・腕のパッドをはずすと腕をとって介助する。たしかに、頭はボーッ としている。体も半分自分のものでない感じで、ベッドに腰かけた。背伸びしようと両手を突き上げた途端、Tの拳が 彼女の頬をかすり固いものに当った。彼女は、ギャッ!というような声をあげた。
T :ごめん!、なぐちゃった?大丈夫か?。
Yuki:あたたた……、ううん、だいじょうぶ…ちょと、痛かったかな〜。
T :ごめんね、見えないもんだから。…メガネしてたっけ?
. Tは、彼女が眼鏡をかけてるのを見たことがない。それに、感触は眼鏡というより、 もっと頑丈な、まるでゴーグルのようだった。
Yuki:ああ、これ〜暗視グラスよ〜。
T :暗視グラス?…だって部屋は明るいし、君はふつうに見えるんだろ?
. 彼女は、はは…と笑うと
Yuki:バカね〜、なにか忘れてない〜?あなたはいまシースルー、だから〜わたしから見えないの〜。このグラスで、 あなたの赤外線キャッチして見るのよ〜。
T :ああ、……そうか。…そうだよな。
. Tはゆっくり立ち上がる。相変わらず視界は暗闇だ。
Yuki:右へいきま〜す。…あわてないで、ゆっくり〜。
. 彼女は、Tの腕を取ってリードする。
Yuki:右よ〜…そう、そう…ゆっくりね〜…はい〜…あんよはじょうず〜。
. 10歩も歩いたところで、
Yuki:は〜い、ストップね〜…ここで、左むいて〜…そのままね〜。あなたの前の壁に鏡が、あるのね〜…じゃあ〜、 いまからライトをあなたに当てるけど〜…視力が回復してないから〜少しずつ強くしていくわね〜…なんでもいいから 〜見えたら〜、そう言ってね〜。
. Tは訳のわからないまま、前の闇を凝視した。
Yuki:う〜ん、まだだめか〜…そうとうまぶしい光りなんだけど〜…もちょっと、上げるね〜。
. Tの視界に、かすかに四角形が浮かぶ。
T :なんか、四角が見える…。
Yuki:そう〜…じゃあ、もう少し〜強くするね〜…ほとんど限界よ〜。
. 彼女が答えると、白っぽい四角形がはっきりしてきた。
T :白い四角がみえる。
Yuki:よーく見て〜…なにかな〜?。
T :…ただの壁…カレンダーが貼ってある…。
Yuki:あなた自身は、見える〜…鏡に映ってる〜?。
T :いや、壁だけ……。
Yuki:そうでしょう〜…あなたを透かして後ろの壁だけ〜みえるの〜。
. しばらくTは壁に見とれていた。手をあげたり屈伸もしてみたが、なんの変化もない。
Yuki:どう〜?…透明人の気分は〜?
. 彼女は、半ば笑いながら訊いた。
T :Uuuu..、なんともへんな気分。
Yuki:じゃ〜、消すわよ〜。
. と、彼女の言葉が終わらないうちに四角い壁は消えた。
Yuki:も一つ確認テストがあるけど〜……つづける〜?…寒くない〜?
. 保温クリームのせいかどうか、少し体がほてるくらいだった。
T :だいじょうぶ。続けよう。
Yuki:じゃ、やるわ〜…先生から聞いたと思うけど〜…注射の薬には、わずかに蛍光物質がはいってるの〜… だから〜、紫外線を当てるとひかるわけ〜……で〜いまから〜ブラックライト当てるけど〜蛍光は、暗いとこじゃないと 見えないんで〜……ちょっと待っててね〜部屋の照明消すから〜。
. と、彼女はドアーの方へ向かったらしい。すぐに戻ると
Yuki:あなたの眼も紫外線は感知するはずなの〜、んで〜、そのテストなのね〜、い〜い…鏡のほうをむいててね〜…すこしづつ強くしてくから〜、また見えたらおしえて〜。
. Tは、また闇を見つめる。しばらくすると、白いモヤがかかった。
T :青白いものが、ぼんやり見える。
Yuki:そう〜……そのまま見てて〜。
. 青白い光りがはっきり浮かびあがってきた。人の形だ。
T :人だ。青白く光る宇宙人みたいなのが、はっきり見えるよ。
Yuki:はは…ほんと宇宙人みたい〜…鏡に写ったあなたよ〜……動いてみるとわかるわよ〜。
. Tは、片手をあげてみた。同時に人影も手をあげる。ピヨンと跳ぶと、むこうも跳ぶ。 〈鏡だ。そして、写っているのは、まちがいなく僕だ〉なぜか笑いがこみあげてくる。
Yuki:どう〜?
T :HaHaHa…ぼくが、光ってる。
Yuki:全身に蛍光物質がまわってるようね〜、あなたは、全身シースルーなの、納得した〜?…もうブラックライト消し ていいかな〜?
T :A-a-a-aaa…。
. 突然、視界から青白い人影が消えた。
. その後、腕をとられてベッドへ戻り保温クリームをふき取った。
Yuki:シャワーする〜?
. 背中を蒸しタオルで拭きながら彼女が訊く。
T :Uuu..、ま、いいや、帰ってからする。……ところで、さー、Yukiちゃん、カシいるの?
Yuki:いないのよ〜、募集中〜。
T :へー、どんなのが好み?
Yuki:そーね〜、できればお金もちがいいかな〜て…でも〜お金さえあれば、いいってもんじゃないし〜…あなた はどうなのよ〜、付きあってるんでしょ〜。
T :それが、いないんだよー。
Yuki:ほんとに〜?…けっこうイイ男だし、お金もありそうなのに〜……わかった!〜…条件が多いんだ!〜。
T :そんなことないさ。Yukiちゃんこそ、カワイイから、ほんとはいるんだろ?
Yuki:あーあ〜、たがいに淋しいネ〜…はい、透明薬をはやく消すお薬よ〜
..Tは、錠剤を飲むと横になり、すぐに眠りに落ちた。



Q :透明人間かー、一度なってみてなー。
..と、Qが嬉しそうに言うと、横から女子学生のNが、
N :あーたなんか、ダーメよ。世の中のためにならないに決まってる。
Q :なんだよー。
N :だーて、どーせロクでもないことしか考えない。
Q :ロクでもねーことって、なんだよー。
N :女子更衣室のぞくとかー、どーせ、そんなことしかかんがえないしょ。
..まさに図星らしく、Qは、Uu--Aaa--口ごもると、指の上でコインをくるくると移動させた。 彼はいつもコインを持ち歩き、指の上で右から左、左から右と器用に移動させる。
..Tは久しぶりにサークルに顔をだした。魔術研究会という、なんだかよくわからない会だ。特に興味があったわ けでもない。ほかにも落語研究会、軽音、同人誌にもはいっていることになってる。が、どれにも、忘れられるくらい顔 をだしてない。
N :あら先輩、ずいぶん久しぶりですね。
..Nは、驚いて大きな声をだした。幽霊会員でも一番古株だし、歳もくっているせいで、NもQも言葉づかいが ていねいになる。
Q :ちーど、よかったす。先輩、智恵かしてください。
..秋の終わりころ大学創立記念日がある。特に今年は、創立100年ということで大学祭が 盛大におこなわれる予定だ。 当然、魔術研究会も演技予定をしている。参加するために実行委員会に企画書を提出しなければならない。が、 締め切りが近づいている。これといった企画もないうえ、サークルの意見がまとまらなくて困っている、ということだ。Tがカフェテリアへ行こうというと、Qが 金欠だと言う。ちょうど現れたL(女子)も誘って、
T :しゃねぇーな、今日はおごるよ。
..四人で、カフェテリアに陣どると、TはバッグからDVDを出してテーブルの真ん中においた。
T :さっきのはなし、ネタにこまってるならこれなんかどうだ?
..三人は、頭を寄せて覗き込む。
Q :Invisible Man…って?
N :透明人間。
Q :へーー、おもしれーかも。
..Tは家をでるとき、急に思いついてDVDと一冊の本をバッグにつっこんだ。透明人間という存在を、ひとはどう思っているのか…… 知りたい気がしていたから。
L :日本でもアメリカでも、あるていどできてるって…。
..おとなしく、子どもっぽいLちゃん(英文科)は、会の中ではおそらく一番知識豊かだ。
Q :まじかよー!カプセルのむんかー?
L :まさか…薬のたぐいじゃ、むりだって…文系でも、ふつう、それくらいわかるって。… スーツタイプなのね。よーするに背景になるとこが、体の前に見えればいいんだから……グラスファイバーなんかで、 背景を前に持ってくるらしい…って。
N :だけどー、けっこーおおがかりにならない?
L :いまんとこ、そーらしい。それと、解像度がまだじゅうぶんじゃないってー。
T :スーツタイプで実用になるのは、そーとー先のことだろうなー。その間に、薬タイプで成功する科学者が出るかも。
..言いながらTは、かなり自己満足を感じる。
N :うまくいくんなら、薬のほうが実用的よ、ねー?。
..それからQの「一度なってみてーなー」発言があり、Nに冷たく却下された。
Q :おれのことよりさー、たとえば第三国軍が透明部隊で攻めてくるって、こわいもんがあるぜ。
N :ゲーム頭の考えそーなことねー。そこへ、火を吐く怪獣もまざって、ナビの妖精が救ってくれるんでしょ。
L :透明部隊ならー、戦車とかバズーカとか、重火器はいらないんじゃーないー。ダガー(ナイフ)ひとつで乗り込んで ひとりづつころしてくってー、そうなるんじゃー……。
..と、Lが物静かに発言。
N :Lちゃんー、なんでそんなことくわしいのよー…こっちへ帰ってきてーー!。
..Tの中で「俺が人類初の透明人間だ!」という言葉が外へ出たくてうずうずしている。 が、もちろん押さえ込むしかない。
T :で、さー、たとえば透明人間になれるとしたら、そーだなー、一日当たりいくらまでなら出すかなー?もちろん金はいくら でも自由に使える身分でー、自分にだけ与えられたチャンスだとして…。
..三人ともしばらく考えこんだ。
N :Nnnn…3万円かな、いや、どうだろー?…2万…。
Q :そんなもんじゃーねえだろー……。
L :わたしなら、1万かな。
Q :金はいくらでもあるんだぜ。オレなら10万以下はねーな。先輩なら?
..Tは、ドキッとした。
T :10万以下ではないな。
Q :そうっすよね。もしネット・オークションにでたら、楽に100万越すぜ。
..と、コイン移動が早くなる。左右どちらの手でも器用に移動させるのを、しばらくTは感心してみとれた。小さな生き物 が、Qの手の甲でじゃれて遊んでる、という感じだ。
N :わかった!…男性陣は、やりたいこと、やましい願望が共通してるからー、みーんな値段が高くなるんだー。その点 清らかな乙女は、やましくないから、安くなんのよー。
Q :そーかなー……。
N :そーだよねー、Lちゃん、そう思わない?
L :そーねー、そんな気もするかなー。だってー、女の子が透明人間になっても、特にーしたいこともないしー…。
Q :お前ら、夢がねーなー。たとえばよ、好きだけど振り向いてくれねー彼のそばにづーっとおれるんだぜ。彼の部屋にも入れるし、… 怪盗ルパンにだって…。透明だから赤外監視にもひっかからねーぜ。
..ワイワイがやがやあって、Qが、バイトの時間だ、と言った。
T :じゃ、どうかな。「透明人間」をテーマにして、全体をコント仕立てにして、マジックを織り交ぜる……というのは。 マジックで物を空中浮遊さすのは、慣れてるだろ?
N :そー、いいんじゃないかなー…それならいけそー。
..「それいーい」「よっしゃ」となって、あわててQがバイトへ向かった。






「透明人間になりませんか(2)」へ続く






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