はっくつ文庫-------------------------------------DBL(埋蔵文学発掘)会
著作権に充分ご配慮ください。
コピー・転送 禁止です。









透明人間になりませんか?

(5)





 

星空 いき

Hosizora Iki

















登場人物一覧表


. 居酒屋からの帰り道、
W :透明の定義に当てはまらないだろけど、ある意味地球上で一番透明な生物は、蛸かもしれないな。
T :タコ?
W :蛸の擬態はみごとだぜ。海底の砂や岩と完全に見分けがつかないほど同化する。岩に貼りついて同化した蛸は、存在が消えてしまう。そんな手もあるということだ。
T :そういえばTVで見たな。体型や泳ぎ方まで、みごとにそっくりに変身するやつ…。
. Wが笑いながら言った。
W :いっそ蛸の皮膚を体中に移植したら。
T :それが、いいかもしんねー。
. Tも笑いだした。二人は、大学と地下鉄に分かれる交差点にさしかかった。Wは研究室に戻ると言い、Tは地 下鉄へ向かった。地下鉄の車内。考えまいとしても、時間が空くと同じ考えが襲って来る。
. Tの体験を少なくとも二人は、強く否定した。
......W……・強い否定……信頼度=大
......謎の女……強い否定……信頼度=??
. Tは、混乱してる情報を整理しようと努力していた。〈φプロジェクトの関係者に質問すれば、否定する 訳がない。真実を知っていて、嘘をつきそうにないのは、Yukiだけだ。いや、それも絶対じゃない。今のところ肯定派は、オレだけだ。オレ は自分の眼で、透明を確認した。間違いなく透明だった。やっぱりYukiに……〉深い森に踏み込んだように同じ処を逡巡するTに、 ひらめきがあった。〈前々回(3回目)、注射はしなかった。その薬をもらう権利があるはずだ。1回15万円もするんだから。5回目の分もも らえば、二度自分で試すことができる……〉そうなれば、確認の方法はある。早速Ms.Rieに連絡を…と、思ったが、電話連絡の時間は、 最初から指定されている。〈しかたない。あす、一番にしよう〉
. 家に着いたときには、手枷足枷がはずれたように気分が軽くなっていた。ビールが欲しくなり、ダイニングに向かう。
M.T:あら、遅かったのね。
. フロあがりのM.Tが、髪を乾かしていた。
T:うん、Wとちょっと飲んでた。
M.T:おフロはいるんなら、早くしなさい。
. 冷蔵庫から缶ビールを出し、座る。
T:今日は、いいや。
M.T:わたしにも、一口だけちょうだい。…これでいいや。
. 差し出された湯のみにビールをそそぐ。
M.T:そうそう、オートバイの社長さんから電話あったよ。
. Tは少しドキっとした。
T:なんか言ってた?。
M.T:ううん、連絡くれないかな、って。
T:分かった。あした店へ行ってみるヨ。


. 総務省第一別館の地下三階。特別捜査班のメンバーが顔を揃えている。地上の最初の入り口からこの部屋まで、IDカードを三回通さないとたどりつけない。地下深いのは、有事のときのシェルターだからだが、光りファイバーで引かれた自然光があふれ、背の高い樹木や池をめぐるちいさな流れが水音をたてている。
U :ボス、そろそろ潮時じゃないでしょうか。
. 女の捜査員Uが、小鳥に餌をやっている壮年男性Xに問いかけた。
X :調査データも揃ったようだしな。キミはどう思うね?
. S1に質問する。
S1:φプロジェクトは、完全にインチキであることに間違いはありません。30人から集めた金額は4500万円になります。その金の流れも把握できています。いつでも提訴できます。
X :ふ--ん、被害者たちが告発しない理由は?
S2:簡単にいいますと、騙されたと思っていないからです。そこが巧いんですね。彼らは、心の半分で満足しています、貴重な体験ができた、と。できれば、皆なに吹聴してまわりたいくらいなんです。あと半分は、虚しさです。透明人になってみたら、完璧にひととの交流が絶え、存在を無視されることに気付いたんです。この世の誰も、彼の存在すら知らないという、究極の孤独感です。ですから、5回のプログラムが終わるころには、それ以上続ける気持ちが無くなります。もちろん経費が掛かるという問題もありますが…。とにかく、ほとんどの被験者が、さらに延長することを希望しません。
S1:延長を希望されるとプロジェクト側もこまるんです。長引けば長引くほど、ボロがでる危険度がどんどん高くなりますからね。5回で満足して諦めてくれれば、一番思う壷なんですね。
U :毎年この時期なのも、計画の一部なんです。日ごとに寒くなる時に戸外で全裸になるのは、相当覚悟がいりますからね。それでも希望するなら、「専用タイツやマスクが必要となる」と高額を示し、諦めるよう追い討ちをかけます。ほぼ全員が、「ある程度体験できたし、まあいいか…」となるんですね。被験者を選ぶ基準は、経済的に余裕がある者、理科に強くない者がまず第一条件になっています。ですから、「120万円かかったけど、いい経験だった」と、自分で納得してしまうようです。誰も、自分が簡単にサギにひっかかったと、認めたくないですしね。
S1:それでも延長を希望するのは、目的のある者ですね。そして、目的は、当然なんらかの違法行為……犯罪を考えている、と思って間違いないようです。
X :なるほど。……ところで、
. と、XはUを見つめる。
X :Tの件は、どうした?
U :はい、先日プロジェクトはインチキだから、関わりを持たないように警告しました。
X :で、どうだい?
U :警告にかなりショックを受けたようです。
X :手をひきそうかな?
U :う------ん、五分五分というところでしょうか…。
X :Tは、透明人を疑っていない、ということか?
U :はい。自分で透明を確認できたので、まだ強く信じていますね。…ところで、一つ伺ってもよろしいですか……?
X ::なんだい?
U :このCaseは、いってみれば些細な詐欺事件ですよね?こんなこと警察なり検察にまかせれば、いいんじゃないんですか。何も、政府が直截乗り出さなくても……。
X :もっともな質問だ。特にキミには現場に潜入してもらって、すっかりこの件に嵌まり込ませたから、説明しておいた方がいいかもしれないな。……五年ほど以前に、R大学でマウスの透明化に成功した、という話しがあった。それは、偶然の出来事だったんだけど、兎に角その時からこの研究は、政府の管理下に置かれ内密に進められてきたんだ。というのは、先進各国はどこも、この手の研究を密かに開発している、という情報が前からあったからな。
. 室内へ戻ると、給仕ロボットが、それぞれの好みの飲み物を運んできた。部屋の中には、Xの冷静な重い声とかすかなエアコンのうなりだけが流れる。
X :結局マウスの実験は、透明化というにはまだほど遠いものだったが、研究者の説明では「この方向で研究を進めていけば、遠くない将来に透明人間は可能だ」ということだった。でも、それだけなら大袈裟にならなかっただろうけど、この話しにある大物政治家が強い関心を持った。その結果、鶴の一声で、極秘の国家事業になってしまった。さらに最近研究がかなり進んで、猿で半透明になるところまで来たという噂がある。そっちは、別のチームが調査しているから、私も詳しい事は知らない。もしそれが事実なら、ますます研究に拍車がかかる。こんな些細なことで提訴するわけにいかない、という訳だ。
U :この件は、おおっぴらにはできない…と、言うことですか。すると、わたしたちの仕事は何なんですか?
X :プロジェクトの小遣い稼ぎをここでストップさせることだ。それも穏便に。いつまでも続けさせておくと、どこかで必ずボロが出て、世間に知れわたる。そうなる前に食い止める……それが、わたしたちの任務だ。


..キャー!
. 突然の叫び声が部屋に反響した。皆な(Dr.B、Dr.W、Ms.Rie)が驚いて声の方へ振り向いた。
Dr.W:どうした!?
Ms.R:何かあったの?!
..声の主はYukiだ。
Yuki:動いた!自分で、かってに〜。
..Yukiは自分のカップを指している。
Yuki:カップが〜…動いたの。お茶をこぼすといけないから〜、こっちの端においといたのよ〜。それが〜…かってに〜、すーっとこっちへ来たの〜。飛ぶみたいに〜…。
Dr.B:そんな、ばかな。
Yuki:ほんとだって〜!
..三人は、じっとYukiを見つめた。
Dr.W:実は、ボクも今朝ちょっと変な経験をした……。
..と、Dr.W
Dr.W:そっちのデータファイル取ろうと、ちょっと立ち上がって椅子に掛けたら、椅子が無かったんだ。 もう少しで思い切り尻餅ついて、ひっくり返るとこだったよ。まるで誰かが椅子を引いたみたいだった……。
Ms.R:わたしの、強烈よ!トイレなんだけどね。用をたしてたら、変な作り声で「わたし花子よ」って聞こえたの。 それが二回、すぐ近くでよ。もう、びっくりして、急いで出てきたの。で、外で誰か出てくるかとしばらく待っていたんだけど…中には、誰も いなかったみたい。
Yuki:ああ、それでトイレの外に立ってたの〜?
Ms.R:そうそう、そこへYukiちゃんが来たのよね。その後トイレで変った事なかった?
Yuki:ううん〜、べーつに〜。
Dr.B:ま、勘違いとか、思い違いってことも、よくあることだから……。
Yuki:でも〜三人も…って、ちょっと多くないです〜?
Ms.R:なんか、気持ち悪いわー。背中がぞくっとする…。
Dr.W:そうだよな、まるで見えないヤツがいたずらしてるみたいで……。
Dr.B:変な事言うなよ。透明人間なんているわけないじゃないか。
..Dr.Bは笑ったが、他の誰も笑わない。
..その夜TはYukiからのメールを受信した。
....---------------------------------
.........打ち合わせどーりやったよ。
.........そうとうビビってた。
. .......おかしくって、笑いがまん
.........するの大変だった。
.........とにかく、うまくいった。v(^o^)
.........どう?もう一度やる?
....---------------------------------
..Tの返信
....---------------------------------
.........いや、やらない方がいいよ。
.........何度もやると、むこうも警
.........戒するから危険だぜ。
.........ありがとう、な。
.........会って、打ち合わせたいから、
.........また都合いい日教えて。
....---------------------------------
..メールするTの脇の箱の中には、さらに小さな箱(10℃以下で保管のこと)が二つはいっている。 Ms.Rieに連絡をとったのが、4日前だ。
Ms.R:薬だけほしいんですか…?
T :そう、3回目と5回目の二回分もらいたいんだ。
..無理だと思うとMs.Rieはかなり抵抗した。Tも引下らなかった。
Ms.R:わたしでは決められないから、先生や上司に相談して返事します。
..半日後、返事が来た。薬は渡すと言う。ただし、いくつか条件がついた。
...◎薬の使用に当たっては、違法行為、公序良俗に反する行為のないよう充分に留
...意すること。
...◎国家機密だから、絶対第三者に渡したり話したりしないこと。守れなかった時
...には、相当に厳しい処分を覚悟すること。
...◎受け渡し終了と同時に契約も終了する。従って連絡は一切できなくなること。
..薬は、Yukiに持って来てもらいたいと、Tは頼んだ。そして昨日、約束の以前の公園へYukiがやってきた。
Yuki:Yukiね〜、あなたに話したいことがあるの〜…、時間がちょっとかかるけどいい〜?
T :なんだ?Yukiらしくないなー。元気ないぞー、どうかした?…時間なら、いいぜ。
..二人は、ベンチに掛ける。平日の午前で、パフォーマンスの若者たちもいない。
Yuki:わたし、今の研究所辞めるつもりなの〜。でも、その話しの前に〜あなたにあやまらなきゃ、いけないの〜。 ごめん…あのプロジェクトぜんぶ嘘なの、いんちきなのよ〜。…いままで黙ってて本当にごめんなさい〜。
T :そうじゃないかと、思ってたんだ。実は、その事Yukiに聞きたかったんだ…インチキだと分かってて、 どうして今まで……。
Yuki:復讐のためよ〜。
T :復讐?
Yuki:そう、わたし〜復讐のために研究所に入ったの。
..気温もあがってきて、今日も心地良い小春日和だ。止まっていた噴水も活動を始め、水滴が光りの粒子を撒き散らす。Yukiの話しによると 、二年前Yukiの兄がφプロジェクトにひっかかった。当時看護学生だったYukiにそっとプロジェクトの内容を話してくれた。Yukiは否定したが、兄は プロジェクトを信じ、多額を注ぎ込んだ。それどころか、喜んでさえいた。今でこそ、もしかしたら騙されたのか…?と思いかけてるが、 当時は新興宗教にかぶれた状態だった。看護師になったYukiは、仮想の研究所を探し出し、入り込むのに成功した。そしてプロジェクトの実像を知るため 積極的に仕事をし、細部まで調べあげた。
T :Fu---、で、復讐って?……つまり、金を取り返そうってこと?
Yuki:…って言うより、お金は取り返せなくてもいいから、恨みを晴らしたいの〜! 納得のいく復讐の仕方ないかなーって〜思うんだけど〜、そこで、いきずまって〜…。
..公園に沿った道路には、ランチタイムになるとハンバーガーや焼きソバ、弁当などの車が出店する。そこで昼食を買い、 二人の相談は続いた。ようやく纏まった頃には、陽が傾いて寒くなり始めていた。
T :だから研究所辞めるのは、もうちょっと待って。Yukiがいないと、計画の実行は不可能だから…。
Yuki:うん、わかった〜。なんだか楽しくなってきた〜、うんと懲らしめてやろうよ〜!ああ、そうそう、これお薬ね〜。注射器付きだかンね〜。
T :これってさー、中身なんなの?
Yuki:ほとんど栄養剤だと思うけど〜、なんか他のも入ってるらしーの〜、それ以上わかんないンだ〜。本当の研究は、場所も秘密でやってるから〜…。
..メールを終わって、Tはやれやれと安心した。〈これで、すこしはYukiも気が済んだかな。けど、本番はこれからだ〉と、 小箱から封をした注射器を出す。Yukiと話して疑問がすべて解けた訳ではない。まだ2〜3残っている疑問の中で一番は、4回目の事だ。 〈明るい部屋の鏡の前で服を脱いだ。そして、確かに透明だった……〉Tは、注射器を見つめる。一番確実なのは、誰かに打ってみてTの目で結果 を見届ける……それだろう。もう一つは、もう一度Tが自分で打ってみる。とにかく、注射薬は2回分しかない。〈ここは、よーく考えなくちゃー〉


..サークルの稽古は、多くの紆余曲折を経て(その度にもめて)、なんとか完成に近づいていた。掛軸の箱を 抱えて館の主人(Tの役)が、部屋の中をうろついている。窓の外はドライアイスの深い霧。
警部(Q):ご主人、まあ、落ち着いて。大丈夫ですよ。これだけ多くの警官が、屋敷の内も外も守っているんですから、安心して座っていてください。
..犬の吼える声がして、透明犬(首輪のみ)が飛びこんでくる。透明犬(首輪)は主人に突進し、箱を咥えて部屋の中を走りまわる。突然、落雷の閃光があり、激しい音響が響いて、Dooon!と窓が開く。照明の明滅する部屋へ霧が流れ込み、軸の箱と透明犬が窓から外へ飛んでいく。あわてて捕まえようとする主人と警部、警官が、スローモーションの動きで箱を追う。警部が外に向かって怒鳴る。
警部 :軸が奪われた!玄関の方へ行ったぞ!つかまえろ!
..部屋の警官は追いかけて出て行く。
主人 :やられた!
警部 :いや!かならず取り戻します!警官が追っています。
..うなって屈みこむ主人を警部がなだめる。
警部 :大丈夫です。実はご主人にも内緒で、箱の内側に電波発信機をつけておきました。ですから行き先が判らなくなることは、ありません。
..部屋の中に、どこからともなFu..Fu..Fuとかすかな笑い声が届き、だんだん大きくなっていく。きょろきょろ、あたりを警部が見回す。
主人 :発信機ならここにありますよ。
..いいながら、主人が立ち上がり、テーブルの上に発信機を投げる。
警部 :?、?…ご主人?
..主人の笑い声が、大きくなる。
主人 :ははは…まだ判らないですか…透明怪人ピンク・ルパンサー参上!
警部 :えーッ!!、ルパンサー!!??
..主人がカツラと顔のマスクを取って投げ捨てると、そこには何もない。
警部 :き…きさまは…化けていたのか!本当のご主人は!?
主人 :クローゼットでお休みいただいていますよ。ははは…
警部 :ルパンサー!逮捕する!
..ルパンサーが、さらにガウンを脱ぎ捨てる……何も無い。
主人 :はは、無理でしょうな、警部殿…これでどうやって捕まえます?
..ルパンサーの高笑いのうちに暗転。
N :はーい、そこまで!ОK!……ちょっと休憩だよ。
..Tが舞台袖からやって来る。
T :どーかな?いけそう?とくにガウンの脱ぎ方は…?
..練習でも一番苦労して、時間もかかったのは最後のガウンを脱ぐところだ。黒子は使わず、極細繊維12本で「糸繰り人形」のように操作するのだが、自然に見えるよう6人がかりだ。
N :いいんじゃないですか?なにかあります?、先輩…。
..とWに訊く。
W :いいと思う。欲を言えばきりが無いから、一つだけ。ここでfinishでは、観客は置き去りにされた気分だぜ?
N :ああ、このあと全員出場のフィナーレで、歌いながら小ネタのマジックをひとつづつやって賑やかに終わる…という予定です。
W :なるほど。
..Nがちらばっていた全員を呼び、舞台下で輪になって反省や意見を聞き、小さな修正が終わった時には外はたそがれようとしていた。Nの命令で舞台の片付けが始まり、TとWは見るともなく見ていた。
W :ところで、従兄弟のZ、その後どうした?
T :それなんだよ…話しというか、相談があるんだが…。
..部室へ引き上げると一年生は帰り、TはQを連れてビールを仕入れてくると輪になって乾杯をした。
Q :なんとかなりそーですよねー、よかった、よかった。
N :あんたの警部ね、ちょっと軽いのよー。もうちょっと、なんとかならない?…貫禄 あるように……。
Q :そーっすか〜?
T :そうだな、せめて声のトーンを落すといいかもな。
Q :こーんな風に…ですか〜?
..Qは押し殺した声を出す。
T :それじゃ、首をしめられたアヒルだよ!
..Tが笑い出し、みんな大曝笑になった。Qはゴホゴホせきこんで、
Q :やらせといて、そりゃーないっしょ…Gfe--ho!!…前から訊こうとおもってたんだけど…T先輩、なんで透明人間に興味もったんですー?
..Tもむせそうになった。〈 ばれてんのか…? 〉
Q :借りたDVD、英語版じゃないっすかー…できれば吹き替え版がよかったすー。
T :ああ、そうか、ゴメン。邦画にすりゃよかったな。〈 俺のことじゃなさそうだ… 〉
L :英語版でも、ストーリーはわかるんじゃない?
Q :うん、画面見てればな。単純なストーリーだから、さほど困らなかったけどサ。
T :第一は…従兄弟のZというヤツが、最近透明人間にはまって……それが、ちょっと問題あってな。そのせいサ。
..なにか反応があるかと、そこで一息いれたが、みんなTを見守って続きを待っている。言葉を選びながら、Tは、φプロジェクトの1回と2回の体験をうーんと簡略化して話した。3回目の体験談からは、できるだけ省略することなく、事細かに話した。Wも初めてなので、神経を集中して聞き入っているようだ。話しの途中で、「へー」「えーっ」などの感嘆詞が時折混ざったが、4回目の最後まで全員言葉もなく聞いていた。
T :ま……だいたい以上だ。
..一通り語り終わっても、誰もすぐには発言しない。いくつか溜息がもれる。
Q :マジっすかーー。
..Qがみんなの気持ちを代弁して、またしばらく沈黙が続いた。
..ようやくLちゃんが、口火をきった。
L :それってー、お金とられてんですかー?
T :ああ、5回の体験で100万少し、かかるらしい。
N :Fhihe−−!
Q :だけど、だけどさー!!透明になれたんすよね!本人が、間違いないって言ってるんでしょ。それなら、すごいことじゃん!
N :そうすると、なにが問題なですか?本人も満足してるんでしょ?
L :インチキ…だから、ですよねー?
Q :えーっ、インチキなんすかー?
L :そんなのー、インチキに決まってるじゃない。そういうことですよね?T先輩?
T :そういう事。その後にわかったことなんか総合すると、騙されてると思って、まず間違いない。…ただ…判らないのは、4回目は明るい部屋でゴーグルもなしで、Zが自分の体を確かめてる…たしかに透明だと。インチキだとすると、そこがどーなってんのか…。
..また全員黙り込んだ。が、考えは、それぞれに違っていた。
N :どういうことなんでしょうね?W先輩。
W :催眠術さ。
..みんな、驚いてWに注目した。
W :後催眠と呼ばれてる方法だな。4回目の時、回転する渦を見せられ意識がなくなった、と言ったよな。きっとその時掛けられたんだろう。話しから推測すると、注射がキーだな。注射すると、自分が透明になる、と暗示をかけられてるんだよ。
N :なーるほど……本当にそんなことって、あるのねー。
L :わたしもー、きっと催眠術だと思った。…けどー、だれにでも使える方法じゃないですよねー?
W :そう…うまくいくかどうかは、やってみないと判らない。だから、なんだっけ…100数えるんだったか?…とにかく、ひどく慎重にやってるよな。
N :そして、Z君には、たまたまうまくいった……と。
W :そういうこと。
Q :けど…そのあと患者のいる病室を歩いたりしてるじゃ、ないですか。透明になってないとするとー、すっぱだかっすよ。
W :だから、場所にいわゆる精神病棟を選んであるんだよ。それに、向こう、つまり患者もナースも慣れっこなんだろうな。毎日のように、そんなのがウロついてれば、だれも驚きもしないさ。また「透明病患者」がいる、と思うだけさ。
..ううーーん、みんな唸った。
N :だけどー、男ってバカよねー。そんなインチキにひっかかって100万円以上とられるなんてー…ほんと、あきれて物も言えないよー。どうして、そこまでして、透明になりたいなかなー。
..Tは、どんな顔をしたらいいのか弱りきって、あわててビールを流しこみ本当にむせかえった。


..Dr.Bは自分のデスクで、窓の外、遠い空と手にしてる紙片とを交互に見つめている。そして時々小さく唸ったかと思うと、顔が赤くなったり、青くなったり……それを、先ほどから何度くりかえしただろうか。
Dr.W:先生、どうしたんです?そんなに溜息をついて…。
..とうとう、我慢できないという感じでDr.Wが訊いた。
Ms.R:顔色が悪いですよ…だいじょうぶですか?
Dr.B:いや、なんでも……それより、君たち、最近なにか変った事は起きてないか?
..と、三人を見渡す。Dr.WとMs.Rieは「別に…」と、首を横に振った。
Yuki:変ったことと言うか〜…。
..Yukiが、口ごもる。
Ms.R:なーに?なんかあったの?
Yuki:う〜ん、おとついの晩アパートへ帰るときだけど〜…住宅地の、ちょっと暗いとこで〜…後ろから来た車から声かけられたの〜。
Ms.R:ああ、あの人通りの無いとこでしょ。だから、言ったじゃない、一人のときはあそこはダメだって。少し遠回りでも商店街のほうを通らなきゃ。で、どうしたの?
Yuki:横に車が来てね〜、窓から顔出して「ねー、遊ぼうよー」って、アンちゃんが、呼んでるの〜。
Ms.R:それで…?
Yuki:知らん顔して、走りだそうとしたら〜…ギャッー!って声がしてね、そのアンちゃん、後ろへのけぞって、顔をゆがめて〜、…ちょっとしたら、鼻血がドーって流れ落ちてきたの〜。
Ms.R:えっ?…だれか、周りにいたの?
Yuki:ううん、だれもいなかった〜。こわくて、足がすくんでたら「早く、帰るんだよ」って、聞こえたの〜。…それで、走って逃げたの〜。
Ms.R:えーっ!うっそー!、本当に!?……本当にだれも居なかったの?
..三人とも、相当に驚いてYukiを見つめている。
Dr.W:またしても透明人間か…?
Ms.R:まーさーかー。でもさー、百歩どころじゃなく、マイナス百歩までゆずって透明人間だとしてよ、Yukiちゃんの後を付けていたってこと?…どーして?
..全員固まってしまった。全員が、なにか言いたいのだが、なにを言ったらいいのか判らない。電話が鳴って、ようやく仕事に引き戻された。今日はプロジェクト被験者の新人が来る予定だ。Dr.WとMs.Rieは車で迎えに、Dr.BとYukiは診察室で準備にかかる。しばらくは、無言の作業が続いた。
Dr.B:さっきの話し……、
..YukiがDr.Bを振り返ると、彼は困ったような顔でYukiを見ている。
Dr.B:その声に…心あたりない?
Yuki:そういわれれば、よく聞いた声のような気もするけど〜…、
Dr.B:もしかして、…T…君じゃ…なかった?、
Yuki:T…Tさん?……そういわれれば、似てる気がするかな〜。
Dr.B:ほかの者には内緒だけど…、
..言いながら、白衣のポケットから折りたたんだ紙片を出すと、Yukiに渡した。
Dr.B:今朝、これが僕のノートに挟んであった。
....--------------------------------------------------------
.... 先生 お元気ですか。
.... φプロジェクトでの体験は、僕にとって大変有意義でした。とて
....も感謝しています。
.... そうそう、お詫びしなければいけない事があります。
.... この間、失礼とは思いながらも先生のマンションへ伺いました。
....チャイムを鳴らすと、若いとても綺麗な女性がドアーを開けました。
....僕は少し離れて「XXさーーん」と呼びました。女性は、チェーン
....をはずすと、ちょっとだけ外へ出てきょろきょろしていました。僕
....は、小さい声でもう一度呼びました。女性はノブを掴んだまま、さ
....らに、半歩外へ出ました。首を伸ばし左右を見渡しています。背後
....にできたスキから、なんとか中へ滑り込むことができました。
.... 僕は、女性は先生の娘さんだろうと思い、彼女のやることを興味
....深く観察しました。やがて、先生がお帰りになり、二人はすぐに抱
....きあって、ながーいキッスをしましたね。娘と情熱的なキッスをす
....る父を初めて見たので、とても驚き、つい、叫んでしまいそうでし
....た。
.... 先生は、既に不信感を持っていらしゃいますね?「あの薬で透明
....になれる訳がない」と。そう、あれはインチキです。あの薬では透
....明になれませんが、僕はとんでもない方法を発見しました。それは、
....本当に偶然だったのですが、風呂あがりにバスタオルを忘れ、全裸
....で歩いている僕に家族は気付きませんでした。
.... 当然、一番驚いたのは僕です。そして、なぜそうなったか考え、
....見当をつけて、翌日も試しました。やはり透明になれました。それ
....に薬の量が半分でいいのです。どうです?素晴らしいでしょ!え、
....どうして風呂で気づかなかったのか、ですか?仕方ない。特別サービ
....スで、一つだけ教えましょ。透明人になっても、なぜか自分の体は
....見えるんですよ。これも新しく発見したことです。偶然に発見した
....この方法知りたくないですかー?この方法は、恐らく巨万の富を産
....む「打ち出の小槌」ですよ。
.... それからもう一つ。
.... スタッフのみなさんに、この前は驚かせてゴメンなさいと、Yuki
....ちゃんに暗い道は避けるようにお伝えください。

.... 最後に、もし透明になれる方法を知りたければ、
..............今度の土曜日、R大学キャンパスの野外ステージにPm
..............6:00 においでください。
..............その時120万円返していただけますね?
.... お待ちしています。 
.... キレイな娘さんにもよろしく。
....(追記)お出での時注射薬をお忘れなく。

透 明 人 間.............


....--------------------------------------------------------


..Dr.Bのノートにその紙片をはさんだのはYukiだから、読むまでもない。一応読むふりをしていると、Dr.Bは、少し離れてケータイで小声で話しはじめた。
Dr.B:この前の僕が行った日、変なことなかった?……僕が行く前に……え…うん…誰もいなかった?…そう……わかった…ああ…後で。
..電話を切ると、Yukiに言った。
Dr.B:それ、…T君だよね?R大学と書いてあるし…。
..Dr.Bを見ると少し青ざめている。
Yuki:さあ、…どうかな〜。内容からして、たぶん、そうじゃないですか〜。でも、ほんとーかしら〜、透明人間に成功したって……本とーなら、すごいじゃないですか〜。
..Dr.Bの愛人のことと、その住所を教えたのも、もちろんYukiだ。Tは「よし、ちょっと脅してくる」と後輩を連れて行ったらしいが、こんなことしたんだー、と笑いだしそうになった。もちろん、部屋の中へ入ったというのは、嘘だろうが。深刻な顔をして青くなっているDr.Bを見ると、さらに追い討ちをかけたくなった。
Yuki:もし〜、これからいつまでも〜、どこまでも、研究所からご自宅からもう一つのマンションまで、づーっと24時間透明人間につきまとわれたら、どうします〜?…わたしなら、気が狂いそう〜。
Dr.B:そ、それは無いだろう?…薬が続かないよ。
Yuki:相手は透明人間ですよ〜、手にいれるのは〜、むつかしくないんじゃないですか〜?スタッフをづーっとマークしてれば〜、ほんとーの研究室へはいるのも〜、薬を手にいれるのも〜。
Dr.B:N"nnn---。
Yuki:これが置いてあったということは〜、彼は、今日ここへ来たということ〜、ですよね〜?…こうしてる間も、この部屋にいて観察してるのかも〜。
..Dr.Bは、ますます落ち着きが無くなり、焦点の合わない視線を辺りに配った。






「透明人間になりませんか(6)」へ続く



「はっくつ文庫」トップへ

..........................................................................

本を読むと、ちょっと一言いいたくなりませんか? (-_-)

(^0^) 言いましよう!

  

お手数ですが、ご感想などお送りください。



感想・意見を作成
今後の参考やエネルギーにさせていただきます。(編集部)
web拍手 by FC2




DBL(埋蔵文学発掘)会

inserted by FC2 system