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結婚はイヴでなきゃ!(3)





 

星空 いき

Hosizora Iki

















林道に入ってから10分ほど走った所で、初めて分岐点があった。朽ちかけた看板に「右、森地区」と手書きしてある。センドーは、車を少し右へ向けライトで照らしてみせた。木橋が掛かっているらしい。橋の手前を太い杭が立ち塞いで、「車両通行禁止」の板が打ちつけられている。つまりその下は川で、けっこう高さがありそうだ。左の山側は、路肩を押し広げて退避所になっている。
.センド:ここが現場です。
..<ここが----!、ここで----!>カケルは、言葉がでない。しばらくはセンドーも黙っていた。
.センド:わたし達は、もう少し先で様子を見ることにします。
..車は登り坂を進み、やがて止まった。センドーはライトを消し車内灯を点ける。
.センド:今は見えませんが、右手後方にさっきの橋を見下ろすことができます。いま午後6時45分です。もちろん12月24日の。--もう一人のあなたは、いまどこで、なにをしていますか?
.カケル:部屋で--転がって--,少しだけ気分がよくなって来たんだ----で、レナちゃん、ケーキ屋分ったかな?って思って電話した---けど、出なくて--
.センド:6時50分です。歩けますか?
..カケルは、ゆっくり体を起こす。センドーは車内灯を消し、外へ出ると助手側へ廻ってドアーを開ける。カケルはセンドーの手を借りて、なんとか外に立った。センドーの小型ライトが白い地面に映える。
.センド:この方向です。
..右の路肩で、センドーの肩を借り言われる方向を見たが、ライトが捕らえたのは蝶の群れのように舞う雪だけだ。
.センド:間もなく起る事は、あなたに執って「見たほうがいい」のか「見ないほうがいい」のか、わたしには分りません。分っているのは、直視するには、とてつもなく辛い事態だ、ということです。わたしがあなたの立場なら、恐らく見ることはできないでしょう。ただ、証拠のないこの事件について、これが真実を知る唯一の方法です。
..センドーはライトを消した。ちらちら見え隠れして明かりが遠くから近づいてくる。車のライトだ。
.センド:来ました。
..車は50mくらいまで近づくと右折して橋の袂で停まった。ライトで木製の橋が浮かび上がる。
..車内灯が点けられる。運転席にマサト、助手席にレナが乗っている。レナが、必死になにかを訴えているようだ。1〜2分言い争いの状態が続き、突然レナが車外へ飛び出した。続いてマサトも出て、道路側に回り退路を塞ぐ。レナは方向転換して橋へ向かう。
.カケル:くっそーー!!
..カケルは走りだそうとした。が、2〜3歩で足をとられ、どうっと転倒した。
.センド:無理です。がまんしてください。
..センドーが助け起こしながら、早口だがはっきりと言った。
.センド:これは、過去の出来事です。変更は不可能なんです。わたしが目撃しますから、目をつむっていてください。
..カケルはなんとか立ち上がると、センドーを押しのけるようにして前へ出た。マサトは何か言いながら橋の上でレナに詰め寄って行く。レナは逃れようとダッシュして、欄干に強く当たり、マサトが追い詰めてレナのマフラーを掴んだ。レナはマフラーごと引き寄せられ、体を半回転させるとマフラーがはずれた。が、その勢いでさっきより強く欄干に当たったようだった。レナの上体が反るのと、欄干の一部が崩れるのが同時だった。マサトの手が、捕まえようとして前に出たようにも見えたし、レナの体を突いたようにも見えた。レナの体が後ろへ大きく反り返る。カケルの目にはスローモーションに映る----ゆっくりと体が水平になる----足が浮く----頭がさがって、足が宙に泳ぐ---------やがてレナは闇の中に消えた。
..カケルは茫然と立ち尽くしていた。そのままで------いったいどの位の時間が経ったのだろう。センドーも一言も発しなかった。眼下は、闇の中だ。
.カケル:夢--ですよね?--ぼくは、いま夢を見ていたんですよね?
..センドーはカケルの背を優しくさする。
.センド:過去の世界というのは、夢の世界と大差ありません。----さあ、参りましょうか。
.カケル:救急車だ!
..カケルはケータイを取り出す。
.カケル:いまなら、きっと助かる!
..ケータイを持つカケルの手にセンドーの手が重なる。センドーは首を振った。
.センド:だめです。気の毒ですが、もうどうにもなりません。即死でした。苦しむ時間が無かったのが、せめてもの救いです。それに、「救急車を呼ぶ」という過去の変更行為を強制的に行うと、この世界が新しい時間軸へ乗り換えることになります。その結果、あなたが殺したことになってしまいます。
..センドーは静かに言い、カケルを見つめたままもう一度首を振った。
.カケル:--そ-ん-な---
..カケルの体力は、かなり回復してきた。車に戻り林道を下って行く。橋までやって来るとセンドーは車を停めた。
.センド:降りないでください。
..カケルはドアーを開けようとしていた。
.センド:足跡など、どんな証拠を残さないとも限りません。ここから見るだけにしてください。
..カケルは、橋を見つめた。薄暗くて見えにくいが欄干の一部分が壊れていて、そこに動くものがある。
.カケル:マフラーだ----
..センドーも見ている。カケルは、ケータイを取り出すとズームアップして写真を撮った。「あっ、-」センドーが何か言いかけたが、すぐに口を閉じた。そして、ゆっくりと車をスタートさせた。
.センド:せっかく体力が戻ったところを申しわけないですが、もう一度アパートの近くを通過しなくてはなりません。それから洞窟に戻ります。
..カケルはまだ夢の中を漂っている気がした。ついさっき見た光景が信じられない。無意識のうちに、現実的な手ごたえのあるものを探している。しばらくして言った。
.カケル:---じゃ---その間、ぼくはあなたの声にだけ集中しているんで、2つの疑問について説明してもらえますか?
.センド:お答えできることなら--
.カケル:さっき救急車を呼ぶと、結果ぼくが犯人になってしまう、と言いましたね?なぜそうなるのか、その訳。質問その2、時間を移動するのにいちいち洞窟までもどらなければいけないようだけど、好きな場所から場所へ、あるいは時間から時間へ移動できないのか?という事、その2つです。
..センドーは、ちょっと考えているようだ。その間に車は国道に出ていた。暗闇の異空間から人間社会へ戻れたような安堵感があるが、カケルの体力はまた急速に落ちていく。
.センド:第一の質問ですが、過去を強制的に変更すると、そのまま同じ時間軸に存在することはできません。同時間軸の同時間帯に2つの異なる事象が存在することになるからです。一本の線路の同じ場所に、異なる列車が存在できないのと似ています。無理矢理過去の事象を変更すると時間軸に分岐のポイントができて、世界は新しい時間軸上を移動します。ただ線路の場合と違うのは、いちど切り替えたポイントは二度と切り替えできないということです。従来の線路はそこで捨てられて、やがて朽ち果てて消滅します。これを一軸一事象原理といいます。そこで今の場合ですが、あなたが救急要請をした時、いままで存在しなかった時間軸が発生して分岐します。そして、この世界は、新しい時間軸上を進みます。つまりその時点以降になにが起るか、誰もわかりません。あなたは27日までをすでに経験しましたが、それは破棄されます。よってポイント以降やり直しになります。あなたは気づいてないようですが、この事件が発覚したときの最有力容疑者は、あなたなのです。被害者と最も近い関係にあって、アリバイがない。その上現場での第一発見者だとなれば、ダメ押ししているようなものです。マサトさんは、今頃恐らくアリバイ工作に苦心しているでしょうね。そして、それがうまくいって警察を納得させてしまったのが27日でしたね。となれば、残念ながら真犯人はあなただと警察は判断するでしょう。これを覆すのは、容易なことではありません。ただ一つの救いは、あなたを犯人だとする物証がないことです。やってないのですから当然の事ですけど。
..アパート最短ポイントは通過していた。カケルはシートを倒し、目をつむってセンドーの声に聞き入っていた。完全に理解できた気はしないが、なんとなく分った気分だ。<そういえば警察で遺体確認の後、「ちょっとお話しを聞かせていただけますか?」と通された別室での聴取は、容疑者の取調べのようだった----そうか、ぼくは最初から最有力容疑者だったのか---->カケルはお茶の残りを飲み干すと、Pufuu----、大きな溜息をついた。
.センド:第二の質問ですが、こちらの答えの方が分りやすいと思います。おっしゃりたいことを要約すると、タイムマシンのような乗り物で時間や場所を自由に移動できないか、と言うことになりますね?
..センドーはちらっとカケルを見た。
.カケル:ええ、まあ、そうなります--か。
.センド:まず、空間移動と時間移動の違いを理解していただきます。単純な空間移動の場合、同時間軸上で時間の流れに乗っての移動ですので、方法も簡単ですし必要なエネルギーもわずかなものです。今も、わたし達は空間移動中です。空間移動は、有史以前から自然に行われてきました。あなたが、言いたいのは、いわゆる「瞬間移動」だろうと思います。この場合は、空間移動に時間移動を逆行同調させなければなりません。 そこで時間移動ですが---- 時間の移動は、同時間軸上を、言ってみれば前後に移動することです。これには、膨大なエネルギーを必要とします。過去へはなんとか移動できますが、未来は不可能と考えてください。未来は可塑的な状態で、時間的距離が縮まるに従って形状が定まっていきます。あと一週間後の未来は立体映像で投影された靄のようで、あと3日になると映像はかなり現世に近くなり、あと1日にはほぼ現世と同じ状態の立体映像になる、と想像してください。未来は、常に造られ続けて現世と繋がります。それが、無限に近い数の時間軸上で、それぞれ起きています。これが、未来移動が不可能な理由です。 過去の場合、具体的な例でお話ししますと、一人乗りで1年以内の範囲移動が可能なタイムマシンを作ると、どんなにコンパクトにしてもA町がすっぽり入るくらいの大きさになります。そのほとんどが、エネルギー発生装置と次元消滅生成装置です。そんなものが突然現れたら、どうします?----つまり、それほど大きなエネルギーが必要だという事です。そこで考えられたのが、定点移動法です。時間軸上の定点と空間上の定点を設定しておき、点から点へ移動します。このとき必要なエネルギーのほとんどは、本部のエネルギー管理センターから供給します。これはタイムマシン方式より比較にならないほど少量ですみますので、非常に効率のいいやり方です。欠点は、時間的に順次隣りの点へ移動しなければならないので能率が悪く、ピンポイントで移動できない事と、安全かつ確実な空間の定点を常に確保しておかなければならないということでしょうか。----どうでしょう?理解していただけましたか?
..カケルの頭の中では、いろんな事がランダムに飛び交っている。ある程度纏まるのには相当な時間がかかるだろう。of--カケルに小さな疑問が湧いた。
.カケル:そうすると、センドーさんは自分の時代へ戻れないんですか?未来へ移動できないって----
.センド:いいえ、戻れます。そこは、もう経験済みでわたしにとって未来ではないですから。
.カケル:そこは、何年くらい先ですか?
.センド:それは申し上げられません。ヒ・ミ・ツ--です。
.カケル:それじゃ、センドーさんに同行すれば、ぼくも未来へ行ける----ことに、ならないですか?
.センド:わたしと一緒なら行くことはできます。「あなた」と「わたし」は、同一時間軸上の存在だからです。だから、こうして時間を共有できます。ただ、この話しは、あなた方が量子と呼んでいる物質様エネルギーや宇宙の生成消滅のメカニズムの説明と同じことですので、とても片手間ではできません。とりあえず言えるのは、常に「未来は不確定だ」ということです。「未来」は、常に生まれ続けています。今分っているのは、五百年後の時間はまだ発生していないということです。宇宙に存在する時間は、150億年過去から約五百年後の未来までです。----さらに、もしわたしと未来へ行っても、あなたにとってどんな未来なのかは、わたしにも分りません。----いずれその件について、もう少し分るようにお話しできる機会があるかどうか、わかりませんが----。
..センドーはそこで一息いれた後、haha--と、ちいさく笑った。
.センド:それにしても、この自動車と言う空間移動装置、おもしろいですね。手・足・目--全身で操るなんて、最初信じられませんでした。でも、慣れてくると、意外に気にいりました。自分と一体になってる感じが悪くないです。移動中ほかの事ができないのと、安全性という点では余りにも問題が多いのが難点ですけどね。
..行く手の空が、ぼうっと明るくなってきた。A町の明かりが、降る雪に映えて地表近くの空をわずかに明るく包んでいる。やがて車は寺の駐車場に入り、センドーはさっき駐車していた所へ停めた。街の夜景は、小雪の紗がかかって幻想的な世界を展開している。降り立ったふたりは、しばらく光景に見とれていた。
.センド:ホワイト・クリスマスですね。----すべての人が、幸福ならいいのですが、----帰りましょうか。
..センドーが踵を返し歩き出す。

洞窟から出ると、明るい昼間の世界だった。駐車場には、まだ多くの車が残っていた。カケルは、思い出したようにケータイを取り出す。
.カケル:12月27日----12時50分。
.センド:お約束どおり10分かからなかったでしょう?今日は、いろんな事がありすぎて、大変でしたね。お疲れ様でした。--それで、とりあえず明日、28日のごご1時にわたしはここへ参ります。なにかご用があれば、来てください。その後には、こちらへ来る予定はありません。
.カケル:ケータイの番号は?
.センド:ケータイですか。そーですねー----折り良くわたしがこちらに居れば繋がりますが、まず繋がりませんよ。
..そう言いながらも、番号を教えた。
.センド:もし、どうしても連絡したいときは、洞窟の格子に「名前と日付け」だけを書いたメモを貼っておいてください。じゃ、これで失礼しますが、お忘れにならないでください、マサトさんが釈放された今、あなたが第一容疑者になっていることを。従って、つらい日々が続きます。なんとか解決方法を考えてみてください。それから、今日「あなたが事件を目撃した」ことは、元もと時間軸上には乗らないことですので、あなたの記憶に留まることは、できません。すぐに記憶が薄れていきます。もし必要だと思われれば、早めに記録などしておいてください。それでは----
..センドーは離れて行きかけたが、すぐに振り向いた。
.センド:はじめの約束、決して忘れないでください。


..一旦庫裏へ向かいかけたカケルの足は、方向転換して市街地へ向かった。葬儀の間、参列者はカケルをちらちら盗み見ていた。「警察の取調べを受けた男」「有力容疑者」「もしかして殺人犯?」、視線は、鋭く詰問していた。もちろんその中には、レナの両親、親族も混ざっている。それにカケルは急いでいた。<記憶が消える?----とんでもない。忘れてたまるか>
.?:カケル君!
..急ぎ足のカケルの背後から呼ぶ声がある。振り返ると小太りの老人が、坂を下って来る。
.カケル:--大家さん、いらしてたんですか。
.オオヤ:ああha-aあまりに可愛そうでa-ha家になんか居られないよhahaha--
..息を切らして、ようやく追いついた大家は、次の言葉までしばらく時間がかかった。
.カケル:だいじょうぶですか?
.オオヤ:わたしゃ、悔しくってネ、なんで、あんないい子が、死ななきゃ、ならないんだ?なんで、殺されなきゃ、ならんのだ!まだ、やっと20歳だよ、なにもかも、これからじゃないか!
..大家の目からぼたぼたと、涙が落ちた。
.オオヤ:きっとghuuきっと、ストーカーにやられたんだよ!わたしゃね、もっとわたしにできた事があったんじゃないか、と悔しくてね。guu--さっきもレナちゃんに詫びたんだよ、守ってあげられなくて、本当に申し訳ないってねu-guuu--
..大家はその場に泣き崩れた。
.オオヤ:うおおお---ごめんよーー
.カケル:大家さん、ぼくは用があるんで今はこのまま失礼しますけど、きっと、仇はうちます。この手で必ず犯人をやります!
..大家はカケルを見上げた。ぐちゃぐちゃの顔をハンケチで拭うと、驚きの表情でカケルを見つめ次の言葉を待っているようだ。だが、カケルは何も言わず、大家に向かってただ大きくうなづくと歩きだした。速度を上げるカケルの背を大家の言葉が追いかけてきた。
.オオヤ:たまには、うちにも来てくれよー。待ってるよー。
..会社の近くに大きな文房具店があった。カケルはそこへ急いだ。スケッチブック、2B鉛筆、水性のクレヨンと水筆のセットを購入すると急いで店を出た。いまは、会社の人間に会いたくなかった。「誰とも出くわすことがないだろう」と安心できる距離まで進んで、喫茶店へ入った。店内では壁を背にした隅に席をとる。注文が済むと、すぐにスケッチブックを開いてケータイの写真を呼び出す。闇の中に杭、欄干の一部、そしてマフラーが映っている。<よかった。まだ消えてない>それから、ひたすらにスケッチブックに描き写した。コーヒーが来て、カップに一度も手を触れないうちにすっかり冷めてしまった。カウンターの向こうのオバサンが、怪訝そうに何度か見たが気づかなかった。カケルは絵を描くのが特に上手でも、自分で得意だとも思ったこともない。が、苦手という訳でもない。とにかく正確にと、描き続けると記憶が鮮明になってくる。どれくらい時間がかかったか?----ようやく<ここまで描いておけば、後で完成できるな>という所まで描き上がった。一つ溜息をついて、思い出したように冷え切ったコーヒーを飲んだ。<あと2枚は描かなきゃ-->センドーと上から見た光景だ。レナとマサトが橋の上で争っているのと、橋の袂にマサトの車が停まって二人が外へ出たところ、だ。とりあえず1枚描いたので、当時の細部まで思い出せた。コーヒーのお代わりを頼んで、残りの2枚にとりかかる。今度は鉛筆のデッサンだけでも大丈夫だろう。目撃した光景を紙の上に写し取る。記憶は新たになった。<これで、今夜仕上ることができる>2枚は、意外と時間がかからなかったが、描き続けている間ふつふつと湧いて来る物が、胸から腹を埋めていった。ようやく頭をあげて、店内を見るともなく見渡す。客は、カケルから一番遠い隅に中年のサラリーマンらしい男が、新聞を読んでいるだけだ。そして、初めて空腹を感じた。<もう4時過ぎか--何か食べておかないといけないな>ミートスパを注文する。<やっぱり、会社行って残務整理するか---->食べながら、無意識のうちに行動予定を考えている。<6時には、みんな退社するだろう。あした仕事納めできるよう、がんばるか>水のコップを上げ、口に当てたとき隅の男が視界に入った。<--あの男、どっかで見たような?>水を飲みながら男を観察する。<---そうだ。寺にいた。一人離れて、様子を見るように物陰にずーっと立っていた男だ。偶然か?----それとも、付けて来た?>

会社へ戻ったのが5時半。みんな帰り仕度を始めていた。事件が発覚して、レナと交際していた事、カケルが警察に事情を訊かれた事、そしてマサトが連行された事も全員が知っていた。カケルは詳しくは知らないが、事件は新聞やTVにも出ただろうし、自分が好奇心の中心にいることは分っている。カケルは、休んだ侘びを言った。「たいへんだったな」「レナちゃん、かわいそうだったわね」「気を落さないで、な」と、同情的な言葉をかけてきたが、カケルには別の声に聞こえる----「本当はおまえが、やったんじゃないのか?」「おまえにレナちゃんなんて、猫に小判以上だぜ」と。それらを曖昧に遣り過して、今夜仕事を片付ける事を告げ椅子に座ると、社員たちも三々五々散っていった。課長は、<成り行き上仕方ない。付き合うか>という顔で残った。片付けなければならない業務を課長に聞いたが、幸いに先週末までにほとんど済ませている。残りはたいした量ではない。
.カチョ:あんな優しい子なのに、かわいそうだよな。恨まれる事はないだろうから、どういう事なのかな。
..カケルがPCで新製品のチェックをしていると、課長は独り言のように言った。カケルは、画面を見つめたままだ。
.カケル:ストーカーに付き纏われている、と言ってました。
.カチョ:へーそうか、綺麗な子だったから、ありうるな。すると、マサト君がストーカーてことか?警察に連れていかれたんだろ?
..カケルは、相変わらず画面を見つめている。
.カケル:ええ、でもさっき釈放されたらしいです。
.カチョ:ほう、そうなの?--と言うことは、拘留するだけの証拠は無いのかな?
.カケル:さー、どうでしょう。
..話していると、どうしても確認したい事が思い出されてきた。
.カチョ:もし、マサト君が我が社の担当続けると、君もやりにくいだろ?
.カケル:そうですねー。
..カケルは気の無い返事を返す。しばらくして課長は帰った。 <そうだよ!確かめなきゃ>カケルは仕事を急いだ。1時間ほどでなんとか片付け、会社を飛び出した。外へ出ると、すぐに周囲をチェックする。<喫茶店の男、付けてないか?>もう暗い事もあって、見回しても良く分らない。カケルを事情聴取した刑事たちは、恐らくまだ帰宅してはいないだろう。カケルは、警察署へ急いだ。思ったとおり、警察のビルは煌こうと電気がついている。早足で捜査一課へ向かっていると、「やあ」と声を掛けられた。「えーっと、カケル君だよね」声の主は、事情聴取のとき脇に立っていた刑事だ。その時は、一言もしゃべらなかった。「どうしたんだい?なんか用事でも?」傍に寄ると壁と面しているような体躯だが、顔はチャウチャウ似の刑事がにこやかに訊いた。
.カケル:犯人は、マサトです。奴に間違いないんです。今は、それが証明できないのが残念ですけど、間違いなくやったのは、マサトです。車のタイヤや足の跡があったはずです。それだけでも十分じゃないですか!
..カケルは一気に捲くし立てた。
.ケイジ:ちょっと落ち着いて。
..刑事は、両手をあげてカケルを制した。
.ケイジ:もちろん、現場は徹底的に調べたよ。ほら、あの日少し雪が降っていただろう。雪の上をやって来て、さらに朝までに降り積もったからタイヤ痕も足跡も全く残っていないんだよ。
.カケル:--そ--ん--なー、じゃ、手がかりは何も----
.ケイジ:いまの所は無い。けど、諦めたわけじゃ無い。どう考えても、これは事故、自殺とは思えないからな。
..刑事が玄関に向かって、先導するように歩きだした。カケルも後を付いて行く。
.ケイジ:ちょっと時間がかかるかも知れないけど、もうちょっと待ってくれ。
..玄関まで来た。
.カケル:マサトのアリバイはあるんですか?
.ケイジ:一応。君の所へ行ったあとスナック「MAJIN]で、友だち三人と朝まで飲んでいた。店にも客にも確認をとった。おっと、これは、しゃべっちゃいけないことだから、聞かなかった事にしてくれ。













「結婚はイヴでなきゃ!(4)」へ続く





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