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結婚はイヴでなきゃ!(4)





 

星空 いき

Hosizora Iki

















アパートへ帰った。ソファーに体を投げ出すと、「疲れたー!」と叫んだ。誰に向かって言ったわけでもない。ガスのように溜まっていたものが、とうとう弾け出たというように、思い切り吐き出された。同時に体力も抜けた。永い一日だった。三日にも、いや一週間にも思える。なにも考える気にさえならない。沼底から大小のガスが湧き上がってくるように、脳裡に脈絡のない映像がかってに浮かんでくる。
..葬式.............雪の橋
.........問い詰める刑事................レナとフォンデュー
....喫茶店
........................
................3D映画.........マサト.......課長
..........................林道
................................大家
..........まふらー
..................洞窟
...........................センドー
.............................
.............................
........................ホントウノコトハ、ナニ?
.............................
.............................
.............................
........................キヨウハナンニチ?
.............................
.............................
...........................::
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
..
カケル..タスケテ........

....................タスケテ..カケル........

.....カケル..タスケテ........
..レナ!!
..自分の叫び声で、カケルは突然目覚めた。あわてて周囲を見回す。----部屋は静まりかえっている。レナは居ない。fwu-u--
.カケル:夢--
..時計を見る。午前1時15分。両拳を突き上げて背伸びし大きく息をすると、久しぶりに自分の体に戻った気がする。<なん日だ?>ケータイを見る。12月28日(水)。テーブルの上にスケッチブックを開く。3枚の絵を並べ眺めていると、夢の世界を覗き見ているような気分だ。<夢じゃない。これが真実なんだ>と自分に言い聞かせ、ケータイの写真を呼び出す。並んだネイルの一枚が「dataがこわれています」と出た。橋の写真は消滅していた。<消滅したと言うことは、「記憶のできごとは真実だ」という証拠だ。でなきゃ、写真が消滅する理由がない。ぼくの記憶も消滅しないようにしないと---->
..カケルは、机からレナの写真を持ってきてテーブルに置いた。遊園地に行ったとき、キャラクターと撮った写真だ。大きな瞳のレナが笑いかけてくる。しばらくは、カケルもじっと見つめる。鉛筆を持つとマサトの車からとりかかった。PCで画像検索し、メタリック緑のRV車をさがす。<あった>記憶と比較しながら描いて、ナンバーをケータイの写真から写す。そして、両手を広げ道を塞ぐマサトと橋へ逃げるレナ--<どんなに、恐ろしかっただろう!>--カケルの腹の中にふつふつと湧いて溜まっていたガスが、冷たく結露していく。2枚目、レナのマフラーを引っ張るマサト。正確さを失わないようにと意識しながらやってるつもりだが、何度も<くっそー!>が口をついて出る。2枚を<これでいい>と思えるまでに描きあげるには、かなりの時間がかかった。当然のことながら、3枚とも黒い世界だ。その中で鮮やかなレナのケープコートが、ライトに浮かぶ。描いている間に、カケルの胸・腹に生じた露は、冷たく硬く凍結していった。
..4時半。カケルは立ち上がるとコートを着て部屋を出た。近くのコンビニへ向かう。弁当とお茶、修正ペンを選びながら思い出した。<こんな時間に付けられていないだろうな?>探し物のふりをしながら、店内の様子を見回る。買い物をすまし、外へ出てそれとなく周りを見渡す。帰り道、後から車がゆっくり来てアパートの前で追い越して行った。部屋へ戻ると、修正ペンで最後の仕上げだ。風に舞う小雪を描きこんでいく。あの夜に見たままの光景になるように、ある程度描いては少し離して眺める。また描きこんで眺める。それを繰り返していくと、あの夜の光景にだんだん重なっていく。画面から寒風が噴出し、レナの悲鳴が聞こえる。 怒りが、凍結した氷を槍の穂先のように研ぐ---------。
..電子レンジで暖めた弁当で朝食を摂りながらカケルは考えていた。刑事から聞いたスナック「MAJIN」という言葉----その店をカケルは知らないが、一つの事を連想させる。マサトが周囲から恐れられ、「魔人」と呼ばれていた事と符合するのは偶然と思われない。<店はマサトとなんらかの関係があり、アリバイを証言した友人たちは、そこにたむろするマサトの取り巻きたちではないのか?>彼らが口裏を合わせ偽証していたとして、警察ならそれを暴くのは造作もないことだ。<だが-->とカケルは思う。<マサトのアリバイが崩れても、現場にいて事件に深く関わっていることを証明するには、自供しかない--が、あのマサトに、なんの証拠も無く自供させるのは恐らく警察でも無理だ。マサトはそんな柔(やわ)な奴じゃない。----警察に手はない。>
..窓のカーテンに窓枠の影がくっきり映っている。立ち上がると、カーテンを引いた。床にまぶしいほどの光りが映える。昨日とはうってかわった青空だ。7時だった。ぐいぐいお茶を飲む。<ん?>なにかが気持ちの中でひっかかる。<なんだ?>正体の分らぬまま着替えて会社へ向かう。歩きながら今日の予定を考える。「仕事納め」は問題ない。 また好奇の対象となるが、半日がまんすれば年末年始の休暇に入る。午後1時にセンドーに会わなくてはならない。<今後、こっちへ来る予定は無いと、言っていた>そして、4時から社の有志だけの「打ち上げ」パーティだ。参加のほとんどが独身者で、カケルも入っている。
..書類を整理し、掃除をしている間もカケルは考え続けていた。<どうやってマサトに自供させるか----どうやって償いをさせるか>いろいろ考えるが、結局センドーに行き着いてしまう。センドーの協力なしでは、不可能なのだ。<はたして協力してくれるか、どうか---->全員が総務課に集められ、廊下にまで溢れて月間優秀者の表彰、社長の「締めの言葉」があって解散だ。12時10分、「あとで、必ず来いよ!」の声を背に聞き会社を飛び出す。寺までは30分ほどかかる。途中コンビニを通りかかると、突然今朝ひっかかっていた物がひらめいた。買い物をして寺の駐車場へ着いたのが、12時45分だった。センドーの車が、隅の木陰に停まっている。<おそらくセンドーさんは、1時ジャストに現れる>
..今朝まだ暗いうちに思い出したことがあった。高校の同級生で比較的親しくしていた友人が、以前に同窓会の相談で何度か電話してきた。電話帳に登録してあるはずだ。
.カケル:カケルだよ。ひさしぶり。
..友人はマサトの取り巻きではないし、信用できる性格なのでので安心して話しができる。友人は野球部の部活中にボールが当たって前歯が欠けた。それが、「ドラゴンボール」のヤムチャにそっくりだと言う事で、以来ヤムチャと呼ばれている。
.カケル:なあ、ヤムチャ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど----A町にさ、「マジン」ってスナックがあるか、知らないかな?----うん、そう、アルファベットで「MAJIN」----えっ、ある------うん----そうか----やっぱりな。
..友人によると、その店はマサトの右腕と目される奴が開いた店で、マサトと共同経営らしい。取り巻き連中の溜まり場になっていて、競馬の「呑み行為」から違法ルーレット、女の子の斡旋など、やばい店だと陰では噂されている、ということだ。「どうしたんだ?なにかあったのか?」と友人は心配した。カケルは、秋から仕事上の付き合いができてしまったことを話したが、レナに関係することは言わなかった。「そうか、言うまでもないが、ああいう奴だから油断しないよう気をつけろよ」
.カケル:もしかしてさ----もしかして、ヤツが殺されることがあっても----それは、仕方ないことかな?
..友人はしばらく黙っていた。「ヤツが今までにやってきた事をトータルすれば、オレの倫理観では死に値するな。それに、これから先に起こすだろう犯罪を未然に防ぐという事を考え合わせれば、----オレは、仕方ないと思う」
..電話しているカケルの視界の端に人影が近づいてきた。再会を約束して電話を切る。
.センド:よく眠れましたか?
.カケル:ええ、まあ--
..カケルは手にしたコンビニ袋からお茶のペットボトルを取り出す。
.カケル:昨日はセンドーさんのお茶を飲んでしまってすみませんでした。
.センド:よかったんですよ。もともとあなたに必要だと思って買った物ですから。きっと、また必要になりますよ、もってらっしゃい。
..センドーは掌で押すようにして断った。
.カケル:でも----
.センド:それよりも、なにか考えたようですね。
.カケル:考えました。
..言ったものの、カケルはいきなり言葉に詰まった。殺人計画を話そうと言うのだ。すんなりと出るわけがない。口を閉じてしまったカケルをセンドーは静かに待っている。なにもかも分っている、いつまでも待つから、あせることはない--無言のうちにそう言っているようにカケルには思われる。
.カケル:マサトに償いをさせようと思います。
..ようやくそれだけ言ったのは、5〜6分近く経ったころだ。センドーがなにか言うかと思ったが、黙ったままだ。
.カケル:それで考えたのは、あした29日にマサトを呼び出し自供させます。もし、どうしても自供しない時は、-----------死んでもらいます。そして、遺体を今日の5時ころへ運びます。今日の5時には、ぼくは「打ち上げ」パーティに参加しているので、充分にアリバイが成立します。という事で、センドーさんに明日から今日への移動をお願いします。
.センド:無理ですね。
..センドーが穏やかに言った。カケルは、「えっ?」といった顔をした。
.センド:その場合、今日の5時から明日の事件まで「生きているマサトさん」と「遺体のマサトさん」が同時に存在します。これは、一軸一事象原理に反します。それでも強行すれば、「今日、突然マサトさんの遺体が発見された」時点で時間軸に分岐が発生します。そうなると、その後何が起るか----予測できません。未来不確定原理です。「無限の未来候補」の中から、「必ずそうでなければならないと決定する過去の必然」とが繋がって新しい時間軸となります。それは、余りにもリスクの大きな賭けです。
..言われてみれば、なるほど、そうだ。Ummmm--.カケルは唸った。カケルの頭の中をいくつかのアイデアが、とぐろを巻いてのたうつ。が、どれもどこか無理がある。二人とも黙ってしまったが、やがてセンドーは、これ以上待っても無駄だと判断したようだ。
.センド:わたしは、宗教家でも倫理学者でもありません。ましてこの時代の法曹には関係の無い者です。
..言いながらじっとカケルを見つめる。
.センド:ですから、あなたがどんな行動をとろうと、反対も阻止もいたしません。極力過去に関わらない、それが先導士の基本姿勢です。ただ、わたしもマサトさんは、当然なんらかの罰を受けるべきだと思います。少し立場を離れて、実行可能な方法を提案しようと思います。
..二人は車へ移動した。センドーが話し、時々カケルが質問する。途中でスッケッチブックから絵を取り出して、センドーに見せた。カケルが何度か頷いてようやく車を降りた時、2時20分だった。カケルは小走りに坂を下り駅前通りを目指す。賑やかな通りの駅近くに、この市で最も大きい書店がある。ビルの1階から5階まで全て本・CD・DVDが埋めていて、いつも賑わっている。大通り側出入り口から入ったカケルは、そのまま店内を早足で真っ直ぐ進む。奥にもレジがあって、客の出入り口になっている。外へ出て右を見るとセンドーの車が近づいて来るところだった。
.カケル:どうでしたか?尾行は付いてました?
..カケルは素早く助手席に乗り込んだ。センドーは速度を上げ B町へ向かう。
.センド:寺からそれらしい車が、あなたを付けて来ました。
.カケル:警察かなー?
.センド:恐らくそうでしょう。
.カケル:なにが目的だろう?
.センド:たぶん--マサトさんと接触するのを警戒している、と思われます。
..車は、B町のショピングモールへ急いだ。着くまでに何回か背後を見渡したが、尾行の車はないようだ。
.センド:あるいは、期待しているのかもしれません。
..買い物はA町でできるのだが、センドーの提案で安全策をとった。必要なのは、リュックタイプのバッグ、ICレコーダー、ライト、アルミの警棒、催涙ガス、ビニール手袋、そして電池だ。
.カケル:警戒?--期待?--
.センド:レナちゃんの事件解明は、このままでは進展がありません。もし進展するとしたら、それは二人が接触した時に起る----そういう事ではないでしょうか。
..車は、警備員の誘導するモールの広い駐車場へ滑り込む。
.センド:いい時にきましたね。
..車を停めたセンドーが、店のようすを見て言った。 今日は28日、駐車場も店も年末の買出しで大変な混雑だ。カートを押して車へ向かう人たちは、みな大きな荷物を持っている。極力目立ちたくない者としては、たしかに都合のいい状況だ。帽子を被り、できるだけ俯き加減に歩く。防犯カメラで 撮られていると思わなくてはならない。買い物の記録は残るが、それは仕方ない。買い物は順調に進んだが、催涙ガスを手にした時<これで、大丈夫だろうか?>と不安になった。マサトの方が、体力も運動神経も勝っている事は、高校で経験済みだ。もしかすると、その差は今ではもっと開いたかもしれない。そこに不安があった。<マサトがナイフで向かってきたら--?警棒とガスでなんとかするしかない--か>一旦車に戻って後部座席に荷物を置くと、もう一度店へ向かう。<公衆電話はどこだ?>これだけ大きなモールなら、どこかに公衆電話が残っているだろうと探すが、見つけられない。案内所で訊くかとも思ったが、<止めといた方がいい>と思い直す。案内板でようやく見つけたボックスの中へ入ると、まず大きく深呼吸する。<落ち着け。なんとしても誘いださなくちゃ、いけない>
..車に戻る。
.センド:セットしておきました。テストしてみてください。
..後部座席からセンドーがICレコーダーと取り扱い説明書を渡す。
..カケルはちらちらと説明書に目を通すと、小声で歌い始める。10秒ほど歌ったところで、ff!センドーが吹き出した。
.センド:ごめんなさい。そういうのがはやってるんですか?
.カケル:まあ。同じ曲でも、ヒトとメロデーラインが違うのが、ぼくの特技なんで--。
..カケルも笑った。再生テストをして、ライトも点けてみる。小型だがLEDの光りは、かなり強い。
.カケル:レコーダーもライトもO.K。警棒とガスは、ここじゃまずいから後で確かめます。
..荷物を纏めるとセンドーが前に廻った。
.カケル:あー、運転かわりますよ。ずーっとセンドーさんまかせで悪いから---。
..言いながらカケルは運転席に乗り込んだ。「そうですか--」と、センドーは助手席に回った。
.センド:マサトさんと連絡つきましたか?
.カケル:ええ、5時半に河川敷へ来ます。嘘のエサで釣りました。
.センド:尾行のことは?
.カケル:念を押しておいたから、大丈夫だと思います。アイツは狡賢いから、きっとうまくやるでしょう。
.センド:計画の実行には、最悪の場合あなたの生命を危険に晒します。いいのですか?
.カケル:覚悟しています。
..途中、国道のチェーン着脱所で、催涙ガスの出具合と警棒の使い方を調べた。ガスはかなり近距離でないと効果なさそうだ。警棒を強く振ると中から本体が飛び出し、思い切り振ってみる。説明書によると強度は充分だ。かなり自信がわいてきた。寺の下を通過し、歓楽街の裏口に近い所で車を降りる。4時を少し回っている。会場となっているスナックは近い。<警察は、「打ち上げ」のことを知ってるだろうか?>
.カケル:じゃ、後で--。
..カケルは、センドーに片手を上げる。センドーは軽くうなづいた。全ての荷物を押し込んだバッグを背負い、店へ急ぐ間、周囲にできるだけ注意を払って観察した。逃げ込むように店内へ入るまでに、不審なようすの者は確認しなかった。店は貸切だ。ちょうどグラスをあげ「かんぱーい!!」と叫んでいる所だった。この店へは、カケルも何回か来たことがある。会社の若手メンバーが利用していて、待ち合わせの時「あの店」といえば、ここのことだ。店でも社員にはなにかとサービスしてくれるし、「今日は持ち合わせがない」と言えば「今度一緒でいいですよ」と気楽にツケがきく。この歓楽街の奥にあるせいで、サービスをよくしているのかもしれない。カケルは、カウンターの右端に席をとった。みんなが一番避ける席だ。カラオケの小さなステージは、対角線上の反対の隅にあり、その前にテーブル席がある。おまけにこの隅っこの前がトイレのドアーだ。が、今夜のカケルにとっては、理想の席だった。トイレの先が勝手口だからだ。だれにも気づかれず外へ出られる。カケルは足元の暗がりにバッグを押し込んだ。「いらっしゃい」とカウンターの向こうからマスターがグラスを出す。「お、カケルくん、来たか。遅かったじゃない。まあ、飲め」と、近くの同僚がビールをつぐ。<今夜は、飲むわけにいかないんだ>ちょっとだけ口をつけた。
..集まっているのは15人くらい。この店では、これが限界だろう。会費は、男子2,000円、女子1,000円。比較的安いのは、毎年会社から補助をもらうのが恒例となっているからだ。ステージの前にテーブルをくっつけて、オードブルがにぎやかに並び、その周囲を女子が取り巻いて席をとり、さらに男子がその周りをとりまいている。部屋の中にそれぞれの声が充満し、すぐに隣りの声も聞き取りにくいほどにぎやかになった。マスターがカケルの前にもオードブルの小さな盛り合わせを置き、ビールを勧める。
.カケル:ごめん。なんだか寒気がして----カゼひいたのかな〜。
..「それは、いけないですね〜。じゃ、あったかい飲み物つくりましょう」と、湯を沸かし始めた。幹事がビンゴカードを配り始め、マイクで叫んでいる。「いっとー!、超スーパー・ミラクルごーか賞品、にとー!超ごーか賞品、さんとー!ごーか賞品!--」すると、「ティッシュ・ボックスを豪華賞品と呼ぶな!」と野次が飛ぶ。間にカラオケ、一発芸などをはさんで盛り上がってきた。時間をもてあますかな、と思っていたがすぐに5時になった。バッグを掴み、カケルはそっと抜け出した。誰にも気づかれなかったようだ。狭い露地から出る時、頭だけ出して周囲を探る。特に暗い陰は、注意深く観察した。<よし、だいじょうぶ>
..街の真ん中を川が通り抜けている。A町を過ぎると南へ大きく迂回して、やがてB町を貫く。川幅自体はけっこう広く、河川敷は整備されてそのほとんどが公園として解放されている。特に桜の古木が並んでいる一帯は、花の時期には相当に混雑するが、この季節にはさすがに人の姿は少ない。まして、夕方以降には、探しても誰もいない。急いでやって来たカケルは、約束の橋から近い木立の中へ入るとバッグを下ろした。ライトを点け必要なものを取り出す。考えた末にコートは脱いだ。まずは、ぴっちりしたビニール手袋を嵌める。そして、取り出すものを全てハンカチで拭う。万が一落さないとも限らない。<足元はレンガ舗装だから足跡は残らない。あとは指紋を残さないように-->左の胸ポケットにICレコーダー、右の内ポケットに催涙ガス、そして腰に警棒。バッグとコートを一つに纏め、潅木の下に隠す。スケッチブックを脇に抱えたら準備完了だ。 橋の袂に人影が現れた。カケルは、左の胸に手をあてる。そこにレナの写真がある。<さあ、いくよ。いっしょに仇をとるんだ!>木立から出て暫くしてからライトを点けた。人影の方へ向け、円を描く。人影の方もすぐに気づいて、石段を降りてくる。「よお」「やあ」カケルが先に立って橋の下へ進む。そこには、古い木のベンチが一脚ある。橋の下は一段と暗く、闇の中に川面がうっすら白い。カケルは、そっとレコーダーのスイッチを入れた。
.マサト:本当に横流しできんのか?
..いつもの通りマサトはいきなり本題に入った。今度カケルの会社で新発売する商品を「横流ししてやる」と持ちかけたのだ。必ずマサトが食いついてくる、と見越していた。
.カケル:ああ、条件に適えばな----ぼくも、金のいる事情があるんでな。
.マサト:FHahaa--、条件を言ってみろよ。
.カケル:まあ、あせるなって。--ところでさ、この前イヴの夜、ぼくのアパートへ来て、その後どうした?
.マサト:?--なんで、そんな事訊くんだ?
..マサトの声が険しくなった。
.マサト:おまえのとこで振られて、合コンも面倒くさくなってダチと飲んでたよ。--それが、どうかしたか?
..カケルは、絵を取り出すとベンチに並べた。
.カケル:見てみろよ。
..カケルは、ライトで一枚目を照らす。マサトは近寄って覗き込んだ。明らかに体がビクッ!と痙攣した。
.カケル:なにをビビってるんだ?自分の車の絵だろ?
..次の絵を照らす。マサトがレナを追い詰めマフラーを引っ張っている。マサトの表情は硬直してしまった。黙って最後の絵を照らす。
.マサト:こ!--これが!--なんだって言うんだよ!!
.カケル:目撃していた人がいるんだよ!
.マサト:う、嘘だ!!
.カケル:じゃ、どうしてこんな正確な絵が描けるんだ!ナンバーまで正確だ!
..マサトは、両拳を握り小刻みに震えている。
.カケル:レナちゃんをやったのは、お前だ!
..マサトは、言葉がでないようだ。カケルは、畳み込む。
.カケル:レナちゃんを殺したのは、お前だ!
.マサト:ち、違う!橋が崩れて落ちそうになった。それで、驚いて、捕まえようと手を出したけど間にあわなかった!
..現場に居た事を認めた。
.マサト:そうだよ!その絵のとおりだよ!!けど、殺してない!!
..カケルは、レナの写真を出しマサトに突きつける。
.カケル:おまえは、ケーキ屋へ行くレナちゃんを拉致した!なにが目的だ!初めから、拉致して殺すつもりだったんだ!!
.マサト:gu-uu--違う--そうじゃない--。
..急にマサトの声に勢いが無くなった。
.カケル:じゃ、なにがしたかったんだ!レイプか!!
.マサト:ただ----ただ----カケルと付き合っても、いい事無いぞ。--俺と付き合おうって言っただけだ。
.カケル:嘘だ!お前は車の中でレナちゃんを襲おうとしてた!一度は失敗したが、結局それが、レナちゃんの命を奪った!だから、おまえが殺した事に代わりない!!
..マサトは、屈みこんで頭を抱え、何も言わない。gu-uu--
.カケル:目撃した人は、最後におまえが突き飛ばしたと言っている。きっと拒絶されて頭に来ていたんだろ!
..突然マサトが頭から突進して来た。WOhooooo! <来るかもしれない>と予測し身構えていたカケルは、とっさに体を回転させかろじて直撃をかわす。ライトを捨て、警棒を抜く。すぐにマサトが向かって来た。振った警棒が、マサトの腕を叩いた。マサトは3歩ほど下がると腰の後ろから何か取り出した。カケルの方へ向けた時Kysii--n!と伸びた物が光る!<ジャックナイフ!!>互いに相手を見つめ合う。カケルは、その隙に左手で、ガススプレーを取り出す。マサトがじわじわ間を詰めてくる。<もう少しだ!もう少し詰めて来い!>1.5mほどに詰まったとき、マサトが跳んだ。カケルは右へ体を倒す。と、同時にマサトの顔面目がけスプレー噴射した。カケルがどうっと地面に倒れこんだ時、GyAAAA!--マサトが叫んだ。起き上がったカケルは、手で顔を覆って叫ぶマサトの頭に、横から一撃を与えた。一度動きが止まって、マサトは、ゆっくり崩れるように倒れていった。
..永い時間立ち尽くしたまま、地面に臥したマサトを見ていた気がする。が、実際は1分にも満たなかっただろう。ライトを拾い3枚の絵を掴むとすぐにその場を離れた。ライトは消し、落し物をしてないか、歩きながら体をなぞって確認する。警棒、スプレー、レコーダー、スケッチブックそしてレナの写真--全部ある。木立の闇へ戻ると、ライトを残しバッグに詰め込む。コートを着て、来た時とは反対方向、上流の橋を目指して河川敷を遡る。ある程度まで進んで、ようやくライトを点けた。前方には、街の明かりを背景に次の橋が黒いシルエットとなって浮かびあがっている。<もう、すぐだ。あの橋の袂でセンドーさんが待っている>






「結婚はイヴでなきゃ!(5)」へ続く







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